2023/12/18

第10部  依頼人     15

  次の店に行こうと、バルを出たら、そこにマハルダ・デネロス少尉とファビオ・キロス中尉が立っていたので、一同は驚いた。テオはキロス中尉に数回会ったことがあったが、いずれも中尉は軍務中で軍服姿しか見たことがなかった。だから普通に明るいチェック柄のシャツを着てコットンパンツと上等のスニーカーを履いているキロスを見て、びっくりした。
  こいつ、結構女にモテるんじゃないか?
 そんな感想を抱いてしまう程、ファビオ・キロスは溌剌とした良い若者ぶりだった。
 文化保護担当部とテオの驚きを他に、中尉は上官であるケツァル少佐と大尉のロホに敬礼した。そして同じ中尉であるアスルと下位のギャラガ少尉には頷いて見せた。
 テオは素早く視線を走らせ、デネロスと彼が手を繋いでいなければ腕も組んでいないことを確認した。デネロス少尉は仕事の時の服装をちょっとお洒落に着崩しているだけだ。それにアクセサリーを少しだけ加えて。

「こんな所で何をしているのです?」

と少佐が尋ねた。キロス中尉が微かに頬を赤くして答えた。

「デネロス少尉と交際することをお許し願います。」

 少佐がぷっと噴き出した。

「私の許可なぞ要りませんよ。本部も私生活まで口出ししません。」
「しかし、けじめをつけておかないと・・・」

 堅物は外務省のシーロ・ロペス少佐だけではないようだ、とテオは心の中で思った。少佐が優しく言い聞かせた。

「貴方が許可を得るのは、デネロス家の人々からでしょう。私は少尉の上官ですが、少尉の個人的生活に口を出しません。」

 すると、マハルダ・デネロスが笑って言った。

「私も必要ないと言ったのですが、中尉は礼儀を守りたいと・・・つまり、私の親に会う前の練習です。」

 アスルがちょっと冷ややかな目でキロス中尉を見た。

「女性の親に会うってことは、その先のことも考えているってことだぞ、キロス中尉。」
「勿論・・・」

 キロス中尉はすっかり赤くなっていた。
 テオは堅苦しい男の緊張をほぐしてやりたくなった。それに店前で大統領警護隊が集団で立ち話をしていると、店に迷惑だ。彼は提案した。

「キロス中尉が俺達の仲間に入りたいって言うんだから、これから一緒に次の店に行こうぜ!」

 えっ!? とキロス中尉が振り返った。しかしロホが既に彼の肩に手を置いていた。

「一緒に行こう、ファビオ。休暇の間に何度か私達と出会うことになる。今夜はその始まりの儀式だ。」

 テオはデネロスが喜んで少佐とハグしあうのを見た。

2023/12/17

第10部  依頼人     14

  ファビオ・キロス中尉の名前がアンドレ・ギャラガ少尉の口から出ると、テオとロホは思わず口笛を吹いてしまった。アスルはムッとした表情だ。文化保護担当部の大事な「妹」に手を出そうとしている男が、エリート集団遊撃班の精鋭だと知って、面白くないのだろう。だって、階級が上で遊撃班の精鋭なんて、揶揄えないじゃないか!

「あの野郎、いつマハルダに手を出したんだ?」
「いや、手を出したとかじゃなくて・・・」

 ギャラガは冷や汗をかき出した。

「食堂とか通路で出会うと声を掛け合う程度で・・・」
「そうだろ、本部で男女交際なんて不可能だ。」

とロホ。

「上官にバレたら、キロスは営倉行きだぞ。」
「ですから・・・」

 ギャラガはチラリとケツァル少佐を見た。しかし少佐が助け舟を出せる状況ではなかった。

「今日、あの2人にとって初めてのデートなんです。中尉がやっと休暇を取れたので・・・」
「するとこれから2ヶ月、2人はデートを続けるのか?」

 テオも思わず口を挟んでしまった。デネロスは彼にとっても可愛い女性友達だ。大学の休憩時間に顔を合わせれば一緒にお茶をするし、世間話は彼女がいつも話題を提供してくれる。彼女のお陰でテオは自分の学生達の話題に遅れずについて行けるのだ。

「毎日ってことじゃないでしょう。」

 ギャラガがムッとした。彼も勉強を教えてくれるデネロス少尉が、相手にしてくれなくなったら困る。彼女の方が1つ年下だが、大学生としては向こうが先輩だ。

「今夜はどこにいるのです?」

 少佐までが首を突っ込んで来た。ギャラガはデネロスが勤務中にチラリと見せた映画のチケットを思い出した。

「映画館だと思います。『ラ・ヨローナ 』(アメリカ映画)だったか、『ラ・ジョローナ』(コスタリカ映画)だったか、わかりませんが・・・」

 どちらも中南米の怪談を素材にしたホラー映画だ。テオもロホもアスルもケツァル少佐も、「きゃー!」と叫んで男性に抱きつくマハルダ・デネロスを一瞬想像し、すぐに「それはない、ない!」と頭の中で否定した。マハルダ・デネロスは幽霊が出たら、張り倒すほどの元気者だ。
 テオは携帯で上映中の映画館情報を検索した。

「コスタリカ映画は今やっていない。アメリカ映画の方だな。」
「多分、2人共、コメディを見る気分で座っているでしょうね。」

と少佐が言って、一同は笑った。

2023/12/16

第10部  依頼人     13

 「憲兵隊が南部のジャングルにどれだけ捜査人員を割くのか、期待しない方が良いな。」

とアスルは言った。
 その日の夕刻だった。テオは大統領警護隊文化保護担当部の隊員達といつものバルで夕食前の一杯をやっていた。彼は簡単に「骨の鑑定結果を依頼人に伝えたら、憲兵隊に通報すると言う返答だった」と言っただけだ。仕事内容も依頼人の名前も事件現場の場所も話していない。しかしアスルはロホから目と目を見合わせるだけで出来る”心話”で状況を把握していた。

「あの人達は・・・」

とケツァル少佐がぼかした言い方をした。「あの人達」とは、”砂の民”のことだ、とすぐテオと彼女の部下達はわかった。

「サバン氏を探すことはしないでしょう。サバン氏の身内があの長老に依頼したのは、もうオラシオ・サバンがこの世にいないと確信したからです。あの人達が探すのは、罰を受けるべき人間です。」
「勿論、犯罪者に違いないだろうけど・・・」

 テオはスッキリしないものを感じた。

「俺はサバン氏を探してやりたいな。一人で森の中で眠っていると想像したら、気の毒だ。きちんと家族にお別れを言いたいだろうし。」
「家族も別れの儀式をしないと心が休まらないでしょう。」

とロホが宗教関連の家系の出らしく意見を言った。
 そこへ、遅れてやって来たアンドレ・ギャラガ少尉が合流した。

「遅くなりました。まだビールを注文する時間はありますか?」
「好きに飲みなさい。」

 ケツァル少佐は優しく答えてから、入り口へ視線を向けた。

「マハルダは来ないのですか?」
「デネロス少尉は、今夜はデートです。」

 全員がギャラガを見た。ギャラガの顔に、「しくじった」と言う後悔の表情が浮かんだ。アスルがニヤリとして、後輩を突いた。

「マハルダに彼氏が出来たのか? 最近妙に化粧に凝っていると思ったが、そう言う訳だったのか。」
「相手は誰だ?」

とロホも乗ってきた。マハルダ・デネロス少尉は美女と言うより可愛らしい娘だ。大統領警護隊の男達は彼女に関心があるし、女性隊員の中にも彼女を気に入っている人がいる。ギャラガは困ってテオを見たが、テオが助ける理由はなかった。

「彼女の相手に選ばれた幸運な男は誰だ? 俺達が知っている人間か?」
「ええっと・・・」

 ギャラガはそっと指揮官を見た。指揮官に内緒で異性と交際していることを、後輩の彼にバラされたら、デネロスは怒るだろうな、と心配したのだ。
 ケツァル少佐は優しく微笑んで見せた。

「相手次第です。」


2023/12/15

第10部  依頼人     12

  ロバートソン博士に骨の鑑定結果を告げるのは、ちょっと辛かった。事故や自然災害の犠牲者の鑑定ではなく、殺人事件と思われるものだ。テオはそれをセルバ野生生物保護協会の本部ビルまで出向いて報告した。遺伝子を抽出した学生を連れて行ったが、ことが重大なので、学生ではなく彼が自分で分析結果を説明した。学生がそれを一言も聞き逃すまいと耳を傾けていた。彼も将来警察関係の機関でそう言う職に就きたいと希望しているのだ。警察なら分析結果を遺族に伝えるのは警察官の仕事だろうと思えたが、セルバ共和国の警察は難しい科学的な話が必要な時は学者に丸投げしてくる。だからテオは学生にも報告を聞かせて勉強させた。
 ロバートソン博士と他の協会員達は沈痛な面持ちで話を聞いていた。寄付金と政府からの僅かな補助で運営されている団体の本部は煩雑で、それでありながら質素だった。飾り気がない。動物や植物の資料が所狭しと置かれていて、その中に机がある感じだ。

「イスマエルは亡くなっているのですね。」

とロバートソン博士の秘書が最初に口を開いた。彼の横にいた女性協会員がワッと泣き出した。博士は唇をグッと噛み締めて耐えていた。

「死因は・・・ああ、骨片だけではわかりませんね。」

 秘書は別の協会員の方を見た。

「骨を全部お見せした方が良いでしょうか?」
「ノ、それは意味がありません。」

 テオは急いで断った。

「私どもの研究室は遺伝子工学を専攻している学生の場所です。骨の傷などの分析は医学の方の仕事です。私達には、死因を解明することは出来ません。」
「生物学部ですから・・・」

 と学生が口を挟んだ。

「何の動物に食われたか、とかは骨に残った歯型でわかりますが・・・」
「余計なことを言うな。」

 テオは学生を嗜めた。

「ここの人達はそっちのプロだ。俺達以上に動物のことには詳しいさ。」

 ロバートソン博士がハンカチで鼻をかんでから、口を開いた。

「わかりました、イスマエル・コロンが亡くなり、それが尋常な亡くなり方でないことがわかりました。きっと彼が探していた友人の、私達全員の友人でもある、オラシオ・サバンも無事ではないと推測されます。」
「どうされますか?」
「憲兵隊に連絡を入れます。」

 博士はキッと空中を見つめた。

「コロンとサバンを殺害した人間を突き止めてもらいます。」


2023/12/14

第10部  依頼人     11

  テオは自分の考えをまとめる目的も兼ねて言った。

「俺がロバートソン博士からの依頼の件を簡潔に話すと、ケサダ教授もさっきのことを教えてくれた。セルバ野生生物保護協会の最初に行方不明になった先住民の会員は、きっとムリリョ博士に接触を図った爺さんの身内なのだと思う。」

 するとロホが言った。

「サバンと言う名はブーカ族にあります。あまり中央に縁がない人々ですから、私も知り合いがいる訳ではありません。恐らく純血種の家族は少ないと思われますが、まだ”ツィンル”(動物に変身出来る人々)がいる筈です。彼等はムリリョ博士が”砂の民”であることを知らなくても、マスケゴ族の長老であることは知っています。ブーカ族の長老は権威とか財力で巷の一族の人々には近寄り難い存在ですから、同族の長老を避けてマスケゴ族の長老に、サバン家は、行方不明者の捜索を依頼したのではないでしょうか。そしてムリリョ博士はサバン家の息子だけでなく別の協会員も行方不明になっていることを知った。もしかすると骨の発見も知ったかも知れません。何か良くない事件が起きていると考えて、博士は”砂の民”に招集をかけたと思われます。」

 テオは頷いた。

「ケサダ教授は俺にこの件に深入りするなと忠告してくれた。」

 ケツァル少佐が難しい顔をした。テオは彼女がこの件に関わるなと言うだろうと予想した。”砂の民”が動く案件に大統領警護隊は口出ししない。大統領警護隊が着手するのが先なら、”砂の民”の方が遠慮してくれるが、今回は向こうが先だ。
 少佐が顔を上げた。

「ロホ、アンティオワカ遺跡の次の巡回はいつになっていますか?」

 え? とテオは驚いた。少佐はこの件に首を突っ込むつもりなのか? ロホが携帯電話を出して、カレンダーを検索した。

「9日先ですね。ミーヤ遺跡とアンティオワカ遺跡を一緒に回る予定になっています。」
「担当は?」
「巡回だけですから、アンドレ・ギャラガだけです。」

 テオは素早く自分の携帯を出した。急いでカレンダーを見た。

「9日先? 俺は暇だけど・・・」

 少佐とロホが彼を見た。彼女が尋ねた。

「行きたいのですか?」


2023/12/13

第10部  依頼人     10

 ケサダ教授の名前が出た途端に、ケツァル少佐とロホの表情が真面目なものになった。教授は大統領警護隊文化保護担当部の全隊員の考古学の恩師だ。そして、これは今このアパートにいる3人、テオと少佐とロホだけの秘密なのだが、フィデル・ケサダはマスケゴ族と名乗っているが本当は純血のグラダ族だった。この世で生存している全ての”ヴェルデ・シエロ”の中で一番強い超能力を持っている男だ。教授自身の性格は謙虚で穏やかだが、もし怒らせでもしたらグラダ・シティ程の都会を一つ一瞬で消し去ってしまえる力を持っている、と考えられている。だが少佐とロホが緊張したのは、思慮深く知識豊富である教授が言った言葉だ。

「奇妙な話ですって?」

と少佐が尋ねた。テオは「詳細は知らないけど・・・」と断って語り出した。

「初めは、ンゲマ准教授のところに、先住民の男性が訪ねて来たことなんだ。その男性はサバンと名乗った。」

 サバンは行方不明になっているセルバ野生生物保護協会の協会員と同じ名前だ。

「そのサバンと言う爺さんが、ムリリョ博士に話があるので紹介して欲しいとンゲマ准教授に頼んだ。それでンゲマ先生は博士に電話をかけた。サバン爺さんと博士は電話で短い会話をしたが、ンゲマ先生の知らない言葉だった。」
「一族の言葉だったのですね。」

とロホが言った。ハイメ・ンゲマ准教授は考古学の先生だ。遺跡調査などの為にセルバ国内のほぼ全部の先住民の言葉を勉強している。それが知らない言葉なら、現代は使用されていない言語だと言うことだ。 テオはロホの言葉の肯定も否定も避けた。彼が聞いた訳ではなかったから。
 
「ンゲマ先生とサバンとの接触はその場限りだったらしい。だが、翌日からムリリョ博士の自宅に先住民の客が数人出入りし始めた。博士の自宅に遊びに行っていたケサダ教授の娘達がそれを目敏く見つけて、帰宅してから父親に報告した。」

 ケサダ教授の妻コディア・シメネスはムリリョ博士の末娘だ。博士は孫を可愛いがっていて、孫娘達が彼の自宅に自由に出入りすることを許している。ケサダ教授の娘達は半分グラダ族の血を引いている。一族の人間達が隠しているつもりの微かな気配さえ敏感に感じ取るのだ。

「ケサダ教授は、本家の客達が”砂の民”だろうと推測した。”砂の民”が動く事件がどこかで起きていると考えた教授は、それとなく博物館の職員に最近館長に誰か接触しなかったかと質問した。そしてンゲマ准教授の電話を館長に取り次いだ職員を見つけた。職員からンゲマ准教授の名前を聞き出し、大学でンゲマ先生にこれもそれとなくムリリョ博士に何か考古学上の情報でも提供したのかと尋ね、サバン爺さんのことを聞き出したんだ。」

 

2023/12/12

第10部  依頼人     9

  その夜、テオは自宅でケツァル少佐とマルティネス大尉と3人で夕食を取った。大尉、つまりロホは住んでいるアパートの水道管が水漏れしてキッチンも浴室も使えなくなったので、修理が終わる迄テオの部屋に身を寄せることになっていた。本当は同じマカレオ通りにあるテオの旧宅、今は部下のアスルが住んでいる長屋に行きたかったのだが、アスルは彼がキャプテンを務める大統領警護隊サッカーチームの会合をするので、上官の頼みを断ったのだ。上官でも部下の都合が悪ければ平気で断られる、それが文化保護担当部の良い面だ。官舎は外へ出た隊員がいきなり泊めてくれと言って入れてくれる程寛容ではない。かと言って、恋人のグラシエラ・ステファンの家に行くのも礼儀正しいロホには無理な話で、結果として親友のテオの家に来た。テオの家は彼の上官のケツァル少佐の家でもあるのだが、幸いアパートの構造上、別の世帯の造りになっているので、テオと少佐が行き来するには、一旦玄関を出て隣のドアを開く手間が存在する。
 食事は少佐の側の部屋の食堂でするのが決まりだった。テオのキッチンは実験用の器材でいっぱいだ。せいぜいお茶を淹れることしか出来ない。少佐が雇っている家政婦のカーラは予定なしに人数が増えても動じることはないし、ロホ一人だけだから、笑顔で歓迎してくれた。
 最初の話題はロホのアパートの修繕だった。住民の負担の是非や家主の態度や工事請負業者が誰になるのかと言う話をした。ロホは水道管が直りさえすれば良いので、負担額が決まる迄口出ししないつもりだ。少佐は業者がどこの人間か気にした。いい加減な工事をされては困るし、アパートに何か良からぬ細工をされて盗聴器や盗撮機を仕掛けられてはならない、と軍人らしい見解を述べた。ロホは「気をつけます」とだけ答えた。
 アパートの話が終わると、少佐がテオを見た。

「貴方は? 何か面白い話題がありましたか?」

 少佐は他人に喋らせて聞くことを楽しむ人で、自分では話さずに他人に催促する。
 テオはちょっと考えてから、「例の遺伝子鑑定の話なんだが・・・」と切り出した。ロホが説明を求めて少佐を見た。こんな時、”ヴェルデ・シエロ”が持つ”心話”と言う能力は便利だ。目を見つめ合うだけで、一瞬で情報伝達が出来る。ロホは直ぐにテオがセルバ野生生物保護協会のロバートソン博士から骨片を託された経緯を知った。
 テオはロホが頷くのを見て、前段階の説明が省けたことを確認した。そして言った。

「骨はロバートソン博士の助手のイスマエル・コロンに間違いなかった。」

 少佐が溜め息をついた。

「殺人ですね?」
「その様だね。動物に襲われたのなら、無線機や携帯電話が消えたりしないから。」

 ロホが復習するかの様に言った。

「オラシオ・サバンと言う協会員が森の中で消息を絶ったのが2ヶ月前で、イスマエル・コロンがサバンが行方不明になっていることに気がついたのが、その10日後・・・」

 テオは訂正した。

「いや、コロンはサバンの最後の連絡から10日以上経ってから心配になった。正確な日時はロバートソンも覚えていない様だ。コロンはサバンを探すべきだと言ったが、その時は彼以外の誰もまだサバンのことを心配していなかった。コロンがサバンを探しに森に入ったのはそれから更に数日経った後だ。それからコロンも消息を絶って、それがいつなのかは聞いていない。協会はコロンからの連絡が途絶えた1週間後にやっと捜索に乗り出した。そしてアンティオワカ遺跡から西へ4キロの森の中で、骨の残骸を見つけた。」
「憲兵隊に連絡したのですか?」

とケツァル少佐。犯罪捜査は大統領警護隊文化保護担当部の仕事ではない。

「明日、ロバートソンに鑑定結果を報告する。憲兵隊に通報するのは彼女の役目だ。」

とテオは言った。大統領警護隊の2人から興味が失せていきかけた。彼は付け加えた。

「それに関係ないかも知れないが、今日の夕方ケサダ教授が奇妙な話を聞かせてくれた。」


 

第11部  神殿        23

  一般のセルバ共和国国民は神殿の中で起きた事件について、何も知らない。そんな事件があったことすら知らない。彼等の多くは”ヴェルデ・シエロ”はまだどこかに生きていると思っているが、自分達のすぐ近くで世俗的な欲望で争っているなんて、想像すらしないのだった。  テオは、大神官代理ロア...