2022/01/29

第5部 山の向こう     13

  ラバル少尉は目隠しされてキロス中佐の部屋に入れられた。彼がパエス中尉を縛り付けた椅子に彼自身が縛り付けられた。
 テオはまだ状況がよく理解出来なかったので、ガルソン大尉とステファン大尉が何か説明してくれないかと待った。セルバ人はこんな場合もそんなに慌てない。ステファン大尉が厨房棟からフレータ少尉が負傷する直前まで準備していた昼食を運んで来て、遅い食事を仲間に振る舞った。超能力を使った”ヴェルデ・シエロ”は空腹になる。特に気の爆裂や結界などの大きなエネルギーが必要な力を使用した後は殊更だ。
 ガルソン大尉は猛然と豚肉の煮込み料理を口に運んだ。パエス中尉はステファン大尉にもらった氷を右目の下に当てながらも、食欲はあって、しっかり食べた。テオもお相伴に預かった。大統領警護隊の食事は満足出来る出来具合だった。ステファン大尉も食べて、フレータ少尉が煮込み料理を食べられなかったことを残念がった。彼女の得意料理だったのだ。
 空腹が解消されるとガルソン大尉もパエス中尉も元気を取り戻した。そう判断したので、テオは尋ねた。

「どうして犯人がラバル少尉だとわかったんです?」

 ガルソン大尉が簡単だと言いたげに答えた。

「パエス中尉の怪我が目のそばだったからです。中尉が車を爆破したのだったら、目を傷つけるヘマはしない。我々にとって目は大事な武器ですから。ラバルは中尉を介抱するふりをして、彼を拘束し、私達を彼に近づけようとしなかった。」
「では、中尉が『中佐は死んだか?』と尋ねたと言うのは・・・」
「ラバルの嘘です。」
「しかし、すぐにバレるでしょう?」
「ラバルは中尉を中佐の部屋に監禁した後で、”操心”で従わせようとしたのです。しかし、部屋を離れて私に中尉を拘束した報告をしている間に、パエス中尉が身を守る為に部屋に結界を張ってしまった。中尉はブーカ族だから、マスケゴとカイナのミックスのラバルには彼の結界を通ることが出来ません。仕方なくラバルは部屋の外に座り、番をしているふりをして、結界が弱まるのを待っていたのです。」
「貴方達はラバルの嘘に騙されたふりをしていたのですか?」
「キロス中佐とフレータ少尉の救助が最優先でした。それにあの時は流石に私も動転してしまい、爆発の原因究明をステファンに託すしかなかった。ステファンはテロかそうでないのか確認して、陸軍兵や村人達の安全を優先しなければなりません。我々は守護者ですから。」

 ステファン大尉とパエス中尉が小さく頷いた。パエス中尉が申し訳なさそうに言った。

「爆発の後でラバルがそばに来た時、助けてくれるのだと思いました。あの時は目が痛くて開けていられなかった。だからラバルが私の顔に包帯を巻いた時も疑わなかったのです。手を後ろへ回された時、やっとおかしいと気がつきましたが、遅かった。大尉達に声をかけたのですが、皆外にいて声が届きませんでした。このままではラバルに殺されるかも知れないと思い、結界を張りました。目は見えませんでしたが、部屋の大きさと形状がわかっています。結界を小さく張ればラバルが私に近づけない強さの壁を築けます。」

 ステファン大尉が彼に尋ねた。

「ラバルがジープに向けて放った気を感じませんでしたか?」
「感じたと思いますが、ショックで覚えていません。私は中佐を後部席に座らせ、ドアを閉めました。運転席にフレータが座ってドアを閉じた直後にやられたのです。エンジンをかける直前だった筈です。だからラバルはエンジンに向けて気の爆裂を放ったのでしょう。気がついた時は私は地面に倒れていました。負傷が目の下だけで済んだのは、きっと中佐が守って下さったのだと信じています。」
「キロス中佐は守護者の鑑だな。」

とテオは呟いた。

「彼女は貴方とフレータ少尉を守った為に彼女自身が逃げるタイミングを失ったのだろう。」
「そう思います。」

 ガルソン大尉がステファン大尉に顔を向けた。

「君から本部へ連絡してくれないか。私がもっと早く中佐の異常を報告していればこんな事態にならなかった。ラバルの取り調べも本部に任せなければならない。我々は当事者になってしまったから。」

 

2022/01/28

第5部 山の向こう     12

  ラバル少尉が上官達を振り返った。彼は厨房棟を顎で指した。

「昼食がまだですが、食べに行きますか?」

 ガルソン大尉とステファン大尉が視線を交わした、とテオは思った。ガルソンが答えた。

「食べに行こうか。ここから出られればの話だが。」

 その次に起きたことは、テオの視力では捉えられなかった。彼の前にステファンが立ち、彼の視界を奪ったことも要因の一つだ。室内で何かが光り、空気がバチッと裂ける様な音がした。重たい物体が硬い物に激突する音も響き、机と共にラバル少尉の体が床の上に転がった。机の上に置かれていたパソコンや書類が床に散乱した。ステファンが動いた。彼はラバル少尉に飛びつくと、彼の体を床の上にうつ伏せに転がし、素早く革紐で少尉の手首を後ろ手に縛り上げた。
 ガルソン大尉は彼自身の机の後ろの壁に背中を張り付かせる様に立っていた。激しく肩で息をしていた。ステファン大尉が声を掛けた。

「大丈夫ですか?」
「なんとか・・・」

 ガルソン大尉がテオを見た。

「ドクトルは大丈夫ですな?」
「彼は私が守りました。」

 ラバル少尉が床の上で怒鳴った。聞くに耐えない悪態を吐きまくった。
 テオは立ち上がった。展開が読めていなかったが、一つだけ、しなければならないことを悟った。

「パエス中尉は無事か?」

 彼は奥のドアに走り、ドアを開いた。パエス中尉は椅子に縛り付けられていた。両目を包帯で塞がれ、じっとしていたが、ドアが開いたので顔を上げた。前の部屋での騒動は聞こえた筈だ。

「何があった? 一体何がここで起きているんだ?」

 ステファン大尉がテオの横を通り、奥の部屋に入った。椅子の後ろに回ってナイフで中尉の手首を縛っていた革紐を切った。

「申し訳なかった、中尉。貴方が目を負傷したので、わざとラバルに騙されたふりをして、貴方を拘束させてもらいました。負傷した貴方に動かれては、却って危険な目に遭わせるとガルソン大尉が判断なさったのです。」

 ステファン大尉はパエス中尉の包帯を解いた。右目の下を切ったのは事実で、中尉の顔が腫れていた。テオはパエス中尉の目を覗き込んだ。

「眼球は無事な様だ。俺の顔が見えますか、中尉?」

 パエス中尉が呟いた。

「忌々しい白人の顔が見えます。」
「ルカ!失礼なことを言うな!」

 ガルソン大尉が戸口で壁にもたれかかって、中尉の口の悪さを注意した。テオは笑った。

「気力は大丈夫な様ですね。診療所に行きますか?」
「氷で冷やせばすぐに治ります。」

 強がるパエス中尉にステファン大尉が言った。

「その前に祓いを施しましょう。ラバルが貴方のそばにいたので出来なかった。痛みを取り除けば、貴方の力ですぐに治せますよ。」

 彼はガルソン大尉を見た。

「大尉の方が休息が必要でしょう? ラバルを逃さないようにオフィスに結界を張っておられた。」

 ガルソンが苦笑した。

「要塞を一つ吹っ飛ばす程の力を持つグラダの貴方が、結界を張るのは苦手とは、驚きですな。」

 ステファン大尉はテオをチラリと見て、ちょっと頬を赤く染めた。

「私の弱点です。」



 

 

第5部 山の向こう     11

  テオはガルソン大尉の横に並び、小声で尋ねた。

「大尉はパエス中尉が何か車にやったとお考えですか?」

 ガルソン大尉が足を止め、ステファン大尉を振り返った。余計なことを部外者に言うな、と目で言ったのかも知れない。ステファン大尉がテオに言った。

「キロス中佐の骨折は気の爆裂を受けたからです。この村の中にいる”シエロ”は我々6人だけですから・・・」
「それに私の子供が2人。」

とガルソン大尉が付け加えた。母親が”ティエラ”でも子供は半分”ヴェルデ・シエロ”だ。でも、とテオは言った。

「貴方のお子さんは計算に入れなくて良いでしょう。あんなことが出来るのは大人だ。それに、パエス中尉も結婚されていましたね?」
「パエスの子供は妻の連れ子です。」

 ガルソン大尉が再び足を動かした。

「彼の家の子供達は”ティエラ”だ。」

 テオも彼を追いかけた。

「しかし、彼が何故キロス中佐にあんなことをする必要があるんです? フレータ少尉だってあんな目に遭わされる理由がない。」
「それはこれから彼を尋問します。」

 ステファン大尉が後ろで別の話を囁いた。

「フレータが言ってました。彼女が助かったのは、キロス中佐が気で彼女を車外に吹き飛ばしてくれたからだ、と。」

 歩きながら数歩の間、ガルソン大尉が目を閉じた。

「そう言う優しい方なのです、中佐は・・・」

 彼が目を開いた時、微かに空気がビリリと振動した、とテオは感じた。上官を暗殺しようとした者へのガルソン大尉の怒りだった。
 オフィスの前に来ると、黒く焦げたジープがまだ残っていた。立ち番をしていた陸軍兵にガルソン大尉が部隊長を呼べと命令した。テオとステファン大尉はオフィスの中に入った。奥の部屋のドアは閉じられ、その前にラバル少尉が椅子を置いて座っていたが、ステファン大尉が入って来たので立ち上がり、敬礼した。ステファンも敬礼した。それから彼はテオに彼自身の席に座って待つよう指図して、ラバルにはコーヒーを淹れてやった。テオはパエス中尉が気になったが、大人しく座っていた。
 ガルソン大尉と部隊長が入って来た。ステファンは彼等にもコーヒーを淹れて出した。部隊長はちょっと驚いた様だ。今迄にも大統領警護隊のオフィスに入ったことはあったのだろうが、コーヒーのサービスは初めてだったに違いない。
 ガルソン大尉は先ず村の道路封鎖を解除する許可を出した。部隊長が不安気に尋ねた。

「テロリストを探さないのですか?」
「テロリストはいない。」

とガルソン大尉が言った。

「爆弾はなかった。ただの事故だ。」

 テオは部隊長がまだ不安気な顔をしているのを見逃さなかった。しかしガルソン大尉は”操心”を使って彼の不安を取り除く気力がないらしく、放置した。

「キロス中佐とフレータ少尉は命を取り留めたが、火傷が酷い。オルガ・グランデ陸軍病院へ移したいので、手配してもらえないか?」

 部隊長が立ち上がり、敬礼した。

「直ちに基地へ戻り、オルガ・グランデ基地に連絡します。ヘリコプターで搬送することになるかと思いますが、大丈夫ですか?」
「スィ。グラシャス。」

 ガルソン大尉も立ち上がって敬礼を返した。部隊長は体の向きを変え、ステファン大尉とラバル少尉にも敬礼してオフィスから足速に出て行った。

第5部 山の向こう     10

  2時間後、イサベル・ガルドスが疲弊した表情で待合室に出てきた。アーロン・カタラーニも一緒だった。2人はバスルームに入って防護服を脱ぎ、シャワーを一緒に浴びた。そして2人で並んで待合室のベンチに座ったので、テオはサンドウィッチとコーヒーを運んでやった。

「怪我人はどんな具合だい?」

 彼が尋ねると、ガルドスが微笑んだ。

「フレータ少尉は大丈夫です。焼けた軍服を脱がすのに時間がかかりましたが、熱傷の程度は深くありませんでした。と言っても、深達性II度ですから、油断出来ません。爆風で外に弾き飛ばされたのが良かったのだと、ドクトラが仰いました。少尉はまだ横になっていますが、意識はあります。入院準備を看護師が整える迄、もう少し手術室にいてもらうそうです。」

 ステファン大尉がテオの後ろでホッと息を吐くのが感じられた。だが安心するのはまだ早い。

「キロス中佐は?」
「深達性Ⅲ度ですから、かなり危険な状態です。意識もありません。」
「助かるだろうか?」
「センディーノ先生は助けると仰っています。」

 テオは手術室のドアを見た。手術室と言っても、村の診療所だ。最新設備が整っている訳ではない。
 ドアが開き、医師と2人の看護師が出て来た。テオはセンディーノ医師と看護師がバスルームへ行って汚れた防護服とマスクなどの装備を解く迄待っていた。10数分後に3人は待合室に戻って来た。テオが作ったサンドウィッチとコーヒーに飛びつくようにして彼等は空腹を満たした。
 テオは辛抱強く彼女達が口を利く迄待った。やがてセンディーノが顔を上げた。

「運よく気道熱傷はありませんでした。肋骨を骨折していたので、その処置に時間がかかりました。熱傷箇所は少なく、治癒に時間はかかりますが、熱傷で生命の危険が脅かされる恐れは低いと思います。でも私としては、オルガ・グランデの大きな病院での治療を勧めます。ここでは清潔に保つのが難しいですから。」

 ステファン大尉が尋ねた。

「フレータ少尉と話せますか?」

 センディーノが「スィ」と頷いた。

「彼女は強いですね。熱傷部位は右半身で、深達性部分は少ないものの、かなりの激痛だと思いますが、耐えています。痛み止めを処方したので、少しうつらうつらした状態ですが、5分程度の会話は出来るでしょう。でも、もう少し後になさっては?」

 しかしステファン大尉は手術室に入って行った。センディーノが呆れたと言う表情をしたが、看護師達は大統領警護隊の行動に特に驚かなかった。
 センディーノがテオに尋ねた。

「夢中で患者の手当をしましたが、一体何が起きたのです?」
「キロス中佐が気分が悪い様子だったので、フレータ少尉がジープで宿舎へ連れて行こうとしたのです。エンジンをかけた途端にジープが爆発したらしい。」
「他に怪我人は?」
「パエス中尉が右目を負傷したと聞きましたが、ここには来てません。」

  看護師が窓の外を見た。

「水上部隊に軍医がいますから。それに沿岸警備隊にも衛生部隊がいます。」

 そっちの設備の方が良かったのかな、とテオはちょっぴり考えてしまったが、それではステファン大尉が怪我人のそばに近づけないかも知れない。
 診療所の入り口のドアが開いて、ガルソン大尉が入って来た。

「中佐と少尉の様子はどうですか?」
「2人共、取り敢えず窮地を脱した様だよ。」
「良かった・・・」

 ガルソン大尉はまだ昼過ぎだと言うのに、3日も働いた様に疲れ切って見えた。センディーノが彼にパエス中尉の怪我の具合を尋ねた。ガルソンは、大したことない、と答えた。

「目の下を少し切っただけです。」

 それは目を武器に使う”ヴェルデ・シエロ”にとって大事なのだが、ガルソンは何でもない様に言った。
 カタラーニが窓の外の道路封鎖を見ながら、大尉に質問した。

「道を封鎖しているのは、テロでも警戒しているのですか?」
「スィ。」

 とガルソンがこれも事なげなく答えた。

「しかし爆弾が使用された様子がないので、暫くしたら封鎖を解きます。」

 彼は医師に向き直った。

「救急処置に感謝します。2人の女性は病院に移した方が良いですか?」

 ”ヴェルデ・シエロ”が普通の病院の利用を考えていることに、テオは少し驚いた。庶民として生活している人ならともかく、大統領警護隊はそんな考えを持たないのではないのか、と思ったのだ。しかし、センディーノ医師がこう言った。

「オルガ・グランデ陸軍病院ですか? あそこなら設備が整っているので、患者も安心して治療に専念出来るでしょう。」
「では、水上部隊長に患者の受け入れ要請をしてもらえるよう頼んで来ます。」

 頼むのではなく、命令しに行くのだ、とテオは思った。そこへステファン大尉が手術室から出て来た。フレータ少尉の話を聞いていたにしては時間が長かったので、きっとキロス中佐と少尉に祓いをしていたのだろう、とテオは推測した。
 2人の大尉が一瞬目を合わせた。”心話”だ。一瞬にして情報共有をしてしまえる。他人に聞かれたくない話がある時は羨ましい。
 ガルソン大尉が石の様に無表情で、顔を振って「来い」と合図した。ステファン大尉は診療所の人々に「また来ます」と言って、先輩について外へ出た。テオも急いで後を追った。それぞれがどんな新しい情報を持っているのか、知りたかった。
 ガルソンがテオに気付き、煩そうな顔をしたが、来るなとは言わなかった。


2022/01/27

第5部 山の向こう     9

  看護師の一人が待合室に顔を出し、テオとカタラーニ、どちらでも良いから中で手伝ってくれと言った。カタラーニが素早く手を挙げた。彼はテオに言った。

「僕が中で手伝います。先生は大統領警護隊に顔が効くから、残って下さい。あ、僕等が集めた検体を冷蔵庫に入れておくのを忘れないで。」

 ちゃっかり恩師を使ってくれた。待合室に一人になったテオは窓の外を見た。診療所から事件現場は見えないが、陸軍兵がジープで道路を封鎖するのが見えた。ステファン大尉はテロの疑いを抱いて、犯人の逃亡を防ごうとしているのだ。
 テオはキッチンに入り、手術室で最善の努力をしている5人の為にサンドウィッチを作った。ジャムやピーナツバターの簡単な物だが、昼食を暢んびり作っている気分になれなかった。大皿にサンドウィッチを盛り付けたところへ、やっとステファン大尉が現れた。

「爆弾か?」

 テオの質問に、彼は首を振った。

「それを疑ってジープの残骸をガルソン大尉と2人で見ましたが、それらしき物は見つかりませんでした。」

 大統領警護隊は科学捜査をしない。ただ破片を「呼ぶ」のだ。爆弾の破片がなかったので、別の疑念が湧いた、とステファンは言った。

「ガルソン大尉は、パエス中尉を拘束しました。」
「何故だ?」

 テオはびっくりした。パエス中尉は仲間だろう? ガルソンと同じブーカ族だ。ステファンは説明した。

「ジープの爆発でパエス中尉は右目を負傷しました。ラバル少尉が彼を介抱しようとした時に、パエスが尋ねたそうです。『中佐は死んだか?』と。」

 テオは少し考えてしまった。そして大統領警護隊が何に引っ掛かりを感じたか悟った。

「普通は、『中佐は無事か?』と尋ねるよな?」
「スィ。ラバル少尉は奇異に感じ、パエスをオフィスに連れて行ってから、手当てをするフリをして、パエスに目隠しをして、手首を縛りました。それから私にパエスを拘束したことを報告に来ました。私が水上部隊の部隊長に車を見張らせてオフィスに戻ると、パエスは椅子に縛られて怒っていました。彼は拘束された理由がわからないと言いましたが、そこに診療所からガルソン大尉が戻って来ました。ラバル少尉がパエス拘束の経緯を報告すると、ガルソンは少尉の意見を支持しました。私も意見を求められたので、同意しました。」
「だが、パエス中尉がジープを爆発させたとして、その理由は何だ?」
「それはこれから調べなければなりません。彼の単独犯行なのかどうかも不明です。」

 テオはもう一度窓の外を見た。小さな村の封鎖は既に完了しており、外は静かになっていた。彼は自分の意見を述べた。

「パエスが犯人かどうかは別として、爆弾が使用されたのでなければ、ジープを爆発させたのは、”ヴェルデ・シエロ”の気の爆裂だな?」

 ステファンが渋々認めた。

「エンジンの不具合でもなければ、そう言うことでしょう。」
「君は村を封鎖したが、多分オルガ・グランデの陸軍基地に報告が入っていると思う。」
「大統領警護隊から指図がなければ、軍は大統領警護隊が関わる事件に乗り出して来ません。」
「そんな問題じゃないだろ。」

とテオは親友が見落としていることを指摘した。

「事件はすぐに”砂の民”の耳に入るってことだよ、カルロ。」


第5部 山の向こう     8

 テオとステファン大尉、ガルソン大尉、そしてラバル少尉は先を争う様にオフィスの外に飛び出した。ジープが炎を上げていた。ドアが吹き飛び、ジープの左右の地面に女性が転がっていた。 左前がフレータ少尉で、右がキロス中佐だ、とテオは思った。離れた場所にパエス中尉が蹲っていた。テオはどっちを先にと思う間も無く、近い方のフレータ少尉に駆け寄った。ステファン大尉が気の力で炎を吹き消した。ガルソン大尉とラバル少尉はキロス中佐の軍服の火を消し、彼女を抱き起こした。
 恐らく”ヴェルデ・シエロ”の女性達はジープが爆発した瞬間自分でドアを吹き飛ばし、脱出したのだろう。普通の人間なら到底無理だった筈だ。フレータ少尉はテオが抱き抱え、中佐をガルソン大尉が抱え上げた。

「診療所へ運べ!」

 ステファン大尉はそばの陸軍水上部隊や沿岸警備隊の基地から人が駆け出して来るのを見た。彼はラバル少尉に命令した。

「パエス中尉を見てやれ! 怪我をしていたら彼も診療所へ!」

 年上でもどうでも良かった。素早く命令を出し、彼はジープをもう一度見た。火が完全に消えて二次爆発の恐れがないことを確認した。
 陸軍の部隊長がそばへ駆けつけた。

「何事ですか?!」

 ステファン大尉は彼等に命じた。

「燃えた車に誰も近づかせるな。村の入り口を封鎖しろ。港も封鎖だ。住民は家から出すな。」

 ステファン大尉が爆発したジープの現場検証を始めている間に、テオとガルソン大尉は負傷者を診療所に運び込んだ。午前の診療を終えかけていたセンディーノ医師の診療所は忽ち大騒ぎになった。フレータ少尉もキロス中佐も脱出したものの大火傷を負っていた。センディーノ医師は診察中だった年配の男性に、待つようにと頼み、大急ぎで手術室を開いた。
 テオが看護師の手伝いをしていると、カタラーニとガルドスが戻ってきた。彼等も爆発音を聞いて、走って来たのだ。何が起きたのかと尋ねる彼等に、テオは手術の手伝いをしてくれと頼んだ。医学生のガルドスが手術室に入った。
 カタラーニはまだ混乱している診療所の待合室に立ち、呆然と立っているガルソン大尉を見た。

「大統領警護隊に何かあったんですか?」

 テオはカタラーニを見た。起きたことを隠す意味がなかったので、彼は事実を教えた。

「ジープが爆発したんだ。フレータ少尉がキロス中佐を宿舎へ連れて行く為に乗り込んだ直後だ。2人共大火傷を負った。」

 爆発?とカタラーニが口の中で呟いた。
 テオは診察を中断されたアカチャ族の男性に声をかけた。

「怪我人の手術に時間がかかります。自宅で待たれますか?」

 男は手術室のドアを見て、それからテオを見た。最後にガルソン大尉を見た。

「ラス・パハロス・ヴェルデスも怪我をするのか?」

と男が尋ねた。大尉がその男に視線を向けたので、男は顔を伏せた。大統領警護隊に失礼なことを言ってしまったと後悔しているのが、テオには感じられた。しかしガルソン大尉は小さな声で呟いた。

「当たり前だろう。」

 男は黙って診療所から出て行った。外で陸軍水上部隊の兵士達が「家に入れ」と住民達に怒鳴っている声が聞こえた。
 大尉、とテオはガルソン大尉に声を掛けた。

「座って下さい。火傷の治療は時間がかかります。」

 ビクッと体を震わせ、それからガルソン大尉は彼を振り返った。目の焦点がやっと合った感じだった。

「ここで待っていても意味がない。」

と彼は言った。

「指導師の方が役に立つ。ステファンと交代してきます。」

 テオの返事を待たずに彼は外へ出て行った。

 


第5部 山の向こう     7

 15分程でステファン大尉がオフィスに出て来た。僅か15分だったのに、彼はげっそりヤツれて見えた。テオとガルソン大尉が思わず彼を見つめると、彼は囁く様な低い声で言った。

「落ち着いてくれました。呪いを祓ってみましたが、悲しみまで癒すことは出来ません。彼女を宿舎で休ませた方が良いかと思います。」

 ガルソン大尉が彼を見つめて、そして首を傾げた。

「呪いと言ったか?」
「スィ。」
「中佐は誰かの気の爆裂か、”操心”の邪悪な気で傷つけられていたと言うことなのか?」

 ステファン大尉は小さく頷いた。

「恐らく、何が起きたか貴方に告げたくても呪いの力で話せなかったのでしょう。酷く衰弱されています。休ませてから、話を聞きましょう。」

 ガルソン大尉も頷いた。そして携帯電話を取り出すと、フレータ少尉を呼んだ。
 テオは2人の大尉のどちらへともなく、尋ねた。

「中佐はブーカ族だと聞いたが、ブーカ族を苦しませることが出来る力を出せるのは、やっぱりブーカ族なのか?」

 ブーカ族のガルソン大尉が彼を振り返った。

「対等に対決すれば、そう言うことになります。しかし、不意打ちや事故の場合はどの部族が優位と言うことはありません。一番力が小さなグワマナ族でも、不意打ちでグラダを倒せる可能性はあります。」
「それじゃ・・・」

 テオはアスクラカンと言う街をバスの通過地点としか認識していないが、最近ちょっとした事件で関わった。ステファン大尉はその事件で現地に行ったのだ。

「サスコシ族と中佐の間で何らかのトラブルがあった可能性もありますね?」

 ステファン大尉がハッとした表情になり、ガルソン大尉も、「サスコシがいたな」と呟いた。アスクラカンの街周辺にはサスコシ族が多く住んでいる。彼等の領地と言うことではないが、街の経済や政治に影響力を持つ富裕層にサスコシ族の血筋の人々が多いのだ。そしてテオがそのことを頭に置いているのには理由があった。アスクラカンのサスコシ族の中には、家族ぐるみで純血至上主義者と言う家系があるのだ。自分達の家族のメンバーが他部族や異人種との間に作った子供を認めないと言う人々だ。最悪の場合、その生存権さえ認めないと言う極右もいた。勿論、全てのサスコシ族がそうなのではない。平和で広い心の人々の方が多い。ただ、ミックスの”ヴェルデ・シエロ”が純血至上主義者の家族が所有する地所に足を踏み入れると、安全の保障がないと言われている。強力な超能力を持っているグラダ族のミックスであるステファン大尉でさえ、平和主義者のサスコシ族から、特定の家族に近づくなと忠告を与えられたのだ。

「アンゲルス鉱石の産業医を追いかけて行ったキロス中佐がサスコシ族とトラブルになったとしたら、その原因をまた考えなければなりませんが、強い力を持っていると言われる中佐がダメージを受ける何かがあったのは間違いありません。」

 ガルソン大尉はテオの言葉を聞いて、ステファン大尉に確認した。

「中佐がかけられた呪いは祓えたのですな?」
「スィ。」
「では中佐が休まれて落ち着かれたら話を聞ける?」
「その筈です。」

 その時、オフィスにフレータ少尉が入って来た。

「遅くなりました。申し訳ありません。」

 昼食の支度を一人でしていた少尉は遅れた言い訳はしなかった。ガルソン大尉が、彼女が不在の間にオフィスであった出来事を彼女に”心話”で伝えた。フレータ少尉が少し動揺したのか、空気が揺らいだ感じがした。彼女はキロス中佐を「女の家」に連れて行くために指揮官事務室に入った。
 パエス中尉が戻って来た。彼にもガルソン大尉が情報を与えた。中尉が溜め息をついた。

「宿舎はすぐそこだが、車で中佐をお連れした方が良いでしょう。」

と彼は言い、外へ出て行った。
 フレータ少尉に支えられる様にしてキロス中佐が出て来た。中佐は両手で顔を覆っていた。泣いている様にも見えた。2人の女性はオフィスを横切り、外へ出て行った。テオは中佐の足取りが弱いものの足がしっかり前に出ているのを見て、ステファンのお祓いは効いたのだと安心した。
 戸口で女性達とすれ違ったラバル少尉が入って来た。

「中佐はどうなさったのだ?」

 それでガルソン大尉が再び彼にも情報を分けた。ラバル少尉の顔が曇った。

「サスコシが関わっているのか?」

 彼は外へ顔を向けた。テオには見えなかったが、車のドアが閉まる音が聞こえた。その直後だった。
 テオと太平洋警備室のオフィスにいた大統領警護隊の隊員達は爆発音を聞いた。


第11部  神殿        23

  一般のセルバ共和国国民は神殿の中で起きた事件について、何も知らない。そんな事件があったことすら知らない。彼等の多くは”ヴェルデ・シエロ”はまだどこかに生きていると思っているが、自分達のすぐ近くで世俗的な欲望で争っているなんて、想像すらしないのだった。  テオは、大神官代理ロア...