2021/07/27

礼拝堂  3

  ロザナ・ロハスが逮捕されたことを祝うつもりで、翌日シオドアは文化・教育省に電話をかけた。電話に出たのはマハルダ・デネロス少尉で、シオドアが祝福の言葉を告げると、彼女は短く「グラシャス」とだけ言った。そしてすぐにロホと交替した。なんだかいつもと違うな、と思っていると、電話口に出たロホが祝福の礼を述べてから、こう言った。

ーーもしお時間があれば、セルバ国防省病院へ行って頂けませんか?
「病院?」

 するとロホは声を潜めて囁いた。

ーー昨日、少佐が撃たれました。

 え? と驚くしかなかった。オーロラビジョンの映像が頭に蘇った。負傷した仲間を抱き抱えて走っていた背が高い兵士。あれはもしや?

「もしかして、君は撃たれた少佐を抱き抱えて走ってた?」
ーースィ。
「彼女の容態は?」

 するとロホは大丈夫ですと断言した。

ーーすぐに治療を受けられて、一晩お休みになり、今朝は既に電話で業務の指示をされました。

 流石に”ヴェルデ・シエロ”だ。シオドアはホッとした。ロホが話を続けた。

ーー私もお見舞いに行きたいのですが、今オフィスにデネロスと2人きりなので離れることが出来ません。ロハス捕縛の報告と書類整理で手が空かないのです。
「アスルとステファンは?」
ーー2人も病院にいます。ステファンは少佐の護衛で、アスルは脚を負傷して治療中です。
「アスルも撃たれたのか?」
ーーそれは・・・ちょっと事情がありまして・・・

 電話では言いたくないのだろう。ロホが珍しく言葉を濁した。シオドアは「わかった」と言った。

「午後の授業を早めに切り上げて病院に行く。アリアナも連れて行って良いかな? 仲間外れにされると直ぐ拗ねるから。」

 するとやっとロホの声が明るくなった。

ーー大丈夫です。アスルを見舞ってやって下さい。アイツはドクトラが好きなんです。

 あの無愛想なアスルがアリアナを気に入っているって? シオドアは可笑しく感じた。アスルは絶対に彼女の前でそんな素振りを見せない。「好き」と言っても恋愛感情ではないのだろう、と思った。
 アリアナに電話で病院行きを誘うと、彼女はちょっと迷った。研究が忙しいのかと思ったら、国防省病院は遺伝病とあまり関係がないので馴染みがないと言った。

「病院見学じゃない、見舞いだ。」
ーー誰が入院しているの?
「ケツァル少佐とアスルだよ。」
ーーそれを先に言ってよ!

 運転手のシャベス軍曹に迎えに来てもらい、セルバ国防省病院に行った。途中、アリアナは軍曹に頼んで菓子店で寄り道をした。

「普通はお見舞いにお花かなと思ったけど、植物のアレルギーの患者もいるから、お菓子にしたわ。怪我だから、食事制限はないのよね?」

 病院の駐車場に車と運転手を残して、シオドアとアリアナは受付に向かった。国防省病院は古い外観の建物だったが、中は清潔で綺麗だった。受付で身体検査があった。武器や爆発物を持ち込まれない為の用心だ。それから面会する患者の名前と見舞客の名前をリストに書かされた。I Dで本人確認されて、やっと中に入れた。

「セルバ人の名前って、Qで始まる人が多いわね。」

とアリアナが感想を述べた。

「ケツァル少佐はQで始まるし、アスルの本名はQ・Qよ。昨日、オーロラビジョンを一緒に見ていたケサダ教授もQよね。」
「スペイン語でKはあまり使わないから、Kの音はQで表しているんだと思うよ。」

 国防省病院は重症患者以外は大部屋だったが、ケツァル少佐は将校だったし、大統領警護隊だし、女性だったので個室を与えられていた。入り口前の廊下に椅子を置いて、ステファン大尉がタブレットで何か入力していた。彼はシオドア達の話声を聞きつけて顔を上げ、立ち上がった。アリアナが「こんにちは」と挨拶すると、彼は敬礼で応えた。国防省病院なので、それらしく振る舞うのだ。

礼拝堂  2

  まるで戦争映画を見ている様だが、これは現実に起きている出来事だ。映画と違うところは、否、映画と同じと言うべきか? 味方に死傷者が一人も出ていないことだ。政府側の武装軍団は元気よく前進を続けて行く。突撃しないのは、守護神である大統領警護隊の守備範囲から出てしまわないよう心がけているからだ。敵陣から絶え間なく飛んで来る砲弾や銃弾を落としながら前進するロス・パハロス・ヴェルデス達の消耗は激しいだろう、とシオドアは案じた。しかしロハス側に逃げ道は残されていない。屋敷が建っている丘の周囲は政府側が取り囲んでしまっている。テレビの実況リポーターが気になることを言った。

ーー中庭に何かあります。 ヘリコプターの様です。

 ロハス側が再び激しい反撃を始めた。備蓄の弾丸も火薬も全部使ってしまえと言うみたいに撃ってきた。政府側も負けじと撃ち返し、土埃と火薬の白煙で画面が不鮮明だ。その時、テレビカメラが大きく揺れた。リポーターが叫んだ。

ーーこちら側で負傷者が出た模様です!

 カメラが動揺している兵士の一団を映し出した。整然と統制が取れていた筈の部隊が混乱していた。その兵士の中から、背の高い男が負傷者を抱き抱えて走り出してきた。すぐに後方部隊から衛生兵達が駆け寄った。更に数人が仲間に支えられたり、担がれたりして後方へ運ばれた。
 シオドアは不安に襲われた。あの部隊のロス・パハロス・ヴェルデスは疲れたのか?
 テレビリポーターが突然大声を上げた。

ーー一人、敵陣に向かって走って行きます! 無謀だ! 戻って来い!!

 シオドアはオーロラビジョンの中でもう一人の兵士も続けて走るのを見た。ロビーの学生達が大騒ぎを始めた。スクリーンに向かって、「戻って来い!」と叫んだり、「やっつけてしまえ!」と怒鳴ったり、口々に騒ぎ出した。
 政府側は射撃を中断してしまった。味方が2人要塞に向かって走って行く。今撃てば彼等に当たってしまう。シオドアが唖然として見つめていると、アリアナが呟いた。

「カルロよ・・・あれはカルロだわ・・・」

 え? とシオドアは彼女を振り返った。アリアナが両手を祈る形に握りしめてスクリーンを見つめていた。彼はもう一度オーロラビジョンを見た。敵陣に突入する2人の姿はもう小さくなっていた。
 リポーターの声が聞こえた。

ーー今、情報が入ってきました。負傷者の一人は大統領警護隊の将校です。

 大統領警護隊には将校しかいないだろう! シオドアは情報の少なさにもどかしさを感じた。雨霰と降り注ぐ銃弾を物ともせずに突進して行った先刻の2人も大統領警護隊に違いない。仲間を撃たれて頭に来たのだ。彼はもう一度アリアナを見た。まさか、本当に、あれはカルロ・ステファンだったのか?
 突然、オーロラビジョンから大音響が響いた。学生達が腰を抜かし、画面の中も真っ白になった。まるでスクリーンが爆発したみたいな感じだった。一瞬画面が砂嵐状態になり、音声が途絶えた。
 フィデル・ケサダ教授が立ち上がった。

「だから、半分だけのグラダを怒らせるんじゃない。」

 彼は呟いて、潰れたカップをゴミ箱に放り込み、学生達を掻き分けて去って行った。
 オーロラビジョンが、と言うよりも中継しているテレビカメラが生き返った。政府側の兵士達が土埃まみれになりながら銃を構え、前進を再開していた。要塞の壁が崩壊していた。こちらから大砲を何発も一斉に撃ち込んだみたいだ。女性の悲鳴が聞こえてきた。政府側の軍服を着た男が2人、女性を一人引きずりながら崩落した建物の瓦礫の中から姿を現した。バリバリと空電の音がしてから、リポーターの音声が生き返った。

ーー失礼しました。ロハスの要塞が吹き飛んじゃいまして・・・今、ロハスが逮捕された模様です。生きてますね。運の良い女だ、ロス・パハロス・ヴェルデスに捕まって・・・

 女を引きずって来た2人の兵士は彼女を到着した味方に引き渡すと、兵士の群れの中に姿を消した。

礼拝堂  1

  盗掘美術品密売組織の頭目ロザナ・ロハスの顔をシオドアが初めて見たのは、ケツァル少佐と初めて会った日だった。少佐は彼にロハスの写真を見せて知っているかと尋ねたのだ。きつい目をした中年の白人女性で、シオドアは全く見覚えなかった。記憶喪失を抜きにしても過去に面識が一切なかったのだ。ロハスは祖先の文化を大切に思うセルバ国民にとって天敵の様な女だった。年代や部族に関係なく遺跡に侵入して彫刻や壁画を持ち出し、欧米のメソアメリカ文明の宝物を蒐集するマニア達に高額で売り捌いていたのだ。彼女には古代の神様の呪いも祟りも効かないのだろう。部屋に置くだけで近づく人間の精気を吸い取っていたネズミの神像でさえ、平気で神殿から持ち去り金持ちに売却したのだ。神聖な神々の遺物を汚しお金に換えてしまうロハスを、良識あるセルバ国民は憎んでいた。
 ロハスの財源はシオドアが考えた通り、麻薬売買だった。国民を堕落させていく元凶だ。だから彼女の組織を殲滅することはセルバ陸軍憲兵隊の大義であり、セルバ共和国刑事警察の悲願であり、大統領警護隊の任務でもあった。
 国営テレビはその日朝からずっとロハスの要塞の様な屋敷を取り囲んだ武装集団の行動を実況中継で全国に流していた。麻薬密売組織は軍隊並みの私兵と武器を備えていた。シオドアがミカエル・アンゲルスの邸で見た私兵軍団より遥かに規模が大きかった。麻薬って鉱石より儲かるんだ、と不謹慎にも思ってしまった程だ。テレビで映し出されているのは、個人所有の軍隊と国家の軍隊の戦争だ。セルバ国民はその日、仕事も勉強も手につかずにテレビの前で釘付けになっていた。
 テレビで放送していると言うことは、ロハスも中で見ているのよね、とアリアナが当然のことを言った。彼女とシオドアは大学のロビーで学生達と一緒にオーロラビジョンの画面を見上げていた。

「こっちの手の内を見せちゃって大丈夫なのかしら?」
「きっと、これだけの武力を持って囲んでいるんだから、そっちに勝ち目はないぞと伝えたいのだろう。」
「あっちの組織に”ヴェルデ・シエロ”はいないのかしら?」

 シオドアはギョッとした。単純な疑問だが、彼はそれまで思ってもみなかったのだ。その時、画面に緑の鳥の徽章を胸に付けた男達が映った。大統領警護隊だ。”ヴェルデ・シエロ”はどんな戦い方をするのだろう、とシオドアは緊張した。迷彩柄の野戦服ではなくカーキ色の戦闘用服を着たロス・パハロス・ヴェルデスはそれぞれアサルト・ライフルを装備していた。頭にはヘルメットを被り、識別用徽章がなければ憲兵隊と見分けがつかない。性別もわからない。テレビカメラは大統領警護隊を注視すると後が怖いと思ったのか、すぐに画面が切り替わり、ロハスの要塞の壁を映し出した。リポーターが叫んだ。

ーー迫撃砲だ!

 要塞から数発の弾が飛んで来るのが映った。しかし弾はこちらの軍団に届く迄にどれも空中で破裂した。直接の被弾はなかったが、破片が飛散して、前線が慌ただしくなった。何処かの部隊が射撃を始めた。要塞が応戦した。リポーターが言った。

ーー危ないところでした。ロス・パハロス・ヴェルデスに感謝です!

 再びカメラが大統領警護隊を探すかの様に動いた。先刻映ったグループは散開して2、3人ずつ憲兵隊や警察隊に付いたようだ。

「我々は直接相手を倒すことを許されていないから。」

 不意にシオドアの横で声が囁いた。シオドアはドキッとして振り向いた。考古学部のフィデル・ケサダ教授が座っていた。シオドアは言った。

「ロス・パハロス・ヴェルデスが戦闘に加われば、早く決着が着くんじゃないですか?」
「彼等は戦いません。」

 ケサダは手にしたカップからコーヒーを啜った。

「大統領警護隊の仕事は国を守ることです。さっきの迫撃砲弾を破壊したのも、憲兵隊を守るためです。彼等から攻撃を仕掛けることはありません。攻撃するのは憲兵隊と警察隊の役目です。」

 つまり、ロス・パハロス・ヴェルデスの隊員達は分散して各部隊に配置され、担当の部隊を守る仕事をしているのだ。だから・・・

「ロス・パハロス・ヴェルデスが配置された部隊の戦闘員達は誰も怪我をしないし、死んだりもしません。」

 だから現代でもセルバ人は”ヴェルデ・シエロ”を神様として敬っているのか。

「貴方が想像している程、彼等の能力は大きくないのです。」

とケサダはコーヒーを飲み干して言った。

「2人か3人で力を合わせて飛来する砲弾を破壊するのがやっとです。置いてある物を破壊するのは一人で簡単に出来ますが、高速で動く標的は射撃と同じで難しいのですよ。下手をすると味方に負傷者を出してしまいますからね。それに距離も関係します。肉眼で見えない距離の物に”作用”は出来ないのです。だから彼等は砲弾や弾丸が彼等の気の射程距離に入って来る迄待たねばならないのです。」

 セルバの超能力者達はとても人間的なのだ、とシオドアは感じた。

「”連結”や”幻視”は簡単ですが、これも適用範囲が限られています。一人でやれば、ここのロビーの中にいる人数程度が限界でしょうか。空間もこの程度の広さです。」

 シオドア達の周囲には100人程の学生や大学職員が集まっていた。これだけの人間を操ることができれば大したもんだ、とシオドアは思った。するとケサダが呟いた。

「グラダ族ならもっと桁違いな力を出せます。」

 シオドアは彼を改めて見た。マスケゴ族の教授はカップの中のコーヒーがなくなっているので、ちょとがっかりした。手で空になったカップを握り潰した。

「グラダの女性は穏やかに長時間大人数の人間を空間の制限もなく支配出来ます。だから古代のママコナはグラダ族しかなれなかったのです。現代のママコナは異部族ですから、ピラミッドで力を増幅させなければ同じことは出来ません。」
「”曙のピラミッド”は能力増幅装置なのですか?」

 シオドアの問いにケサダが苦笑した。

「現代風に言えばそうなるでしょう。」
「女性の力が穏やかなら、男性の力はどうなのです?」
「破壊的です。」

 ケサダはオーロラビジョンを見上げた。

「男性のグラダは瞬発的に相手に壊滅的打撃を与える力を出します。今テレビに映っている要塞、あの程度なら一人で吹っ飛ばしてしまえます。」

 彼はシオドアに視線を戻した。

「勿論、これは古代の文献に残されている資料を解読した内容です。グラダは遠い昔に絶滅しました。今、奇跡的に我々は一人だけ女性を取り戻した。」
「シータ・ケツァル?」
「スィ。だが惜しいかな、彼女は先代ママコナ存命中に生まれてしまった。ママコナにはなれない。」
「男のグラダは・・・」

 ケサダが指を口元に当てた。それ以上言うな、と言う合図だ。シオドアは口を閉じた。

「半分だけのグラダと言うのは大変危険な存在です。己の能力の抑制をなかなか学べない。導くべき年長者のグラダがいないからです。己で学んでいくしか方法がありません。幸い我々にはケツァルがいます。彼女が導師となって彼を導くことを期待しています。」

 シオドアは疑問を抱いた。半分だけのグラダが生まれたのなら、どこかにグラダの親が、半分だけか或いは純血のグラダがいた筈だ。そして純血のケツァル少佐の親は? やはり半分だけのグラダ同士の親がいたのか? それとも・・・・
 その時、また激しい射撃の音がテレビから聞こえてきた。ロビー内の人々の目が画面に釘付けになった。実況リポーターが早口で捲し立てた。要塞の随所から煙が上がり、怒号が響いた。取り囲む武装軍団が前進を始めた。

博物館  17

  シオドアはデネロス少尉が大統領警護隊文化保護担当部に配属されてまだ1年経つか経たないかと言うことを思い出した。時期的に考えると、彼がバス事故に遭った時期より2、3ヶ月早かった。あの当時、ケツァル少佐は、盗掘美術品を密売している女性犯罪者ロザナ・ロハスを追跡中だった。ロホは悪霊祓いが得意だから、ロハスが盗んだネズミの神像を追いかける任務に欠かせない相棒として少佐と行動を共にしていたのだろう。アスルとステファンはきっと交代で運転手をしたり、発掘隊の警護に就いたりしていたのだ。だから彼等は文化・教育省のオフィスを殆ど留守にしていたのだ。全員が出動している日に、デネロスは初出勤したのだ。

「書類だらけの机を前にして突っ立っていたら、隣の部署の人が『少佐から電話だよ』って言ったんです。それで出たら、挨拶なしでいきなり『机の上の書類のデータをパソコンに入力しておきなさい』って命令されて、お終い。」

 アリアナが唖然とした。シオドアは少佐らしいと思った。デネロスはアリアナの表情がおかしかったのか、笑い出すのを抑えながら続けた。

「M・デネロスって名札が置いてある机があって、私の机なんだ! って嬉しかったです。ちゃんとパソコンのパスワードもファイルの名前もデータの入れ方も説明が置いてあって、感激でした。簡単な仕事だったので、ちゃっちゃと片付けて、時間が余ったので他の人の机の書類も片付けちゃいました。」
「他人の書類を勝手に入力して大丈夫だったの?」
「スィ、全然問題なかったのです。1800にまた少佐から電話がかかってきて、定刻だから帰りなさいって。だから、マルティネスさんとステファンさんの書類もデータ入力しておきましたって報告したら、電話の向こうで笑って『今から張り切ると、後で皆んなから当てにされて大変な目に遭うから、適当に手を抜きなさい』って仰って。」
「きっと少佐も同じ経験をしたのよ。」
「そうだと思います。本物の少佐と対面出来たのは、それから2週間後でした。私が定刻に出勤したら、その日は全員席にいて、仕事しながら自己紹介してくれました。」
「彼等はどんな印象だった? 優しい先輩かい?」
「全然・・・厳しかったですよ。暫くはパシリでしたもん。省庁内で書類配達ばっかりだったし、外出の時は運転手だったし、野外訓練で扱かれるし・・・カルロは髭生やしてるから恐い顔に見えたし、ロホは優等生なので他の人も出来て当たり前だって思ってるし、アスルなんてそれ迄一番下っ端だったものだから、子分が出来たって大喜びで。」
「だけど、彼はオクターリャの英雄だろ?」

 アリアナがシオドアを振り返った。

「何のこと?」

 しまった、あれは言って良いことなのか、悪いことなのか? シオドアが迷っていると、デネロスが上手に説明した。

「アスルは12歳の時に伝染病で苦しむ村に薬を届けて救ったんです。」
「へぇ! 凄いわね! お料理も上手よね、彼・・・」
「そうなんですか?」
「美味しい朝ご飯を作ってくれたわよ。」
「へぇ・・・私も今度作ってもらおう。」

 デネロスは時計を見て立ち上がった。

「そろそろオフィスに帰りますね。遅くなると叱られますから。」
「私達が引き留めたのだから言い訳に使ってくれて結構よ。」

 アリアナも立ち上がり、彼女を優しく抱き締めた。シオドアも握手した。多分ハグしてもデネロスは拒まないだろうが、キャンパスの何処に純血至上主義者がいるかわからない。ステファン暗殺未遂事件が解決する迄は安心出来ないと彼は思っていた。デネロスが白人男性と親しくしている姿をあまり見せない方が良いだろう。
 デネロスが去って行くと、アリアナがシオドアを振り返った。

「密売ルートの捜査って危険なの?」

 ステファン大尉のことが心配なのだろう。シオドアはわからないと正直に答えた。

「学生達にそれとなく話を聞いたことがあるんだが、マフィアみたいな組織らしい。多分、麻薬シンジケートの副業なんじゃないかな。」



2021/07/26

博物館  16

  ムリリョ博士からシオドアへ何も連絡はなかった。しかしシオドアの銀行口座には働いた時間分の給金が振り込まれていた。振り込み元名義はセルバ国立民族博物館だった。これなら亡命者を監視している内務省も文句を言うまい。
 大統領警護隊文化保護担当部は発掘シーズンが始まって忙しいのだろう、生物学部のシオドアと医学部のアリアナは彼等と出会う機会が少なくなって、ちょっと寂しかった。たまにマハルダ・デネロス少尉が英語の校正を依頼すると言う口実で、アリアナと大学で接触する程度だ。それでシオドアはアリアナにデネロスと出会う時に彼にも声をかけてくれと頼んでおいた。
 博物館のバイトから10日程経ってから、やっとシオドアの時間の都合がついて、アリアナとデネロスの勉強会に参加が叶った。場所はキャンパスのカフェだ。彼が現場に行くと、既に女性2人で始めていた。コーヒーを飲みながら聞いていると、勉強しているのか雑談しているのかわからない。アリアナにとってもデネロスにとっても息抜きなのだ。アリアナが「これで終わり」と言ったので、やっと彼にも口出しするタイミングが回ってきた。

「文化保護担当部の仕事は忙しいのかい?」
「スィ。」

 デネロスがニッコリして頷いた。

「ちょっと遺跡監視とは違うのですけど、文化財保護に重要な任務を遂行中です。」
「それじゃ、ジャングルには行っていないの?」

とアリアナ。行ってません、とデネロスが答えた。

「発掘隊の監視はまだ始まっていないんです。今季のイタリアの発掘隊はまだ準備中でセルバ人が苛つく程遅いんです。」

 シオドアとアリアナは笑ってしまった。

「それでアスルは警備隊の訓練を指導して、ロホとカルロの手伝いです。」
「ロホとカルロは何をしているの?」

 アリアナがステファン大尉やマルティネス中尉と呼ぶのを止めたことにシオドアは気がついた。デネロスは少し真面目な表情を作った。

「国家機密です。」

そしてケラケラ笑った。シオドアはちょっと不安になった。

「また外国へ行って盗掘品回収をしているんじゃないだろうな?」
「ノ、2人ともグラダ・シティにいます。でも盗掘品は良い線行ってます。」

 シオドアは何となく察しがついた。

「密売ルートを探っているんだな?」

 シーっとデネロスは指を口元に当てた。誰も彼等の会話に聞き耳など立てていなかったが。アリアナは単純に驚いた。

「警察みたいな仕事もするの?」
「たまには。」

とデネロス。彼女はまだ修行中なので、恐らくオフィスの留守番なのだ。先輩達が羨ましいのだろう。ちょっと拗ねて見せた。

「警察の人がオフィスに来たり、こっちから出かけたり、出入りが激しいんです。」
「貴女は何かに関わっているの、マハルダ?」
「私はイタリア発掘隊の申請書の整理ばっかりですよ。」

 仲間はずれなんです、と彼女はブツブツ言った。彼女のナワルはオセロットだとケツァル少佐が言っていた。獰猛だが小さい獣だ。多分、デネロスの超能力は威力がそんなに大きくないのだ。だからケツァル少佐は出来るだけ彼女を危険な現場から遠ざけている。修行中と言う名目で。彼女の得意なデータ処理や情報整理を担当させているのも、出来るだけ彼女を戦闘から遠ざけたいと言う少佐の親心だ。若いデネロスは、多分それを理解しているものの、やっぱり物足りないのだろう。

「マハルダ、君の兄弟も皆んな君と同じ能力を持っているのかい?」

 デネロスの不満を紛らわせてやろうとシオドアは質問した。デネロスが首を振った。

「ノ、私には3人の兄と2人の姉がいますが、皆んな”心話”しか出来ません。ナワルも持っていません。」
「それじゃ、兄弟姉妹の中で君が一番能力が強いんだ。」
「スィ。でも小さい時はそれで寂しい思いもしました。友達がなかなか出来なかったんです。近所の子供は私を怖がっていました。きっと気の抑制が上手く出来ていなかったのでしょう。早く大きくなった兄が、色々学んで私に教えてくれましたので、何とか普通に学校へは行けました。両親も私を普通の子供として育てようと努力してくれました。でも、成長するとだんだん手に負えなくなったようです。」

 語るデネロスに暗い過去を持つ印象は全く見えなかった。きっと家族から愛され大事に育てられたのだ。

「長兄が軍隊に入ることを勧めてくれました。上手くいけば大統領警護隊にスカウトされるかも知れない、そうすれば良いお給料をもらえるし、高等教育も受けられるし、能力の上手な使い方を教えてもらえて友達もいっぱい出来るだろうって。」
「素敵なお兄さんね!」
「スィ! 大好きな兄です。今でも官舎に畑の野菜を送ってくれるんですよ。」

 デネロスの実家は近郊で農業をしているのだ。そう言えば、先日アスルが酔っ払った時に彼女を「野菜畑の姫」と呼んでいたなぁ、とシオドアは思い出した。あの時は意味も何も考えなくて、ただ変なことを言うなぁと思っただけだった。

「お兄さんは先見の明があったのね。貴女は大統領警護隊にスカウトされたじゃない。」

 エヘヘ、とデネロスが照れ笑いした。

「士官学校へ入る方が大変でした。うちは兄弟が多いので学費を払うのも苦労だったと思うのですが、両親は文句一つ言わずに仕送りしてくれました。だから私も頑張って、スカウトが来た時に、思い切り”心話”でアピールしました。私を採用しないと損ですよって。」
「きっとそのスカウトも貴女が気に入ったのよ。」
「文化保護担当部に採用されたのは、ケツァル少佐に目をかけてもらったからかい?」

 デネロスは採用された当時のことを思い出して、ウフフと小さく笑った。

「大統領警護隊は女性が少ないんです。一族の女性達は軍隊より企業のオフィスで働く方が好みなんですよ。大統領警護隊でも女性は事務方への配属を好む人ばかりです。政府高官の側近や外交官になったりするんです。でも私はそんなに頭は良くないし、どっちかと言えばジャングルや砂漠で仕事をしたかったんです。それで野戦要員を希望したのですが、大統領警護隊の野戦要員って、要するに大統領官邸や高官の警護や式典の儀仗兵なんです。」
「つまらないわね。」

 アリアナが素直に感想を述べると、デネロスがうんうんと頷いた。

「つまらないんです。出会いの場も少ないでしょ? そしたらトーコ副司令官に呼び出されて、考古学に興味があるかと訊かれたんです。ないことはないですと答えたら、文化・教育省にオフィスを置いている大統領警護隊文化保護担当部に空きがあるので、そこで働いてみないかって勧められました。びっくりしました。だって、文化保護担当部って、名前こそ事務方ですけど、陸軍の分隊を指揮して遺跡発掘隊や調査団の警護をしたり、盗掘団や反政府ゲリラと戦闘をやるエリート集団ですからね。警護隊の憧れなんですよ。」
「指揮官も有名だね?」
「スィ!」

 デネロスが嬉しそうに目を輝かせた。

「ケツァル少佐は大統領警護隊の憧れなんです。気の大きさが半端ないし、使い方も上手だし、美人だし、お金持ちのお嬢さんなのに全然そんな素振りを見せないし、考古学の成績も優秀だし、強いし、そしてちょっと恐い・・・」

 まるでヒーローを語るような口ぶりだ。放っておくとまだ賞賛の言葉が続きそうだったので、シオドアは口を挟んだ。

「それであっさり採用されたのかい?」
「副司令が推薦状を書いて下さいました。だけど、その後が大変で・・・」

 デネロスの表情が初めて微かに曇った。シオドアは何となくその理由がわかった。

「純血種の隊員達が、文化保護担当部に推薦された君をやっかんだんだね?」

 アリアナがびっくりして彼を見た。

「そんなことがあったの? だって、マハルダは優秀じゃないの?」
「彼女が優秀だから、純血種達は悔しいんだよ。メスティーソの”ヴェルデ・シエロ”に出世で追い越されたんだから。」
「それじゃ、貴女は虐めに遭ったの、マハルダ?」
「虐められはしませんでしたけど・・・意地悪はされました。でもそう言うのは小学校で経験済みでしたから、正式採用されるまで我慢しました。それに通信制の大学に入学して考古学を始めたので忙しくて、意地悪な連中の相手をする暇もありませんでした。」
「貴女は偉いわ、マハルダ。」
「そうですか?」

 またエヘヘとデネロスが照れ笑いした。

「初めて文化保護担当部に正式に配属された日って覚えてる?」
「勿論です! あのオフィスに初めて入った時・・・」

 彼女はクスッと笑った。

「誰もいなかったんです。」


2021/07/25

博物館  15

  マハルダ・デネロスが目を覚ましてくれたお陰で、3人でミイラの保管室を歩き回り幽霊を追いかけることが出来た。”ヴェルデ・シエロ”と思われる幽霊は確かに3人だけ、と少佐とデネロスの証言が一致した。かなり古い神官の服装をしている男性だと言う。幽霊達は特に目的もなく室内を漂っていた。時々”ヴェルデ・ティエラ”のミイラから亡者が出て来かけたことがあったが、その度に少佐が弱いながらも気を放ち、ミイラの中へ押し戻した。デネロスは1人の神官がよく動き回るので追いかけていた。現生の3人は辛抱強く3人の亡者がミイラへ戻るのを待ち、明け方近くに”ヴェルデ・シエロ”のミイラを梱包用の箱に移動させた。
 シオドアはノートを破ってそこに「神官3名」と書き記し、箱の蓋の上に載せておいた。保管室を出て扉を閉じ、寝袋を片付けた。
 少佐が時計を見て、シオドアに尋ねた。

「ドクトル、今日の予定は?」
「午前中に講義が一つ・・・」

 欠伸が出た。

「何時から?」
「10時。俺は定刻に講義を開始するので有名だから。」

 デネロスが笑った。少佐が言った。

「まだ5時間あります。何処かで休みましょう。」

 その「何処か」は結局少佐のアパートだった。彼女のベンツで到着すると、シオドアは一度来たことがある建物に入り、ちょっと感慨深い物を感じた。あの時は故国から逃げて、アスルの手で過去の村に隠してもらった。今は「見習いセルバ市民」だ。
 少佐の部屋は高級アパートだけあってバスルームが2箇所あった。一人暮らしの女性の部屋にバスルームが2箇所だ。シオドアとデネロスがそれぞれ別のバスルームでシャワーを浴びて体を洗った。着替えは出勤前に自宅へ立ち寄らなければならない。風呂から出ると、ダイニングに少佐が簡単な朝食を用意してくれていた。トーストと卵料理と果物だ。彼女がシャワーを浴びている間に食事を済ませた。デネロスも少し遅れて風呂を上がり、朝食の席に加わった。上官を待ったりしない。時間に制限がある時は効率よく動くのだ。シオドアはリビングのソファで寝ることにして、デネロスに客間を譲った。寝る前にふと思いついてアリアナに電話をかけた。まだ6時半で彼女はベッドの中にいて、電話で起こされたことに文句を言ったが、シオドアがシャツの着替えを大学へ持って来るよう依頼すると引き受けてくれた。
 バイトは上手くいったらしい。ムリリョ博士から連絡はなく、シオドアはエアコンが効いた室内で短時間だがぐっすり眠れた。
 8時過ぎに少佐が何処かに電話をかける声が聞こえた。シオドアは彼女の声が楽しそうだったので、安心してまた眠り、9時に起こされた。
 起きるとデネロス少尉はいなかった。少佐がコーヒーを淹れてくれながら説明した。

「ロホに指揮代行を頼みました。ついでにマハルダを拾って先に出勤してもらいました。」
「君が電話をかけていた相手はロホだったのか。」
「誰だと思ったのです?」
「ムリリョ博士に仕事の結果報告でもしているのかと思った。」
「その必要はありません。貴方が残したメモで彼はわかります。」

 シオドアは熱いコーヒーを啜った。生き返った気分だ。

「昨夜、君は心を何処かに飛ばしていたね。ステファンに何かあったのかい?」
「彼が大きな気を放ったので、何かあったのかと思って様子を見に行ったのです。」
「ムリリョとマハルダは感じなかったみたいだね。」
「部族が違いますから。」

 少佐もコーヒーを一口飲んだ。

「何もなかったので安堵しました。少し相手が悪かったのです。」
「ムリリョと同じ部族の人か?」
「スィ。マスケゴ族の男で、シショカと言います。建設大臣の秘書をしていますが、純血至上主義者で”砂の民”です。」
「ムリリョの手下?」
「ノ。”砂の民”ですが、単独で長老会の指図でのみ動く男です。ムリリョ博士の指図で動く組織には入っていません。ですが、マスケゴ族の長老としてのムリリョ博士の指図には従います。」

 ”ヴェルデ・シエロ”が一枚岩でないことをシオドアは知っている。そして、ややこしい掟も存在するのだ。

「殺し屋だね? 殺し屋がステファンに何かしようとしたのか?」
「まだカルロと話をしていないので詳細がわかりませんが、襲撃したのではなさそうです。何らかの理由で出会って、売り言葉に買い言葉で口論でもしたのではありませんか。」
「それでステファンが腹を立てて気を放ったのか・・・」

 シオドアはアメリカの遺伝病理学研究所がステファンを拉致・監禁した時のことを思い出した。シオドアの義理の弟エルネスト・ゲイルがステファンを怒らせ、医療検査機器を破壊させてしまったのだ。
 少佐がカップをテーブルに置いた。

「そろそろ大学へ行きましょう。カップはそのままで良いですよ。メイドが後から来ますから。」


博物館  14

 シオドアはうとうとしかけた時に、扉の向こうの声を再び聞いた。耳を澄ましてもはっきり聞こえない。隣のデネロスを見ると、少尉は寝ていた。彼は懐中電灯でタブレットを照らし、聞こえる音を文字に置き換えようとした。しかし耳に入ると言うより脳に直接来る声は文字に置き換え辛かった。子音ばかりを打って、欠伸が出た。こんなこと、毎晩やってられるか!
  扉の向こうでは相変わらず10人だか20人だかザワザワと声がしている。シオドアは寝袋から這い出した。扉ににじり寄り、耳をくっつけたが、それでも言葉らしきものは聞き取れない。声が聞こえるだけだ。俺に巫女の才能なんかないのに、無理だろう。
 顔を扉から離したら、すぐ隣でケツァル少佐も耳を扉に付けていたので、びっくりした。危うく声を出しそうになって口を自分で抑えた。タブレットにメッセを打ち込んだ。

ーーなにやってんだ?

 少佐が顔を扉から離した。シオドアのタブレットにメッセを書き込んだ。

ーー聞こうとしていました。
ーー君は聞けないだろう!

 その時、デネロスがうーんと声を出した。扉の向こうが静かになった。少佐が開き直って声を出した。

「解決策を考えないと、明日もまたここで寝る羽目になります。」
「君が付き合うことはないさ。俺が引き受けたんだから。」
「貴方を一人でこんな場所に置いておきたくありません。」
「それって、俺を心配してくれている訳?」

 暗闇の中で少佐がぷいと横を向いた。きっと赤くなっている、とシオドアは勝手に決めつけた。

「言葉が伝えられないのなら、何か身体的な差があれば良いんだがなぁ。ミイラではそれも無理か・・・そもそも生きている”シエロ”と”ティエラ”の身体的差もないもんなぁ。」

 2人は暫く黙って座っていた。後ろでデネロス少尉がスースーと寝息を立てていた。自分で志願しておきながら、先に寝落ちしてしまっているのだ。少佐は怒る気力がないらしい。ここで眠らせておかないと次の日の業務に支障が出るのは目に見えていた。
 シオドアは記録した子音だけのメモを眺めた。ムリリョは”ヴェルデ・シエロ”のミイラを入れると”ヴェルデ・ティエラ”のミイラ達が穏やかに眠れないと言った。それは亡者、幽霊達も同じではないのか? 生きている”ヴェルデ・シエロ”が地下保管室に入った時、幽霊達はどんな反応をしているのだ? シオドアには幽霊の姿が見えない。だから彼等がムリリョやケツァル少佐が入室した時に示す反応が見えない。”ヴェルデ・ティエラ”の幽霊は生きている”ヴェルデ・シエロ”には平気なのか? それとも敬遠するのか? 

「少佐、君は昨日ここへ来た時、幽霊を見たんだろ?」

 少佐がこっくり頷いた。彼が何を言い出すのか推し測ろうとしているのか、ちょっと不安げな雰囲気だ。

「何人いた? 君が見た幽霊は何人だった?」

 すると彼女は小さな声で答えた。

「3人でした。」
「俺が聞く声はいつも10人とか20人だ。」
「だから?」
「喋っている幽霊は”ヴェルデ・シエロ”も”ヴェルデ・ティエラ”も入り混じっているに違いない。だけど、俺達が入った時、”ヴェルデ・ティエラ”は隠れた筈だ。生きている”ヴェルデ・シエロ”が2人に増えたからだ。ムリリョ博士は毎日ここにいるから連中は平気なんだろうけど、新顔で能力が強い君が加わったので、”ヴェルデ・ティエラ”の幽霊は体に戻った。残ったのが”ヴェルデ・シエロ”だ。その3人がどのミイラのものか、確認するんだ。」
「私が?!」
「俺には見えないから。」
 
 シオドアが立ち上がって扉に手をかけたので、ケツァル少佐が焦った。階段の照明が灯った。

「うん?」

 明るくなったために、デネロスが目を覚ました。眩しそうに目を細めて、シオドアと少佐を見上げた。

「もう朝ですか?」

 少佐が何か言う前に、シオドアは素早く話しかけた。

「まだ夜中だよ。これから中に入る。一緒に来るかい?」


第11部  神殿        23

  一般のセルバ共和国国民は神殿の中で起きた事件について、何も知らない。そんな事件があったことすら知らない。彼等の多くは”ヴェルデ・シエロ”はまだどこかに生きていると思っているが、自分達のすぐ近くで世俗的な欲望で争っているなんて、想像すらしないのだった。  テオは、大神官代理ロア...