2024/08/30

第11部  石の目的      23

  植物園で採取させてもらったカロライナジャスミンの葉、ウイノカ・マレンカから託された小瓶の中の吐瀉物と皮膚片、そしてカダイ師の店で買った”スンスハン”の粉末をテオは分析に取り掛かった。薬屋の粉末はD N Aが破壊されているのではないかと危惧したが、成分は細部に至るまで分析出来た。それは吐瀉物から抽出出来た毒の成分とピッタリ一致した。吐瀉物から抽出出来たD N Aから人間のD N Aを除外し、植物成分のものだけを出す。フル回転で仕事をするテオを助手達は呆気に取られた様に眺めていた。


 アルスト先生が真面目に研究している時は、きっと大統領警護隊が絡んでいる。

 彼等はテオの邪魔をしないように研究室にかかってくる電話や、学生からの問い合わせに彼等自身で対処した。テオの一番弟子を自認するアーロン・カタラーニ助手は、テオの授業も引き受けた。彼も博士号を取得したので、そろそろ独立した研究室を持たせたいとテオは思っている。しかしカタラーニはテオのそばで研究するのが面白いのだ。いつも突拍子もない事態が起きて、研究室から外に飛び出せる。
 カタラーニはテオから大統領のガーデンパーティーに招待されている人は誰だろうと疑問を投げかけられた時、調べろと言う指示でもなかったのに、積極的に調べた。彼が2日後に提出したレポートを見て、テオは眉を寄せた。

「外国に出ている大使や領事ばかりじゃないか。全員を帰国させてパーティーをするのかい?」

 カタラーニは外務省で働いている親戚の説明を聞いていた。

「大統領の誕生日が来来月ですが、その前倒しで、各国の大使館が暇な期間に外交官だけ呼んで祝うみたいです。他の省庁のお偉いさん達は、本当の誕生日に別の盛大なパーティーで集まるとか・・・」

 彼は肩をすくめた。

「国の税金の無駄遣いですよ。 僕は、今の大統領は好きじゃありません。次の選挙は彼に絶対入れない。」

 テオは今迄セルバ共和国の政治家とは距離を置いていたし、選挙に行ったことがなかった。と言うより、彼が亡命して来て、まだ国政選挙は一度も行われていなかったのだ。亡命者に選挙権があるとも思えなかった。
 テオはリストを眺めた。ケツァル少佐の養父ミゲール・アメリカ担当全権大使も入っていた。

「もし、パーティーで外交官達に何かあったら・・・」
「大統領の権威の失墜ですね。」

とカタラーニが笑った。


2024/08/26

第11部  石の目的      22

「”ヴェルデ・シエロ”が毒の粉を買った・・・?」

 ケツァル少佐が綺麗な眉を寄せて不快そうな顔をした。デネロス少尉がカダイ師の言葉を”心話”で伝えると、溜め息をついて彼女は頷いた。

「そう考えるしかなさそうですね。」
「だが、”サンキフエラの心臓”を神殿の宝物庫から持ち出した警備兵が犯人ではないだろう?」

とテオが訊くと、彼女は首を振った。

「司令部から私には何の情報も来ません。でも一介の隊員があの古代の石の存在や役目を知っていたとは思えません。それに宝物庫に近づくことも不可能です。」
「それじゃ、神官か巫女が犯人か?」
「巫女は宝物庫を開く鍵を持っていません。無断借用も出来ない筈です。」

 デネロス少尉が憂い顔になった。

「神官が犯人なのでしょうか。でも、どうして?」
「神官達は出かけているんだってな?」

 テオが言うと、少佐は小さく頷いた。

「神託を得る為に、秘密の場所にお出かけです。」

 テオはちょっと意地悪く言った。

「まさか、”暗がりの神殿”じゃないだろうな。」

 少佐は彼の言葉を無視した。デネロスに顔を向けて言った。

「今回の仕事内容はキロス中尉には言ってはなりません。」
「承知しています。」

 デネロスは軍人の顔でキリッと言い切った。

「彼は我々にとっては部外者ですから。」

 きっと遊撃班でも文化保護担当部は部外者だと思っているだろう。テオは粉の分析を早くしたかったので、大学に戻ろうと思った。

「俺は午後の仕事があるから、研究室に戻る。もし何か情報があれば俺から連絡するし、そっちも教えてくれないか。」

 すると少佐が彼を横目で見た。

「貴方も隠し事はなさらないでくださいね。」

 え? とテオはドキリとした。ウイノカ・マレンカとの秘密の約束がバレたのかと思ったが、平静を装った。

「隠し事なんてないさ。」

 彼はそれじゃ、と文化・教育省の駐車場から車で走り去った。 

2024/08/16

第11部  石の目的      21

  マハルダ・デネロス少尉はカダイ師から植物由来の美容液を購入した。テオが店で香を嗅がせてもらうと、甘い爽やかな匂いがした。

「良い香りだが、男より先に虫が寄って来ないか?」

と余計な心配をして、デネロスを笑わせた。
 車に乗り込むと、2人は文化・教育省へ向かった。車内でテオは彼女にファビオ・キロス中尉との交際はどこまで進んでいるのかと尋ねた。実はケツァル少佐とロホから頼まれていたのだ。2人共彼女の上官だから、部下の恋愛状況が気になるし、妹の様に思っているので心配なのだった。それはテオも同じだ。キロス中尉は優秀な軍人だし、誠実そうに見える。だが彼は名門の出で、ミックスで農家の娘のデネロスとの交際は親戚から何か言われるのではないか、と文化保護担当部の仲間は心配なのだった。
 デネロスは肩をすくめた。

「交際と言っても、互いの空いた時間に街で会って、カフェでお茶する程度です。互いの家族に紹介し合うところまでは行ってませんし、それぞれ別の異性の話をすることもあります。」
「普通に友達ってこと?」
「現在のところは。私が監視業務に入ると数ヶ月会えませんし、彼も特殊作戦とかになれば全く会えませんからね。それに・・・」

 彼女はニヤニヤした。

「彼と私が会っていると、最近、カルロが知ったらしいです。」

 カルロ・ステファン大尉はキロス中尉の上官で、2人が所属する遊撃班の副指揮官だ。そして元文化保護担当部の副指揮官でもあった。ステファン大尉には実の妹がいるが、デネロスのことも妹の様に可愛がっていて、彼女を泣かせる男がいたら、まず五体満足な状態で家に帰らせたりしないだろう。
 テオは興味が湧いた。

「へぇ、カルロは何か中尉に言ったのか?」
「もしマハルダが泣いていた、と言う話を耳にしたら、真っ先にお前を疑うぞ、とファビオに言ったそうです。」

 中尉ではなく、ファビオと名前を呼ぶんだ、とテオは気づいた。マハルダは一応キロス中尉を上官ではなく友達レベルで見ている。テオは出来るだけ平素を装って尋ねた。

「彼は大尉に何て言ったんだろ?」
「私も訊きました。彼は平然と答えたそうですよ、意見の相違があれば喧嘩もします、でも仲直りの方法は自分が考えます、ですって。」
「それでカルロは?」
「その言葉を忘れるなよ、って言って去ったそうです。」

 テオは笑ってしまった。ステファン大尉は他人の恋愛に首を突っ込みたくないのだ。彼自身恋愛には不器用なのだから。だがキロス中尉の人柄は彼もよく知っているだろう。恐らくデネロスより知っている筈だ。だから、ステファン大尉はキロス中尉を信じることにしたのだ。

「マハルダ」

とテオは呼んだ。

「君は大勢から愛されてるね。」


2024/08/10

第11部  石の目的      20

  民間療法士のカダイ師はセルバ共和国東海岸で一番人口が多い先住民アケチャ族のシャーマンの一人で、年齢は40代半ば、頑なにスペイン語を拒否して暮らしていると言う。恐らく耳で聞いて理解はしているのだろうが、理解出来ないふりをしているのだ、とデネロス少尉は言った。喋らないが、理解しているなら本当は喋れるのだ。だが強引にアクセスしてもひねくれるだけだから、デネロスが通訳を買って出たのだ。ケツァル少佐が協力してくれないのは、カダイ師が今回の毒薬事件に関係がないと信じているからだ。
 ラ・コンキスタ通りとメルカトール通りの交差点広場から歩いて15分ばかりの、ごちゃごちゃと古い家が建て込んだ一画に、テオは数年ぶりに足を踏み入れた。昔、ラス・ラグナス遺跡で突然開いた空間通路にカルロ・ステファン大尉が吸い込まれ、それを追跡するためにテオはアンドレ・ギャラガ少尉と共に通路に入り、地下の下水道に出た。地上に出て、ケツァル少佐に助けに来てもらうと、あまりの下水道の臭いに閉口した少佐が彼等をカダイ師の店に連れて行き、臭い消しを依頼したのだった。あれは、テオがアンドレ・ギャラガと知り合ってたった2日目の出来事だった。あの時は、まさかギャラガが文化保護担当部に引き抜かれて、そのまま親友として、仲間として付き合うことになるとは互いに思っても見なかった。
 デネロス少尉は先に電話をかけてカダイ師が店にいることを確認した。それから2人で路地を歩いて、店に入った。干した植物がいっぱい天井からぶら下げられ、棚には瓶入りの正体不明の粉や液体が陳列されていた。プーンと薬臭い匂いが充満する店だ。カダイ師は店の奥で椅子に座ってタバコを蒸していた。制服姿のデネロスを見て、立ち上がったが、それは彼女が大統領警護隊だからで、もし普通の軍人だったら座ったままだっただろう。
 デネロスとカダイ師は挨拶を交わし、それから彼女がテオを紹介した。テオが以前この店で世話になったことを伝えたいと言うと、彼女はそれも説明してくれた。カダイ師は不思議な微笑みを浮かべ、彼に頷いて見せた。ドブ臭い白人を覚えていたのだろうか。
 デネロスが質問をしても良いと言ったので、テオは尋ねた。

「カロライナジャスミンの毒を求めて来た客が最近いましたか?」

 彼女が通訳した。カロライナジャスミンの名前をアケチャ語で「スンスハン」と言うが、テオが植物園で見た標識にもやはり英名と学名、そして同じく「スンスハン」と書かれていた。この国ではその名で知られており、恐らく一般的なのだ、とテオは思った。
 カダイ師は顔から微笑みを消し、デネロスとテオをちょっと怖い顔で見比べた。そしてデネロスに何かボソボソと喋り出した。テオはデネロスの可愛らしい眉が寄せられて難しい顔になるのを見た。
 カダイ師の語りが終わると、デネロスはテオに向き直った。

「彼は言いました。カロライナジャスミンを買いに来た客は覚えていない。だが4日前、スンスハンの粉が少し減っていた。彼は使った覚えがないので、誰かが来て盗んだのだと思った。しかしレジの金が少し増えていたので、客が来たのだとわかった。」

 彼女はそこでちょっと息を継いでから続けた。

「彼は言いました。恐らく、”ヴェルデ・シエロ”が買い物をしたのだ、と。」

 テオは薬屋が言いたいことを理解した。カロライナジャスミンを買い求めた客が実在したのだ。その人物は買い物をした後でカダイ師の記憶を消した。しかし商品が減って代金が残っていたので、カダイ師は客があったことを知った。その客は”ヴェルデ・シエロ”だったのだ、と彼は思っている。
 テオはカダイ師に声をかけた。

「グラシャス、大いに助かった!」


2024/08/08

第11部  石の目的      19

 「あのカダイ師に毒薬のことを訊いてみたいんだ。」

 ケツァル少佐が怪訝そうな顔でテオを見た。

「あの人はスペイン語を話しませんよ。」
「通訳してもらえないかな?」
「出来ないことはありませんが、貴方は今回の毒のことで何か知っているんですか?」

 テオは全く部外者の筈だった。大統領警護隊本部や大統領府で起きた事件を知る立場にいないのだ。彼は返答に困った。

「いや・・・警戒厳重な大統領府の厨房で毒を仕込んだ人間がいるってことに衝撃を受けてさ・・・使った毒が分かれば、犯人もわかるんじゃないかと・・・」

 服の下で汗が出た。

「カダイ師は全くの民間療法士です。古式に則った方法で治療しているだけです。薬剤師ではないし、毒の専門家でもありません。」
「だが、大統領警護隊は、専門知識を持っている人間を捜査しているんだろ? 案外民間療法士の方がヒントを持っているかも知れないぞ。」

 するとデネロスが天井に目を向けて囁いた。

「犯人はそう言う人から毒を買った可能性もありますね。」

 少佐が溜め息をついた。

「それなら捜査範囲が際限なく広がってしまいます。」
「厨房スタッフしか事件当日厨房に入っていなかったのだとしたら、そのスタッフが行きそうな店を探したら良いんだ。毒が入っていたクラマトは手作りだったんだろ?」
「それが、外部からの差し入れだった様です。」
「差し入れ?」
「厨房には食材の納入業者達が色々持ち込みます。事件前日はコーラの差し入れがあり、事件当日はクラマトが置かれていたそうです。誰が持ち込んだのか、捜査中ですが、どの業者もそんな差し入れをした覚えはないと言っているそうです。」

 デネロスがチラッとテオを見てから、少佐に向き直った。

「私、カダイ師の美容液の評判を聞いたことがあります。正直、ちょっと興味があるので、お店に行ってみたいです。場所を教えてくだされば、私とドクトルで明日にでも行ってみますけど?」


2024/08/07

第11部  石の目的      18

  植物園の中は、普通の庭みたいで、草木が勝手に生えている印象だった。それでも看板があって、「平地の植物」「密林の植物」「高地の植物」と分けられていた。国外の植物は別エリアで、テオは時間をかけて歩いてみたが、変わったものはなかった。「変わったもの」と言うのは、珍しい品種と言う意味ではなく、植物に傷がついているかいないか、と言うことだ。葉や花をむしったり、切り取った痕跡はどこにもなかった。園内を見回してみても、防犯カメラらしきものはなかった。ただ、途中で「有毒植物」と書かれたエリアがあり、そこだけカメラが設置されていた。テオはカロライナジャスミンを見つけ、受付でもらった剪定鋏と手袋と袋で葉を3枚採取した。
 剪定鋏を返却し、手袋をゴミ箱に入れて、テオは大学に戻った。葉を磨り潰し、細胞を潰さないよう気をつけてサンプルを取り出した。D N A分析機に掛けたら、夕方になっていた。彼は研究室を施錠して、いつもの様に文化・教育省の駐車場まで車で移動した。
 アスル、ギャラガ、ロホがやって来た。ギャラガはそろそろ官舎を出て、アスルと長屋で同居する準備を始めたところで、これから通勤用の自転車を買いに行くと言う。オートバイにしないのか、とテオが訊くと、それはもう少ししてからの予定です、といなされた。ロホとアスルは保護者面で彼について行くつもりだった。
 彼等がロホのビートルで去って直ぐに、ケツァル少佐とマハルダ・デネロスがやって来た。

「マハルダも一緒に夕食を取りますが、良いですね?」

と少佐が有無を言わさぬ口調で尋ねた。いつもの調子だから、テオは苦笑した。
 車2台でコンドミニアムに帰り、カーラが作った夕食を3人は堪能した。

「ところで、大統領のガーデンパーティは予定通り開かれるのですか?」

とデネロスが食後のコーヒーを飲みながら尋ねた。少佐があまり嬉しくなさそうな表情で頷いた。

「なんとか厨房スタッフの健康が回復して間に合いそうなので、予定通り進めるみたいですね。」
「なんの食中毒だったんですか?」
「クラマトです。」

 クラマトは香辛料が入ったトマトジュースの様なもので、二日酔いの時にセルバでは好んで飲まれる飲料だ。

「クラマトの中に、有毒成分が混入されていたみたいです。」
「やっぱり、誰かの仕業ですか? 材料を間違えたのではなく?」
「故意に混入されたのでしょう。ベテランのスタッフが間違えると思えません。」

 テオはウイノカ・マレンカから聞いた話をしたかったが、固く口止めされているので、黙っていた。しかし何も口を挟まないのでは、怪しまれるので、適当なところで質問してみた。

「犯人はまだわからないのか?」
「ノ」

と少佐は即答したが、大統領警護隊が何も情報を掴んでいないとは思えなかった。
 テオは暫く考えていたが、ふとある人物の顔が頭に浮かんだ。唐突だったし、長い間忘れていたので、名前をすぐに思い出せなかった。

「少佐、あの・・・薬屋、なんて名前だったっけ?」
「薬屋?」

 怪訝そうな顔の少佐とデネロスにテオは説明した。

「俺がアンドレと下水道に空間移動した後で、臭い消しに君が俺たちを連れて行ってくれた店だ。」

 少佐はちょっと考えて、それから、「ああ・・・」と呟いた。

「カダイ師ですね?」

2024/08/05

第11部  石の目的      17

  グラダ・シティ市立植物園はグラダ大学から”曙のピラミッド”を挟んだ反対側にあった。植物園の隣は動物園で、自然史博物館もある。国立植物園や動物園はないので、事実上ここがセルバ共和国の一番大きな自然科学の標本展示場所となるわけだ。セルバ共和国の義務教育を受けている最中の子供(たまに成人もいるが)は学生証を出すと入園料は無料だ。公務員も半額で、大学の職員ともなると、子供と同じ扱いで無料となった。因みに・・・

「大統領警護隊は無料なのかい?」

とテオは受付カウンターで入場券を販売している人に訊いてみた。

「スィ、パハロス・ヴェルデスと軍人さんは無料です。」

と受付の人は答えた。丸い目をした若い男性で、平日だったので、ちょっと退屈している様子だったので、テオはもう少し質問してみることにした。

「最近、公務員とか大統領警護隊の隊員が来たことはなかったかい?」
「日曜日に家族で来る人はいますよ。」
「神殿の人は?」
「神殿の人?」

 受付係は目をパチクリさせた。

「神殿の人って、巫女や神官のこと?」
「彼等は来ないだろうけど・・・」

 テオはちょっと言葉を変えた。

「巫女や神官の世話をしている人とか・・・あの人達も公務員だろ?」

 そうだろうか? テオはあの秘密の神殿で働く人々の社会的身分は公式にはどうなっているのだろう?と疑問に思った。
 市民がどれほどピラミッドの地下の神殿のことを知っているのか知らないが、受付係は無邪気に笑った。

「あの人達は大統領府の職員ですよ。公務員だから、半額ですね。」

 表向きはそう言う身分なのか。 テオは不審な入場者を割り出すのは無理だな、と思った。

「植物園の植物の花とか葉っぱを持ち帰る人はいる?」
「研究に必要なら、申請すればいつでも可能です。 ここに用紙があります。」

 受付係はテオがグラダ大学の准教授なので、気前良く言った。申請用紙を出してカウンターに置いた。それでテオはカロライナジャスミンの葉を希望と記入した。

「最近、これを欲しいと言った人、いたかな?」

 受付係はテオの記入内容を見てから、首を振った。

「ここ暫くは園内の植物を持ち出した人はいません。」


第11部  太古の血族       13

  テオが敷地内に車を乗り入れると、犬が数頭吠えながら近づいて来た。白人が”インディオドッグ”と呼ぶ、毛足が短い、耳の先がちょっと折れた、細長い顔の中型の犬種で、一応コモン・インディアン・ドッグに分類されているセルバ犬だ。テオはこの犬種の遺伝子を調べて、セルバ固有の犬種ではないこ...