2022/09/09

第8部 探索      13

  アルボレス・ロホス村と聞いて、ロホは首を傾げた。国内の地名全部を覚えている訳ではないが、人間が居住している市町村の名前は学習している。小さな国だから行政的に登録されている村はほぼ記憶していたが、その名前の村は覚えがなかった。ケツァル少佐も脳内を検索してみた様子だったが、思い当たる節がなく、結局2人は少佐の車で少佐の自宅へ向かった。そこでは既にカルロ・ステファン大尉がいて、家政婦カーラの手伝いをしながら夕食準備にかかっていた。彼はシショカと相性が悪いので、少佐が彼女のアパートで待機を命じていたのだ。
  食卓に着くと、少佐はシショカからの僅かな情報をステファンにも分けた。ステファン大尉は村の名前を聞いて、暫く考え込んだ。何か聞いたことがある、そんな表情で食事の手を止め、空を睨んだ。その間に、少佐はアスルに電話をかけ、アスルとギャラガ少尉がデランテロ・オクタカス近郊の村でテオドール・アルストとマハルダ・デネロス少尉と合流したことを聞いた。電話を終えて、彼女は部下達に言った。

「デランテロ・オクタカス周辺で住民に神像のことを尋ねた若い男女がいたそうです。直接言葉を交わした人は記憶を抜かれていますが、目撃者が数人残っていました。」
「そいつらが犯人ですね。だが、素人だ。」

 ロホが溜め息をついた。一族の中で古代の呪法や持てる以上の能力を使おうとする人間が時々現れる。そう言う連中は、年配者からの正しい教育を受けていないか、受けることを拒んだ者だ。大統領警護隊の訓練を受けたこともないし、長老達の説教に耳を貸したこともない。だが”ヴェルデ・シエロ”である自覚は強く、己を過信している。そう言う連中が”砂の民”の粛清の対象になることが多いのだ。

 よりにもよって、一匹狼的”砂の民”セニョール・シショカの職場に神像を送りつけるとは。

 シショカの正体を知らないからこその暴挙だろうが、不運だ。シショカは恐らく彼独自のルートで犯人探しをしているだろうし、ケツァル少佐に知り得た情報の全てを分けた筈がない。犯人を見つけ出して捕まえる仕事を大統領警護隊に譲っても、最後の粛清は彼自身が行いたいと思っているに違いない。
 その時、まるで夢から覚めたかの様に、ステファンが声を上げた。

「思い出した!」

 少佐とロホが彼を見た。ステファンは少佐を振り返った。

「アルボレス・ロホス村は、現在のオクタカス村から北へ5キロほど行った森の中にあった村でした。」
「過去形ですか?」
「スィ。もうありません。私が遺跡の監視業務に就いていた時に、休憩時間に言葉を交わした村人から話を聞いたことがあります。アルボレス・ロホス村は10年以上前に地図から消えた村です。」

 彼はテーブルの上を指でなぞった。

「オクタカスとは谷が異なる川が流れていて、アルボレス・ロホス村はその川の流域にありました。細い川で、流れはアスクラカン方面へ向かっているので、オクタカス周辺の地図では記載されていません。」
「消えたと言うことは、その川が氾濫を起こしたのか?」
「氾濫ではない。」

 ロホの質問にステファンは首を振った。

「氾濫ではないが、この川は大雨が降ると土砂を大量に運ぶので、下流の町村が迷惑していた。それで、建設省がダムを造ったのだ。渓谷ではないので、浅い砂止め程度のダムだった。そのダムのせいで上流に泥がどんどん溜まっていき、アルボレス・ロホス村の耕作地は泥に埋まってしまう結果になった。」
「それは酷い・・・」
「だから、住民は村を捨てて散り散りに移住してしまい、村は消滅した。」

 少佐がステファンをじっと見た。

「その村の住民がどう言う部族だったのかは、聞いていないのでしょうね?」
「あまり歴史のない開拓村だとオクタカス村の住民は言っていましたから、共和国政府が先住民移住政策で建設した村だったのでしょう。住民は近隣の森林から集められた元狩猟民だったと思われます。土地に愛着が少なかったので、あっさり放棄出来たのですよ。」
「しかし、苦労して耕した畑を泥に埋められて納得出来なかった人もいただろう。」

とロホが呟いた。少佐が頷いた。

「セニョール・シショカはその線から当たれと私に言いたかったのでしょうね。」



2022/09/06

第8部 探索      12

  夕刻、ケツァル少佐は建設省に行ってみた。ロホが彼女の呼び掛けに応えて、すぐに駐車場に現れた。省庁は午後6時きっかりに閉庁するから、職員達が駐車場を行き来していた。ロホは他所から出て来たのだが、そんな職員に混ざって少佐の車のそばに来た。少佐がドア越しに後部席を指したので、彼は車内に入った。ステファン大尉の臭いが微かにしたが、大尉はいなかった。

「何か進展はありましたか?」

とロホが先に尋ねた。少佐は肩をすくめた。

「一族の誰かが神像を盗み出し、自分では使わずに他人を”操心”で動かしてイグレシアスに送りつけた様です。ロハスの証言も記憶を抜かれているので当てになりませんが、どうやら犯人は最初から大臣を狙っていたのかも知れません。ただロハスは我が強い女なので、犯人の思い通りに動かなかった。彼女は神像に恐怖を感じ、さっさと処分してしまおうと、以前アンゲルスと対立していたバルデスを思い出して神像をアンゲルスに送りつけたのです。バルデスは彼女の犯行に引き込まれた形でした。」
「ロハスの犯行に引き込まれて会社を手に入れたのなら、彼はロハスに感謝しているでしょうね。」

 ロホの皮肉に、少佐は苦笑した。

「バルデスもあの神像を恐れていたでしょ? 会社は棚ボタで手に入ったのですが、彼はアーバル・スァットを心底恐れていました。今も心配して警備員をつけていた程ですからね。」
「その警備員ですが・・・」

 ロホは遠くを見る目になった。

「頭を爆裂波でやられているとギャラガが報告していましたが、もしかすると救えるかも知れません。」

 少佐が上体を捻って後部席を見た。それだけ驚いたのだ。

「救える?」
「スィ、一族の中に、その力を持っている方がいらっしゃる筈です。数年前に父がそんな話をしていました。」
「救えるのであれば、救ってあげたいですね・・・」

 ”ヴェルデ・シエロ”の最高の秘技になるだろう。秘技を持つ者は長老級の人に違いない。一族の人間にも滅多に使用しない技の筈だ。それを一介の普通の人間の治療に使ってくれるだろうか。しかし、少佐はダメもとで部下に頼んだ。

「父君にその方を紹介して頂けないでしょうか?」

 ロホは「努力してみます」と答えた。

「セルバ国民を守れずして、一族の存在意義はありません。」

 その時、2人の前をイグレシアス大臣の私設秘書が通った。彼等に気づかず、女性の部下2人を連れて庁舎に向かって歩いて行くところだった。少佐は車から出て、彼の背に声をかけた。

「セニョール・シショカ!」

 シショカと2人の部下が立ち止まって、ほぼ同時に振り返った。シショカは目を細め、彼女を見た。

「これは、少佐・・・今日は、何か御用ですか?」

 白々しい挨拶だが、少佐も「今日は」と返した。そして彼の目を見た。

ーー大臣に恨みを持つ者の手がかりを掴めましたか?

 シショカは一瞬躊躇った。心にフィルターをかけたようだ。全ての情報を出したくない時の手段だ。そして返事をした。

ーー”赤の木村”(アルボレス・ロホス村)の住民

 それだけだった。しかし少佐はそれに対して「グラシャス」と呟いた。シショカは小さく頭を下げて、前を向き、部下を促して去って行った。




2022/09/05

第8部 探索      11

  ケツァル少佐は刑務所の周囲を歩いて、刑務所に物品を納めている業者や刑務官達の普段の行動をそれとなく街の人々に探りを入れてみた。刑務所で繁盛していると言う程ではないが、塀の外を囲む濠の向こうには、民家が数軒あった。昔からそこにあった集落だ。刑務所が出来る前から、要塞が出来た頃から住んでいる人々の子孫だった。政府は敢えて彼等を追い払わなかった。ずっと定住している人々にとって、見知らぬ人間は警戒の対象であり、村に用事がないのに近づいたり、塀の中から出てくる人間は常に見張られているのだ。当然、彼等は少佐にも注意を払っていた。だから少佐は緑の鳥の徽章をTシャツの胸に付け、己が何者であるか誇示して見せた。住民達は彼女の質問に誰もが正直に答えてくれた。
 ロザナ・ロハスに面会があるのかどうか住民は知らなかったが、刑務所の囚人達に面会を求めてやって来る人間は週に30人ばかりいると言う。その半分は毎週やって来る囚人の家族で、住民も顔を覚えていたし、中には名前がわかっている人物もいた。残りの半分は囚人の恋人だったり、部下だったり、得体の知れない人間だ。住民達は2回以上やって来た「知らない人間」を特に注意を払って観察しており、少佐はここ半年の間にやって来た車の車番や乗員の特徴を教えてもらえた。
 カルロ・ステファン大尉が面会を終えて出てきた。その時、丁度少佐は1人の年配女性と話をしていた。年配女性は門から出てきたステファンを指差して囁いた。

「ほら、あの男もなんだか怪しげでしょ? 髭なんか生やして、目付きも悪い。」

 少佐は大声で笑いそうになって、堪えた。

「彼にそう伝えておきましょう。彼は大統領警護隊の大尉です。」

 おや、まぁ!と驚く女性を後にして、少佐はステファン大尉に歩み寄った。大尉が彼女に敬礼した。少佐は頷き、報告、と目で言った。”心話”であっと言う間に情報がやり取りされた。
 少佐はロザナ・ロハスが語った内容にあまり満足出来なかった様だ。ロハスが虚偽の証言をしたのではなく、あの女が殆どアーバル・スァットについて知識を持っていなかったからだ。つまり、ロハスは何者かに操られたのだ。
 ピソム・カッカァ遺跡で目ぼしいお宝を探していた時に、彼女は誰かに出会った。誰に会ったのか、男だったのか女だったかのか、若かったのか年寄りだったのかも思い出せないと言ったのだ。気がついたら自分の車に乗っていて、助手席に石の神像が転がっていた。そのままではいけないと思い、車を止めて、丁寧にジャケットで包んでホテルに持ち帰った。手元に置いておくのが不安で、手下に預けた。しかしその手下が突然体調を崩し、ロハスは危険を感じた。どこかに神像を運べと言われた様な気がしていたが、彼女は急いで神像を手放すことを優先した。
 グラダ・シティはピソム・カッカァ遺跡から遠かったので、彼女はオルガ・グランデに行った。そしてバルでアントニオ・バルデスと出会った。偶然の出会いとバルデスは言ったが、彼がアンゲルス社長と上手くいっていなかったことは、鉱夫を通じてロハスは知っていた。バルで出会ったのは偶然でも、最初から彼にネズミの神像を売りつけるつもりだったから、バルデスに声を掛け、部下に命じてアンゲルスの屋敷に神像を送りつけた。尤も彼女が盗み出してからアンゲルスに送りつける迄に、アーバル・スァットは粗末に扱った人間達を次々と呪い殺していた。
 アンゲルスがいつ神像の呪いの犠牲になったのか、ロハスは知らなかったし、関心もなかった。ただ自分から呪いが去ったと安堵しただけだ。だから隠れ家が政府軍に突き止められ、包囲された時、祟りはまだ終わっていなかったと驚愕した。要塞を爆破され、捕まった時、彼女は何故かやっと安心出来たのだった。

「檻の中でロハスは平和に暮らしているそうです。これ以上、あの神像のことを思い出したくないと言っていました。」

 


2022/09/02

第8部 探索      10

  面会室はコンクリート剥き出しの殺風景な部屋で、映画やドラマで見るようなガラスの仕切り等はなく、がらんとした部屋に机が5つ、それぞれ向かい合う位置に椅子が1脚ずつ置かれていた。好きな机で、と言われてカルロ・ステファン大尉が真ん中の机に直に腰掛けて待っていると、監房側のドアが開き、刑務官2名に挟まれる形で中年の白人女性が入って来た。両手は体の前で手錠が掛けられていた。ステファンが捕らえた時、彼女はぽっちゃり体型だったが、今は細くなって、外の世界にいた時より綺麗に見えた。窶れているように見えない。雑居房ではなく独居房で作業の時だけ他の囚人と一緒だと聞かされていたが、案外快適なムショ暮らしをしているのかも知れない。
 面会者が誰かは聞かされていなかった筈で、彼女は私服姿のステファン大尉を最初見た時、一瞬戸惑いの表情を見せた。誰?と言う顔だ。そして徐々に思い出した。
 刑務官に誘導されてステファンがいる机に近づくと、彼女は薄笑いを浮かべた。ステファンは無言で刑務官に彼女を座らせるよう指図した。彼女は肩を掴まれる前に自分から座った。ステファンは刑務官に退室するよう合図した。大統領警護隊なら1人でも大丈夫だ、逆らっても良いことはない、そんな表情で刑務官達は監房側のドアの向こうに消えた。尤も、監視カメラでこちらの様子は見張っている筈だ。

「オーラ!」

とロハスの方から声を掛けてきた。

「名前は知らないけど、私をひっ捕まえた緑の鳥さんよね?」

 この大きな態度はどこからくるのだろう。
 ステファンは名乗らなかった。面会者も着席を義務付けられていたが、彼は無視して立っていた。

「いかにも、大統領警護隊だ。聞きたいことがある。」
「商売の話だったら、収監前に散々喋らされたよ。」
「お前がミカエル・アンゲルスの家に送りつけた石像の件だ。」

 予想外だったらしく、ロハスは黙り込んだ。ステファンは続けた。

「金になる遺物はいくらでもあったのに、何故あの石像を選んだ?」

 ロハスはすぐに答えなかった。手錠をかけられたままの己の手を眺めていた。ステファンは畳み掛けた。

「ピソム・カッカァ遺跡に祀られているあの石像が、どんなものなのか、どこで知識を仕入れたのだ?」

 ロハスが顔を上げたが、先ほどの太々しさは影を潜めていた。ちょっと不安気に女は問い返した。

「それを言ったら、殺される。大統領警護隊は私を守ってくれるのかい?」
「誰に殺されるんだ? あの石像にか?」

 ロハスがブルっと体を震わせた。

「だから・・・守ってくれるなら言うよ。」

 ステファンは室内をぐるりと見回した。窓がない部屋だ。しかし、彼は言った。

「ここへ来てから、ソイツに見張られている気配はあったのか?」

 彼女は答えなかった。ステファンは言った。

「お前にあの石像のことを教えた人間が誰であろうと、この刑務所の中までお前を見張っているとは思えない。お前が捕まる前も、見張っていなかった筈だ。お前が誰に喋ろうが、ソイツはどうでも良いと思っているだろう。だからお前の様なつまらない犯罪者に神聖な石像の秘密を喋ったんだ。」

 すると、ロハスは元の強かな顔に戻った。

「それじゃ、私が何か喋ったら、その見返りはあるのかね?」




2022/08/31

第8部 探索      9

  時間は半日前に戻る。

 ケツァル少佐とカルロ・ステファン大尉は東セルバ州立刑務所にいた。州立と言うが、セルバ共和国で重犯罪で捕まった凶悪者の殆どが収監されている刑務所だ。オルガ・グランデにある西セルバ州立刑務所がどちらかと言えば軽犯罪者が多いことを考えると、裁判所は東西で囚人の罪の重さを分けているのかも知れない。セルバ共和国の法律では死刑はまだ存在する。どんな方法かは裁判で決められるが、一般的には絞首刑だ。銃殺は軍法会議で死刑が決まった場合で軍人にしか行われないことになっている。それ以外の方法は行わないのが建前だが、都市伝説では、「”ヴェルデ・シエロ”を怒らせるとワニの池に生きたまま放り込まれる」と言うのがある。州立刑務所にワニは飼っていないし、池もない。ただ、塀の外を濠が囲んでいる。植民地時代の要塞跡だったので、その名残だ。立地は海のそばで、濠は海水を引いており、時々サメが泳いでいるのが見えると、看守達が入所する際に囚人を脅す。真偽の程は定かでない。
 ロザナ・ロハスは東セルバ州立刑務所の重犯罪者棟に収監されていた。女性用の区画だ。刑期は96年。恐らく生きて出られない。模範囚でもせいぜい10年減らしてもらえるだけだろうし、満了する頃に彼女は100歳を超えている。
 セルバ共和国の刑務所は賄賂が利かないことで犯罪者の間で有名だ。刑務官達は大統領警護隊の司令部から任官されて来る所長を恐れている。所長は暴君ではないが、大統領警護隊隊員だ。刑務官や囚人の不正をすぐ見破る。歴代の所長がそうだったから、現在の所長も同じだった。例えその所長がメスティーソであっても。
 大統領警護隊同士だからと言って、面会者に優遇はなかった。ケツァル少佐はロザナ・ロハスへの面会を申し込み、許可が出る迄午前中いっぱい待たされた。刑務所所長は多忙なのだった。刑務所の近くの刑務官達が利用する食堂で朝から昼まで、少佐とステファン大尉は待っていた。2人共私服姿だったが、雰囲気で軍人だとわかるのだろう、店の従業員は時々コーヒーのお代わりは要り用かと聞きに来るだけで、テーブルに近づかなかった。
 少佐の携帯には部下達からのメールが送られてきた。
 マハルダ・デネロス少尉はテオドール・アルストと共にムリリョ博士に面会し、博物館の学芸員に話を聞くと書いていた。
 アスルはアンドレ・ギャラガ少尉と共にピソム・カッカァ遺跡へ行った。デランテロ・オクタカスの病院を発ったのが夜明け前で、日が昇った後でアスルは盗掘現場から「過去」へ跳んでみた。微妙な時差で盗掘者を目撃することは出来なかったが、犯人の匂いは嗅いだ。「次に出会えば、嗅ぎ分けられます。」と彼は書いていた。
 ギャラガは捜査状況の報告を先輩に任せて、彼自身は盗掘者に瀕死状態にされた警備員を気遣う内容を送って来た。爆裂波でやられた人間の脳を治療出来ないのでしょうか、と彼は疑問文を書いていたが、答えは期待していない筈だ。
 ロホは簡潔に報告を送って来た。「異常なし」と。
 ステファン大尉は己の携帯に何もメールが入って来ないことを悲しげに眺めていた。メールボックスは空だ。大統領警護隊遊撃班は彼に「戻ってこい」と言ってくれない。これは首都が今の所平和だと言う証拠でもあるのだが、彼は寂しかった。遊撃班に戻れば、彼は副指揮官で、班員達は部下だ。しかし文化保護担当部では、彼はタダの助っ人で、指揮官は彼を昔の様に部下扱いするし、弟だと「見下して」いる。彼女と一緒に仕事が出来るのは嬉しいのだが、姉は小言が多い。彼が苛ついても無視だ。

「面会は1人だけでしたね?」

 彼は刑務所の規則を思い浮かべた。子供時代はかっぱらいや万引き、喝上げ、掏摸と軽犯罪を繰り返していたが、捕まったことがなかったので、刑務所も少年院も縁がなかった。

「それに互いの目を見てはならない・・・」

 少佐が小さくあくびをした。

「私は待ちくたびれました。ロハスには貴方が面会しなさい。」
「え?」

 ステファンは驚いた。

「貴女は彼女に質問なさりたいのでしょう?」
「質問は一つだけです。いつ、誰からアーバル・スァットの力を教わったのか。」


第8部 探索      8

  雑貨店からテオとデネロス少尉が通りに出ると、夕暮れだった。空間通路でも探さなければグラダ・シティに当日中に帰ることは出来ない。宿を探すか、とテオが提案した時、背後から「ドクトル! デネロス少尉!」と声をかけられた。振り返るとアスルとギャラガ少尉が立っていた。デネロスが上官であるアスルに敬礼で挨拶した。目を見合ったので、互いに捜査状況を報告し合ったのだろう、とテオは想像した。アスルが背後の一軒の民家らしき建物を指した。

「俺達はあそこに部屋を取った。あんたらも取ると良い。今夜は部屋が空いているそうだ。」
「ホテルなのか?」
「そんなもんだ。」

 看板を出していないのに、と思ったが、入口の上に小さく「ホセの宿」と書かれた板が打ち付けられていた。テオが入ると、普通の家のリビングの様な部屋で、若い男が古いソファに座ってテレビを見ていた。ドアに付けられたベルがカラコロと鳴り、彼は振り向いた。テオは声をかけた。

「男1人女1人、2部屋欲しい。」

 男は部屋の端の階段を指差した。

「2階だ。好きな部屋を選んでくれ。但し、2部屋は先客がいる。」

 テオは室内を見回した。どう見ても普通の家だ。料金表もフロントもない。

「料金は前払いで良いか?」
「スィ。」

 ギャラガから聞いた料金を支払い、鍵をもらった。どうやらどの部屋も同じ鍵の様だ。デネロスと2階へ上がるとドアが5つあり、取り敢えず無施錠の部屋を見つけてそれぞれ中に入った。毛布1枚と枕が一つ置かれた粗末なベッドだけの部屋だった。荷物らしい物を持って来なかったので、テオはそれだけ確認して廊下に出た。デネロスは大統領警護隊が野外活動する時に持ち歩くリュックを持っていたので、それを部屋に置いて来た。他人が触れるとビリビリと来る「呪い」をかけてある、と彼女は言った。盗難防止策だ。そんな能力なら俺も欲しい、とテオは思った。
 宿から出て、少し歩くとアスルとギャラガが見つけた食堂に入った。殺風景な室内装飾の店だが、客はそこそこ入っていて、他所者が来ても珍しくないのかチラリと見られた程度だった。豆の煮込みや鶏肉の焼いたのを食べて、4人は満腹になった。どこかでアスル達が調べたことを聞きたいなぁとテオが思っていると、テーブルに近づいて来た老人がいた。地元の人だ。

「大統領警護隊の方ですな?」

 彼はアスルに話しかけた。純血種はアスルだけだから、庶民は彼が隊員だとわかっても、メスティーソのデネロスやギャラガも仲間だとは考えが及ばないのだ。アスルは頷いて見せた。彼は部下達を手で指した。

「この2人は少尉で、私は中尉です。何か用ですか?」

 老人は食堂内の他の客を振り返った。テオは全員がこちらを見ていることに気が付き、驚いた。彼等はこの村の住人なのだろう。老人が代表を買って出たのか、それとも長老として役目を担ったのか。老人が低い声で囁いた。

「アーバル・スァット様を盗んだのは若い男女です。インディヘナでした。儂等にはわかりませんが・・・」

 彼が「わからない」と言ったのは、その男女の泥棒が”ヴェルデ・シエロ”なのか”ヴェルデ・ティエラ”なのか区別出来ないと言う意味だ。アスルが頷いた。

「グラシャス、泥棒は我々が探す。」
「グラシャス。」

 食堂内の人々が口々に「グラシャス」と言った。だから、アスルは言った。

「アーバル・スァットはグラダ・シティで見つけた。泥棒を見つける迄安全な場所に保管している。だから、災いが降りかかることはない。」

 今度の「グラシャス」はもっと大きく、喜びの響きが混ざっていた。

「前回の盗難の時は、毎日天候が不安定で雨季でもないのに雨が多くて困りました。今回はまだ何も起こっていませんが、遺跡で警備員が殺害されたと聞いて、この辺りの住民はみんな不安でならないのです。」
「警備員は死んでいない。」

 アスルは彼等を安心させるためにそう言ったが、重体の怪我人は2度と目覚めないだろう。住民達は安心して互いに肩を叩き合ったり、乾杯をした。テオ達にもビールが振る舞われた。アスルが食堂内の人々に声をかけた。

「それで? その男女はどんな人間だった?」


2022/08/30

第8部 探索      7

  遺跡に近い土地の人々は大統領警護隊と言えば遺跡の監視、と思うのだろう。テオとデネロス少尉は心の中で苦笑しながら、サラス氏が案内するまま、ごちゃごちゃした雑貨店の中の木製ベンチに座った。多分近所の人の社交場なのだろう、古いスタンド式吸い殻入れや、カップがいくつか積み重ねられた小さなテーブルが両脇に置かれていた。サラス氏が何か飲みますかと訊いたので、水をもらった。

「大統領警護隊文化保護担当部のデネロス少尉と、グラダ大学准教授のドクトル・アルストです。」

 デネロスは簡単な自己紹介をした。テオの肩書きを言わなかったのは、言う必要がないと判断したからで、相手は考古学の先生ぐらいに思うだろう。果たして、サラス氏は突っ込まなかった。デネロスはすぐに要件に入った。

「ピソム・カッカァ遺跡に祀られていた神像が盗難に遭ったことをご存じですか?」

 サラス氏の顔が曇った。

「スィ。憂うべきことです。これで2回目ですから。」
「どんな神様かご存知ですか?」
「スィ。小さな動物の形の神様です。先祖から聞いた話では、雨を降らせるジャガー神だと言うことですが、雨の神様を盗むなんて、どう言う了見なんだか・・・」

 雑貨店主はテオを見て、尋ねた。

「外国ではあんな古い物を高い値段で買う人がいるそうですね。」
「罰当たりですけどね。」

とテオは頷いた。

「神様を敬うことを知らない人間がいるんです。キリスト教の神様の像でも盗まれますからね。」
「そんな奴らはジャガーに食われてしまえば良いんだ。」

 サラス氏はそう呟いてから、デネロスの視線に気がつき、手を振った。

「ノノ、そんな恐ろしいことを私は願いません。」

 大統領警護隊が”ヴェルデ・シエロ”と深い繋がりがあると知っているのだ。うっかりしたことを口走って、本当にジャガーが暴れると困ると心配していた。

「アーバル・スァット様が怒るとどうなるか、ご存知ですか?」

 デネロスの問いに、彼は小さく頷いた。

「命を吸い取られます。ジャガーに魂を食われてしまうんですよ。」
「どんな失礼をすれば神様は怒るのでしょう?」
「それは・・・」

 サラス氏の躊躇いは答えを知っている証拠だ。デネロスはそれ以上訊かずに、別の質問をした。

「同じ質問をした人が最近いませんでしたか?」

 サラス氏は暫く黙っていた。そして悲しそうに言った。

「記憶にないんです。」
「え?」
「誰かに何かを喋ったと言う記憶はあるのですが、何を喋ったのか覚えていないんです。」

 ”操心”にかけられたとサラス氏は言っているのだ、とテオは気がついた。デネロスを見ると、彼女も同じ考えに至っている様子だった。彼女は質問を変えた。

「それはいつ頃のことでしょうか?」
「2月程前です。」

 サラス氏はデネロス少尉を見つめた。

「貴女は大統領警護隊ですよね?」
「スィ。今、アーバル・スァット様の盗難事件を調査中です。」
「私の体験は私のこれからの人生や家族に何か悪いことを呼び込むのでしょうか?」

 デネロスはメスティーソだ。それに若い女性だから、時々大統領警護隊としての彼女の能力を疑う人がいる。サラス氏も彼女に助けを求めようとはしなかった。それにデネロスは、純血で強い力を持った隊員がどんなに手を尽くしても”操心”で消された記憶が戻らないことを知っていた。だから助けを求められないことに気を悪くしたりしなかった。彼女は彼の質問に優しく答えた。

「貴方の記憶を消した人間は、もう貴方を煩わせることをしません。大丈夫です、貴方はその人を見ても既に見分けられないし、相手も貴方をどうにかしようなんて考えていない筈です。」

 テオにはいかにもセルバ的にのんびりした考えだと思えたが、サラス氏はそれで納得した。

「そうなんですね! 盗難事件で警備員が重傷を負わされたと聞いたので、私にも何か災いがあるかも知れないと不安でした。」

 デネロスは首を振って、災いはない、と表現した。そして最後の質問をした。

「アーバル・スァット様はどんな時にお怒りになられますか?」


第11部  神殿        23

  一般のセルバ共和国国民は神殿の中で起きた事件について、何も知らない。そんな事件があったことすら知らない。彼等の多くは”ヴェルデ・シエロ”はまだどこかに生きていると思っているが、自分達のすぐ近くで世俗的な欲望で争っているなんて、想像すらしないのだった。  テオは、大神官代理ロア...