2021/10/09

第3部 潜む者  17

  昼前にアンティオワカ遺跡からケツァル少佐とギャラガ少尉が引き揚げてきた。憲兵隊はまだ奥地にいる様だ。少佐はアスルからチュパカブラ騒動の顛末の報告を受けると、彼女の方もアンティオワカでの成果を伝えた。フランス隊の盗掘は学者の犯行ではなく、彼等がヨーロッパから連れて来た学生の仕業だった。そして麻薬の方は作業員に混ざっていた密入国者のコロンビア人だった。
 テオとギャラガはテントの下で大人しく彼等の会話を聞いていた。実を言うと2人共寝不足で意識がぼんやりしてきていたのだ。それに気づいた少佐が時間制限を設けて早めのシエスタを宣言した。携行食で簡単な昼食を取って、彼等は1時間ばかり眠った。
 まだ太陽が中空にあるうちにシエスタは終了し、少佐はアスルにアンティオワカ遺跡発掘の中止命令が守られることを監視するよう命じた。

「学者達には気の毒ですが、1人でも不届き者が出ればその時点で発掘を中止させると言うのが我が国の法律ですから。」

と少佐がテオに説明した。テオは近くで彼女の言葉を殊勝な顔で聞いている日本人学者に気がついた。こんにちは、と知っている数少ない日本語で挨拶すると、向こうもこんにちはと返してくれた。

「当方の作業員からもチュパカブラ騒動の関係者が出ました。我々も中止しなければならないのでしょうか?」

 テオはケツァル少佐を見た。少佐が何か言う前に彼は弁護してみた。

「ミーヤ遺跡では盗掘はないよな? 麻薬組織の人間はいたが、作業員に紛れ込んでいただけだろう? 遺跡そのものを傷つけた訳じゃないと思うが?」

 少佐が何か言う前に、ギャラガが鼻をひくつかせた。

「何だろう? 良い匂いがする・・・」
「これかな?」

 とアスルがテーブルの上に置いてあったスルメの袋を手に取った。
 少佐が何か言う前に、ギャラガが叫んだ。

「あー、それ、知ってます! 美味しいヤツだ!」
「スルーメだってさ。」

とテオが言った。少佐が何か言う前に、日本人が言った。

「まだあります。差し上げますよ。」

 素早く自分達のテントへ立ち去ったので、少佐が首を振った。

「賄賂の要求に聞こえましたが・・・」
「そんなつもりは毛頭ない!」

とテオは言った。

「俺はまだそのスルーメを食べたことがないんだ。」
「スルーメじゃなくてスルメだ。」

とアスルが発音を訂正した。ギャラガはかつて陸軍にいた頃に先輩から分けてもらったことがあったので、味を知っていた。

「確か、干した魚でしたよね?」
「干したイカだ。」
「だから魚でしょ?」
「イカは魚類ではない。」

 そう言えばアスルは魚介類が好物なのだ、とテオは思い出した。
 日本人が新しいスルメの袋を4つ持って来た。最初にレディファーストで少佐に手渡された。少佐は気が進まなさそうな顔で受け取った。テオとアスルはその日2つ目のスルメをもらい、ギャラガは数年ぶりに干したスルメイカを手にした。

「発掘の件ですが・・・」

と少佐がやっと口に出した。その場にいた全員が彼女を見た。

「ミーヤ遺跡では盗掘の事実は確認出来ていませんし、チュパカブラ騒動に関わった人間は臨時雇用の作業員でした。従って、ミーヤ遺跡の発掘は続行許可します。」

 小さな遺跡の中に歓声が上がった。  

第3部 潜む者  16

  ミーヤ遺跡は本当にハイウェイから近かった。テオは鞄を担いで徒歩でアスルについて遺跡迄歩いた。アスルは朝食に食べたファストフード店のハッシュドポテトの油が古かったとブツブツ文句を言い、道中草むらの中に入って草をむしり食べたので、テオはちょっと驚いた。言葉に出さずに済んだが、内心「猫草じゃないのか?」と呟いてしまった。流石に猫草の様な効果はなく、アスルの腹具合が少しマシになっただけだった。
 半時間歩いて遺跡が見えて来た。確かに車があれば5分で来れただろう距離だ。遺跡の外に立っているテントも宿泊用と言うより休憩用の簡単な物で、作業員は近隣の村から来るバイトだった。陸軍の警備兵が5人いると聞いていたが、出迎えたのは2人だった。

「1時間前に憲兵隊が来て、3人を連れてアンティオワカへ行きました。」

と1人が報告した。アスルは頷いて了承を示し、来ている作業員と発掘隊を集めるようにと命じた。テオが何処の発掘隊かと尋ねると、日本だと言う答えだった。

「アンティオワカへ行きたかったらしいが、協力を申し込んだフランス隊に断られたんだと言っていた。フランス隊が断った理由はわかる。テメェらの悪行を日本人に見られたくなかったんだろ。」

 アスルがちょっと笑った。

「こっちも日本人を人質に取られずに済んで助かった。」

 テオは前日の大学駐車場での車上荒らしを思い出した。携帯電話を無造作に車の中に置きっ放しに出来る国があるのか、と思ったが、後で日系の学生に聞くと、日本でも車上荒らしはあるし、スマホを剥き出しで放置するなんてバカだ、と返された。
 時間に正確な国民性で、発掘隊と作業員は10分もしないうちに警備兵のテント前に集合した。彼等を前にして、アスルがチュパカブラ騒動の真相を語った。テオも体毛の検査結果をプリントアウトしたものを日本人の考古学者に見せた。彼等はグラフを見て、英語とスペイン語で書かれた解説を読んで納得した。通訳が作業員にもその用紙を回覧させた。
 コロンビア人のエド・ゴンボは知り合いが何人かいたが、彼等はゴンボの裏の顔を知らなかったと言った。真実なのか否か不明だが、作業員達は発掘作業を再開することに同意した。
 アスルが警備兵達と打ち合わせを始めたので、テオはテントの下に座って結果をグラダ・シティのロホに電話で伝えた。

ーーコロンビア人の麻薬密輸と繋がっていたんですか。

 電話の向こうでロホが呆れた様な声を出した。きっとアスルと少佐の作戦を知っていて、わざと驚いているのだ。テオは追及しないことにした。軍人に向かって民間人が作戦を前もって教えろと言う訳にいかない。

「ジャガーの方は進展があったかい?」
ーーノ、何も聞いていません。

 これも怪しいが、カルロ・ステファン大尉は古巣の友人に何もかも喋ったりしないだろう。

ーー今日帰れますか?
「そのつもりだが、何か用かい?」
ーー用事はありません。ただ皆出かけているので、寂しいだけですよ。

と言ってロホは笑った。

「アスルと一緒に帰るのは無理だろうけど、少佐が戻って来たら、拾ってもらうよ。」

 電話を終えてふと顔を上げると、アスルがそばに立っていた。テオに黄色い筋状の物体が詰まった袋を差し出した。何やら海の匂いがしたので海産物だろうと見当がついた。

「なんだい?」
「日本人がくれた。スルメだ。」
「はぁ?」
「干したイカだ。」

 アスルはボソッと呟いた。

「これは旨いんだ。」

 テオは有り難くいただいて、袋を鞄にしまった。アスルは彼用にもう一袋もらっているようだ。

「ジャガーがどうした?」

と彼が尋ねた。テオは彼にジャガー騒動を誰も話していないのだと気がついた。

「3日前に住宅街でジャガーが目撃されて、ちょっとした騒ぎになったんだ。大統領警護隊が遊撃班を出してジャガーの行方を探しているところさ。恐らくマナーを知らないヤツが変身したんだろうってカルロは考えている。」
「ステファン大尉が捜査責任者か?」
「スィ。デルガド少尉と2人で足跡や臭いを辿っているんだが、どうも俺の家の近所で消えたみたいなんだ。だから俺も気になっている。」

 アスルはちょっと考え込んだ。彼が慕っている先輩の相棒には特に関心はないようだ。

「騒ぎになっていると言うことは、世間に知られていると言う意味だな?」
「スィ。警察も探しているし、大学でも学生達は知っていた。実は少佐も散歩中に気配の接近を感じたそうだ。目で見た訳ではないがね。」

 アスルが唇を噛み締めて遠くを見る表情になった。彼の考えていることはわかった。世間に知られてしまったと言うことは、一族を危険に曝していると言う意味だ。”砂の民”が必ず動く。マナー違反のジャガーを何処かで密かに殺害してしまうだろう。

「俺たちは関わらない。貴方も絶対にそいつと接触するな。そいつの存在は、チュパカブラより危険だ。」


第3部 潜む者  15

 大統領警護隊からの通報を受けて国境警備に配備されているセルバ共和国陸軍の憲兵隊がホテルにやって来たのは明け方だった。早朝の出動に機嫌が悪かったので、憲兵達はコロンビア人のゴンボを手荒に扱った。テオがゴンボの牙型の槍の穂先に古い血液が付着しているのを見つけて、採取した。

「血液のDNAを分析したら、こいつが発掘作業員を刺した犯人だってわかる。」

と彼が言うと、憲兵達は喜んで任せてくれた。
 憲兵と話をしていたアスルが戻って来たので、テオは訊いてみた。

「盗掘だけでこんな手の込んだ犯行をするとは信じられない。何か他に目的があるんじゃないのか?」

 アスルが頷いた。

「盗掘はフランス人が行ったことだ。コロンビア人はコカインを密輸している。アンティオワカ遺跡の盗掘が発覚して大統領警護隊が発掘を中止させると、遺跡は立ち入り禁止区域になる。」
「そこに麻薬を隠して配送センター代わりに使うってか?」
「遺跡管理の仕事を請け負う業者がコロンビア人の仲間だ。」

 アスルは憲兵隊をチラリと見た。

「後は彼等の仕事だ。大統領警護隊は遺跡に戻る。これから作業員達に働けと言わねばならない。」
「アンティオワカ遺跡の方は?」
「既に憲兵隊が向かった。少佐が発掘隊を制圧しているだろう。誰も逃亡していない筈だ。」

 ケツァル少佐は遺跡を一つ丸ごと結界の中に入れ、発掘隊に”操心”をかけて逃げないよう大人しくさせているのだろう。恐らくギャラガは遺跡の中の証拠物件を探している筈だ。
 テオは荷物を鞄に仕舞いながら、ふと気になることがあったので、また質問してしまった。

「あのコロンビア人は、この部屋をどうして知ったんだろう?」

 そんなの問題ない、とアスルは言いた気に肩をすくめた。

「俺がフロントに客が来たら教えてやれと言っておいた。」

 つまり”操心”をかけたのだ。真夜中の客など滅多にいない。アスルはミーヤ遺跡から町までゴンボが尾行していることに気づいていたのだ。ゴンボはレストランの外でアスルが出て来るのを待ち、ホテルまでつけた。ケツァル少佐とギャラガが車でどこへ向かったのか知らなかった筈だ。知っていればアスル暗殺など後回しでアンティオワカの仲間に知らせようと走っただろう。
 テオはアスルが1人で戦うのをまだ見たことがない。以前要塞みたいな麻薬シンジケートのアジトにアスルとステファン大尉が2人だけで突入したことがあった。アスルが素手で10人と格闘して倒したと言う武勇伝が生まれた。だが目撃したのは麻薬シンジケートの連中とステファン大尉だけだ。セルバの刑務所の受刑者達はアスルを「ペケニョ・エロエ(小さな英雄)」と呼んでいるらしい。ゴンボの誤算は、外国人故にアスルを軽く見たことだ。

「君の活躍を動画に撮っておけば良かった。」

と冗談を言うと、アスルはまた「けっ」と言った。

2021/10/08

第3部 潜む者  14

  夜が更けた。テオは往路の車中でたっぷり昼寝してしまったので、明け方前に目が覚めた。枕の下に入れておいた携帯電話の時刻を見ると午前4時前だった。アスルはまだ眠っている様だ。照明を点けて起こしてしまうのも可哀想なので、テオはベッドに横たわったまま試験問題を考え始めた。恐らく半時間も経たないうちに二度寝するだろうと思っていたら、ドアの外で微かにカリカリと音がした。気のせいかと思ったが、音は再び聞こえてきた。ドアノブ辺りから聞こえた。誰かがピッキングしている、と感じた。ケツァル少佐が拳銃を貸してくれたが、アスルがいるからと思って鞄の中に入れてしまっていた。アスルはドアの音が聞こえているだろうか。狭い部屋なので声を立てられなかった。
 カチッと音がして解錠された気配がした。テオはわざとウーンと声をたてて寝返りを打って、入り口の方へ体を向けてみた。外の音が止んだ。アスルは静かだ。そのまま長い時間が経った。恐らく実際は4、5分だ。眠っているふりをしていると、ドアが動く気配がした。空気が僅かに動いた。誰かが室内に入って来た。恐ろしいほどの相手の緊張感をテオは感じた。
 これは「殺気」と言うものか?
 侵入者が体を大きく動かした。いきなり、怒号が聞こえた。

「何ヤツだ?!」

 照明が点き、テオは跳ね起きた。アスルが1人の男を後ろから羽交締めにしていた。男は手に短い槍の様な物を握っていた。槍の先端はフォークの様に2本に分かれており、鋭い刃物が付いていた。
 テオはベッドから飛び降り、男の胴に一発お見舞いした。男が怯んだ隙に槍を取り上げた。男は槍を持ち替えようとしていたが、テオに奪われてアスルを振り払うことに総力を上げることにしたらしい。だがテオが男から奪った槍を喉元に突きつけると大人しくなった。男が脱力した隙にアスルが彼を床に押し付け、膝まづかせた。腕を後ろへ回させ、手錠をかけた。テオは大統領警護隊が手錠を装備しているのを知っていたが、実際に使用するのを見たのは初めてだった。

「こいつ、犬臭い。」

とアスルが囁いた。テオは槍の先端を見た。

「コヨーテの牙みたいに見えるな。」
「こいつがチュパカブラか?」
「きっと君が俺から検査結果を受け取ると誰かから聞いて追って来たんだろう。ここで君と俺を殺害してチュパカブラの仕業に見せかけようとしたんだ。」
「大統領警護隊を何だと思ってやがる!」

 男は黙っていた。アスルが彼の上体を引き起こし、正面に回った。男の服装は普通の労働者風だ。農民かも知れない。人種はその辺にいるメスティーソだ。よく見ると全身を微かに震わせていた。大統領警護隊が恐いのだ。恐いのに、そのすぐそばでチュパカブラ騒動を起こしていたと言うのだろうか。
 アスルは男の服を探り、財布や身分証の類、その他の武器などを所持していないか探った。擦り切れた財布と折り畳みナイフが出てきた。それ以外は持っていなかった。アスルはそれをテオに渡した。
 アスルが男の顔を顎を掴んで持ち上げた。男は目を逸らそうとしたが遅かった。彼はアスルの目から視線を外せなくなった。アスルが尋ねた。

「お前は誰だ?」

 男が小さな声で答えた。

「エド・ゴンボ・・・」

 テオは財布の中から運転免許証を見つけ出した。

「エドアルド・ゴンボ・・・コロンビア人だ。」
「ほう・・・パスポートは?」
「ないなぁ。これだけだろ、ポケットの中は?」
「何処に住んでいる?」

 ゴンボはミーヤ・チウダの町の中の地区名らしき名前を口にした。本人は言いたくないだろうが、アスルの目の力に逆らえない。

「ミーヤ遺跡に出没したチュパカブラはお前の仕業か?」

 ゴンボが「スィ」と答えた。テオは槍を見た。こんな物で刺して相手が死んだらどうするつもりだ、と思った。

「仲間はいるのか?」

 ゴンボが数人の名前を挙げた。アスルの表情が硬くなった。彼はテオに告げた。

「最初の被害者2名の名前が入っている。」
「それじゃ・・・」

 テオもアスルが思ったことに気がついた。

「被害者もやっぱりグルだったんだな?」
「目的は何だ?」

 ゴンボは恐怖で泣きそうになった。アスルから逃れたいのに体が動かない。目すら動かせない。そして口が勝手に動いた。

「お前の目をアンティオワカから逸らしておくことだ。」

 アスルは「けっ」と言ってゴンボから手を離した。そう言えば、とテオは今更ながら疑問を感じた。ミーヤ遺跡は小さいと聞いているが、アスルは大きなアンティオワカ遺跡ではなくミーヤ遺跡の方を見張っている。ミーヤ遺跡はグーグルのストリートビューで見てもアスルが直々に見張るような重要性がある場所に思えなかった。

「わざとアンティオワカから副葬品を盗ませたんだ。あのフランス隊はペルー政府からもチリ政府からも要注意の勧告が出ていたからな。」

 アスルがゴンボにそう言うのを聞いて、テオはケツァル少佐がアンティオワカ遺跡へ行ったのは偶然盗掘品が発見されたからではなかったと悟った。わざと餌を撒いて盗掘者が引っかかったので、早速釣り上げに行ったのだ。そうとは知らない盗掘者達は、チュパカブラ騒動をでっち上げ、アンティオワカの近くにいる大統領警護隊の注意をミーヤ遺跡に向けさせようとしたのだった。アスルはそれに載せられたふりをして、グラダ・シティから専門家を呼ぶと作業員達に伝えた。それで盗掘者達はチュパカブラ騒動を起こしているゴンボを暗殺者として送り込んだ。アスルやテオを殺せなくても大怪我をさせれば、警察も大統領警護隊もミーヤ遺跡に集中するだろうと読んだのだ。しかしアスルはテオを餌にしてゴンボをホテルの狭い部屋に誘い込んだのだった。ゴンボはセルバ人から大統領警護隊の隊員の目を見るなと言われていたが、外国人なのでその意味を深く考えていなかった。捕まった時に目を閉じていれば良かったのだが、アスルの目を見てしまった。
 テオは餌に使われたと知ったが、腹は立たなかった。アスルはちゃんと彼をドアから遠いベッドに寝かせて自分は床で寝た。テオが目を覚ますより先に廊下の足音を聞いて起きていた。ドアの陰になる位置で立って待ち構えていたのだ。

 


2021/10/07

第3部 潜む者  13

  アンティオワカ遺跡はミーヤ遺跡から車で半時間ジャングルを走った奥にあると言う。そちらはミーヤ遺跡の3倍の面積で、フランス隊が発掘している。だから盗掘品は、フランス隊の中の誰かが盗み出した可能性があった。ケツァル少佐とギャラガ少尉はその犯人を調べに行くのだ。盗掘品が麻薬密売組織の荷の中にあったことも気になる事実だった。
 アンティオワカ遺跡に行くと言う少佐と少尉をテオはホテルの前で見送った。夜中でも”ヴェルデ・シエロ”は関係なく活動する。夜中のうちに現場検証をしてしまおうと言う腹だ。ミーヤ遺跡は携帯が使えるが、アンティオワカは使えないので、暫く互いに音信不通になってしまう。テオはちょっぴり寂しかった。しかし不安はなかった。ツンデレだが、アスルは十分頼りになる。
 ホテルの部屋に客を呼び込むことは歓迎されないが、緑の鳥の徽章を付けた軍人は特別だ。ホテルの支配人もフロント係も何も言わずにアスルがテオについて階上へ行くのを見送った。
部屋に入ると、アスルはドアの鍵をちょっと弄ってみた。それからテオに訊いた。

「今夜ここに泊まって良いか? 床で構わないから。」
「構わない。俺が床に寝ても良い。寝袋を持っているから。」
「ノ、貴方はベッドだ。」

 彼は目でドアを指した。

「鍵が良くない。」

 つまり、鍵の構造が簡単なので、直ぐに破られると言うことだ。アスルはテオの用心棒として泊まってくれるのだ。テオは2人部屋に移ろうかと提案したが、アスルは狭くても平気だと言った。アスルの荷物は大統領警護隊のリュックとアサルトライフルだけだった。
 テオはベッドに座ると、床に座り込んだアスルに尋ねた。

「チュパカブラは出没する場所が決まっているのか?」
「決まってはいないが、俺や警備兵がいる所に出て来ない。1人になった作業員が襲われているが、これは特におかしいことじゃない。」
「そうだな、病気のコヨーテなら、1人でいる人間しか襲わないだろう。」
「今日の怪我人は腕を噛まれたが、前の2人は首だった。否、正確には首の付け根辺りだ。」
「血を吸われたって?」
「被害者がそう言っているだけだ。俺が見たところでは、ただの咬み傷だった。」

 アスルは最初から事件は作業員の狂言ではないかと疑っている口ぶりだ。

「傷は深かったのか?」
「噛まれた場所が場所だけに出血が多くて本人が騒いだ。しかし深い傷には見えなかった。」
「彼等はまだ病院にいるのか?」
「ノ、金がかかるから家に帰った。連中はこの近くの村の農民だ。」

 テオは取り敢えず謎の動物の体毛の分析結果をアスルに渡した。前日にロホに渡したのと同じ内容だ。

「犬かコヨーテだとしても・・・」

とテオは疑問点を呟いた。

「人間の首に噛みつこうとしたら、ジャンプしなきゃいけないな?」
「確かに2人連続で首を狙って攻撃して来るのは不自然だ。いかにもチュパカブラらしく見せる演出に思える。」

 そこで会話が途切れた。窓の外から聞こえたどこかの店の音楽も既に止んでいた。時計を見ると12時前だった。テオは試験問題を考えるのを諦めて、アスルに寝ろと言った。

 

第3部 潜む者  12

  ミーヤ・チウダに到着したのは暗くなってからだった。少佐は真っ先にテオが宿泊するホテルを抑えてくれた。狭い部屋でバスルームはなかったが、一応共同のシャワーとトイレが同じフロアにあった。ハイウェイが近くを通っているので、町はそれなりに賑わっており、テオ達は食事の為にホテルで教えられた店へ行った。
 潜入捜査でないし、地元でもないので、少佐とギャラガ少尉は胸に緑の鳥の徽章を付け、自分たちが何者かしっかりアピールした。店長が挨拶にテーブルまでやって来て、お勧め料理を色々と紹介した。
 テオは店内の客の様子を眺めた。ホテルが紹介するだけあって、高級ではないがそれなりに経済的に余裕のある層が利用する店の様だ。女性客も多かった。軽快な音楽が流れ、国境が近い町らしく検問所が開くのを待って町に宿泊する旅行客や貿易業者が主な客筋の様だ。
 テオはそっと少佐に尋ねた。

「港で盗掘品が見つかったそうだが、国境を越えて南の国から船に乗せた方が早くないか?」

 少佐も小声で答えた。

「ここの国境検問所は厳しいので有名です。」
「夜は閉まるのか?」
「運送業者以外は通れません。」

 少佐は言わないが、恐らく国境警備に大統領警護隊が働いているに違いない。だから町の人々は少佐とギャラガを珍しがらないのだ。ロス・パハロス・ヴェルデスを見慣れているのだ。
 料理が出てくる頃にアスルが現れた。かなり久しぶりだったので、テオは思わず立ち上がってハグしようとした。アスルは当然拒否だ。テーブルのかなり手前で立ち止まって、少佐に敬礼した。ギャラガが立ち上がり、先輩に敬礼で挨拶した。少佐は座ったままで、アスルに座れと手で合図した。テオとギャラガも腰を下ろした。座ったアスルがテオを見ないで言った。

「わざわざ来て頂いて申し訳ない。」

 いつものアスルだ。テオは気にしなかった。

「検査結果だけ持って来たが、それで事足りるだろうか?」
「わからない。」

 アスルは不機嫌だ。少佐が小声で尋ねた。”心話”を使わないのは、テオに聞かせたいからだ。

「今日襲われた人はどんな状態です?」
「怪我で済みました。腕を噛まれたのです。」
「噛んだモノについて何か言ってましたか?」
「同じですよ、チュパカブラです。」

 小さな声で会話していたにも関わらず、近くのテーブルの客がこちらを見た。エル・パハロ・ヴェルデが警護している遺跡発掘隊がチュパカブラに襲われたと言う噂は既に町に広まっているのだ。テオはこの場で話すべきではないと判断した。

「時間があれば、後で話そう。今は食うことに集中しよう。」


第3部 潜む者  11

  テオはいつも自分の車に2泊程度の旅が出来るよう荷物を積んでいた。着替えと歯ブラシだけだが、綺麗好きの人間には必要だ。この荷物は別に大統領警護隊と旅に出ることを期待して積んでいるのではない。彼は時々研究用の検体採取に郊外へ出かける。ジャングルに行くこともある。そんな場合は大概学生達も一緒だ。朝の授業や研究室でのお喋りで急に調べたい遺伝子とかが出てくると、「行こうか?」と話がすぐまとまって、出かけるのだ。だからアルスト先生の教室は人気があった。事務局の話では来期の受講希望者の倍率が今年度の3倍になっていると言うことだ。テオ自身はピクニック講座を開いているつもりはなかった。
 着替えの鞄と研究室から持って来た検体採取キットをケツァル少佐のベンツに積み替えた。アンドレ・ギャラガも大統領警護隊の緑の鳥のマークが入った迷彩柄リュックを持っていた。これは文化保護担当部の必需品だ。着替えの下着とシャツの他に携行食料や水の容器が入っているし、医療キットもある。
 車が走り出してすぐに、テオは疑問を口にした。

「チュパカブラにロス・パハロス・ヴェルデスが3人かい?」

 するとギャラガが答えた。

「私は別件です。昨日の盗掘品の出処の調査を担当します。」
「すると盗掘はミーヤ遺跡?」
「ノ。ミーヤは小さいし、アスル先輩が見張っておられます。今回の盗掘被害はアンティオワカ遺跡です。」

 テオが知らない遺跡だ。だがギャラガが一緒に行くのだから、ミーヤ遺跡に近いのだろう。少佐も恐らくアンティオワカが目的地なのだ、と見当がついた。
 ギャラガは助手席に座っていたが、後部席のテオに見せるために写真を手渡してくれた。遺跡ではWi-Fiがないので、タブレットより写真なのだろう。テオは港の倉庫で見つかった石像や陶器類の写真を眺めた。ブルーシートの上に並べられ、まるでフリーマーケットの商品みたいだ。全てに番号札が付けられていた。「証拠物件1番」とか、そんな札だ。テオは考古学に詳しくないが、大統領警護隊文化保護担当部との付き合いは2年以上になるので、なんとなくそれらの物件の年代がわかった。

「12世紀頃かなぁ? 明らかに”ティエラ”の物だね?」
「スィ。流石ですね!」

 ギャラガが素直に感心してくれた。こちらは考古学の学生を目指して勉強中だが、まだ半年だ。
 運転しながら少佐が少尉に声をかけた。

「アンドレ、お昼寝しなさい。後で運転を交替してもらいます。」
「わかりました。」

 ギャラガはテオにウィンクして前へ向き直った。少しだけ背もたれを後ろへ傾斜させた。
テオが写真を揃えてクリアファイルに入れていると、少佐が彼にも声をかけて来た。

「試験問題を作らないのですか?」
「車の中で文章を眺めていると酔うから、頭の中で考えるだけにしておく。問題はホテルで作る。」

 そしてテオも寝落ちした。
 3人を乗せたベンツはセルバ共和国東海岸を南北に通る快適なハイウェイを軽快に飛ばして南に向かった。腰に装備した携帯電話が振動したので、彼女はナビの通話ボタンを押した。

「ミゲール・・・」
ーークワコです。

とアスルの声が聞こえた。

ーーもうグラダ・シティを出られましたか?
「スィ。後半時間でプンタ・マナを通過します。」
ーードクトルも一緒ですね?
「スィ。」
ーードクトルに銃を持たせて下さい。

 部下から物騒な要請が出されたので、ケツァル少佐は前方を見たまま眉を寄せた。

「何か起きたのですか?」
ーー何が起きているのか私にはわかりませんが、また1人襲われました。
「貴方は獣を見ていないのですね?」
ーー私がいる場所には出ません。少なくとも、警備兵のいる場所には一度も出ていません。
「わかりました。予定通り私はギャラガとアンティオワカへ行きますが、用があればいつでも連絡しなさい。」
ーー承知しました。以上。

 通話が終了した。ケツァル少佐はチラリと助手席に視線を遣った。アンドレ・ギャラガは命令に従って昼寝中だった。少佐とアスルの会話が聞こえたかどうか、少佐はわからなかった。ギャラガは目が覚めても呼吸を変化させない特技がある。狸寝入りが実に上手いのだ。
 ルームミラーを見ると、テオもしっかり眠っていた。こちらはスペースがあるので体を横に倒して本当に寝ていた。急停止すれば座席から転げ落ちるだろう。時計を見ると、部下のシエスタの時間はまだ15分残っていた。

第11部  神殿        23

  一般のセルバ共和国国民は神殿の中で起きた事件について、何も知らない。そんな事件があったことすら知らない。彼等の多くは”ヴェルデ・シエロ”はまだどこかに生きていると思っているが、自分達のすぐ近くで世俗的な欲望で争っているなんて、想像すらしないのだった。  テオは、大神官代理ロア...