2025/01/26

第11部  内乱        7

 「ブーカ族のスワレ神官が、己が血族にグラダの血が流れていると言い出した。彼は他の部族にもグラダの血脈がいる筈だと言い、同じ様な言い伝えを家族の中で持っている5人の神官とグループを作った。ブーカが2人とサスコシ1人、マスケゴ1人、それに怪しからぬことに、あの控えめで慎重な部族であるグワマナも1人・・・彼等はこう言い出したのだ。
『神官は世襲制にすべきである』と。」

 え〜っと思わず声を出してしまったデネロス少尉が慌てて自分の手で口を押さえた。誰も彼女を咎めなかった。近衛兵達は皆彼女と同じ思いだったのだ。
 グラダ族の血が遠い時代に混ざっていてもおかしくない。それを家族の中で代々言い伝えられても不思議でない。しかし、神官を世襲制にすると言うのは突飛ではないか? ”ヴェルデ・シエロ”は王族と言うものを持ったことがない。貴族と呼ばれる家系があるが、それは代々同じ仕事をして来た家であって、それも世襲ではなく、子孫がその仕事をする能力がなければ養子を迎えたり、技術を他家に伝えて絶やさぬようするだけだ。
 神官は長老会が一族の中の子供達から選出する。全員遠い親戚であっても世襲の対象者ではない。
 アスマ神官は馬鹿馬鹿しいと言いたげに天井に視線を向けた。

「神官は一族の中で政治を行うが、セルバ共和国の政治に口を出さない。それが我々一族が生き延びてこられた理由だ。世襲にすれば、必ず実務世界で権力を欲するようになる。 そして表舞台に出れば、我々一族の存在が世に知られてしまう。」

 "ヴェルデ・シエロ”は他人の目を見て相手の脳を支配する能力を有している。これは部族に関係なく彼等種の共通の能力だ。だから他の種族がそれを知れば、きっと恐怖を抱き、排除しようとするだろう。それを古代の支配力を失った時に”ヴェルデ・シエロ”は思い知らされたのだ。それ以来、ずっと正体を隠して生き延びてきた。彼等は目立ってはいけないのだ。


2025/01/24

第11部  内乱        6

  ケツァル少佐とデネロス少尉は6人の神殿近衛兵と2人の神官と共に、会所と呼ばれた近衛兵の控えの建物に入った。簡素な建物だ。外観は森に溶け込んで建物があるように見えない。内装は石を敷いた床、細長い壁に作り付けのベンチ、ハンモックが4つ、木製のテーブルと椅子が数脚あるだけだった。装飾品はなく、近衛兵の荷物らしきリュックがいくつか隅に置かれていた。一つだけ、奥の壁に作り付けられた棚にアサルト・ライフルが近衛兵の人数分収納されていた。
 キロス中尉は神官と上級将校であるケツァル少佐に椅子を勧め、彼女の仲間とデネロスはベンチに銘々腰を降ろした。

「それでは・・・」

と彼女は神官に向き直った。

「畏れ多いことですが、今何が起きているのかを、私どもにご説明頂きたい。」

 アスマ神官が「私から話そう」と立ち上がった。

「ことの始まりは、1年前、”名を秘めた女の人”が白いジャガーの夢を見られたことだ。」

 ”曙のピラミッド”に住まう大巫女の夢は予言であったり、一族の命運に関わる意見であったりする。それを解釈するのが大神官の役割だ。

「大神官代理マレンカ様は、こう解釈された。グラダが戻って来る、と。」

 近衛兵達が思わずケツァル少佐を見たが、少佐は眉ひとつ動かさなかった。彼女が純血のグラダ族であることは誰でも知っている。それに女性は巫女でない限り政治に関わらないことが一族の中の常識だった。

「神官達は、ケツァル少佐かその兄弟が子を生むのだろうと、そう思った。それは、失礼に聞こえるかも知れないが、大した問題ではなかった。少佐が誰と結ばれようと、兄弟達がどんな相手を選ぼうと、生まれてくる子供は純血のグラダではない。そして我々は少佐とその家族の心が政治にないことも知っているつもりだ。」

 ケツァル少佐が小さく首を振って同意を示した。彼女は、今耳にしているアスマ神官の言葉意外のことを考えないよう努めていた。もっと大きな秘密があることを誰にも悟られてはならない。

「もし次の純血のグラダが生まれるとしても、それは世代を超えた未来のことだ。夢の解釈はそこで終わる筈であった。」

 アスマ神官はエダの神殿の方角をチラリと見た。内部に残っている同僚の存在が気になるのだろう。彼は数秒後にまた女性達に視線を戻した。

2025/01/23

第11部  内乱        5

  アスマ神官はサスコシ族だ。カエンシット神官とは親族関係だ。ケツァル少佐は彼の存在を忘れていた己の間抜けさに心の中で毒づいた。結界を張っていたのは3人だったのか?
 アスマ神官は少佐を見て、小さな溜め息をついた。

「グラダ・シティで動きがありましたね、少佐?」
「スィ。あれは貴方の指図ですか?」
「ノ、私は首都で何が起きたか、知らされていません。ここにいる神官は全員エダの神殿の外でこの数日に起きたことを知りません。しかし、貴女がここに来たのは、神殿に関することで何かが起きたのでしょう?」

 彼の言葉をどこまで信じて良いのか判断しかねているケツァル少佐の横で、キロス中尉が発言した。

「神官殿、我々にはグラダ・シティで起きていること、このエダの神殿で起きていること、何もわかりません。どうか我々にわかる言葉で教えて頂けないでしょうか?」

 ケツァル少佐も頷いた。

「私からもお願いします。キロス中尉と私だけでなく、他の近衛兵達にも説明をお願いしたい。」

 アスマ神官はカエンシット神官の顔を見た。しかし視線は合わせなかったので、”心話”で内緒話をした様子はなかった。

「今、我々が心配しているのは、他部族の神官がここから出て行くことです。結界を張りたいが、我々だけではこの建物を覆う範囲しか張れない。ブーカの近衛兵の力を貸していただければ、敷地全体をカバー出来ます。それから控の会所に移動して話しましょう。」

 カエンシット神官の提案に、ケツァル少佐は言った。

「私一人で大丈夫です。他の神官達はこの建物内にいらっしゃるのですね?」
「この建物内のどこかにいます。」

 カエンシット神官はちょっと苛っとした口調になった。

「意見が割れて、恥ずかしいことに、口論になったのです。その後、ブーカの神官の半分が”話し合いの間”から出て行った。我々は彼等をここから出したくないのです。だから結界を張りました。彼等を出したくない理由はこれから教えましょう。」

 彼はちょっと頭を下げた。

「少佐、どうか結界をお願いします。 これは反逆罪に関わる事案です。」

2025/01/20

第11部  内乱        4

  カエンシット神官はサスコシ族だ。能力的にはブーカ族と同等だが、人口や政財界進出度を比べると圧倒的に劣勢だった。神官も彼一人しかいない筈で、ケツァル少佐は感じ取っていた結界がカエンシット神官とカイナ族の神官の2人で張っていたのだと知った。わずか2人で他の10人を相手にしていたのか?

「何故同僚の神官達を外に出したくなかったのです?」

 一人のサスコシ族が複数のブーカ族やマスケゴ族を相手に同等に戦えると思えなかった。それに、滅多に人前に出ないオクターリャ族の神官も力が強いだろう。
 カエンシットは少し躊躇ってから、「そこで待て」と言い、素早く身を翻して通路の奥へ姿を消した。彼が結界で押さえつけていた他部族の神官達の様子を見に行ったのだろうか。
 少佐はキロス中尉を見た。 中尉が”心話”で話しかけてきた。

ーー神官達は何か仲違いをしているのでしょうか?
ーー大神官代理の後継者選びで意見が割れていることは確実でしょうね。

 中尉にすれば、大統領警護隊より身近にいる上司になる神官の意見が割れることは、任務の方向性そのものに関わるのだ。神殿近衛兵は神殿に穢れが入ったり、暴漢が侵入することを防ぐ仕事をしている。神殿内部で問題が起きれば、神官の指図で不穏分子を取り除くのも役目だ。しかし、その神官自体が不穏分子であった場合、近衛兵は長老会に指示を仰がねばならない。長老会が大統領警護隊の実質上の司令塔だからだ。エダの神殿は長老会がいるグラダ・シティの神殿から遠い・・・。
 奥から足音が近づいて来た。 ”ヴェルデ・シエロ”は通常足音を立てないから、これは待っている人に「そこへ行く」と告げているのだ。少佐と中尉は姿勢を正て立った。彼女達の前にカエンシットとアスマ両神官が現れた。

2025/01/16

第11部  内乱        3

 男性の姿が小さな部屋の反対側の壁際に立っていた。神官だ。大昔の壁画の様な裸に装飾品を付けた姿ではなく、白いざっくりしたチュニックに褐色のズボンをはいた服装で、神官であることを示す幅広のネックレスを首から掛けていた。彼はケツァル少佐を認めると声を掛けてきた。

「結界を破ったのは君か?」
「スィ。」

 少佐は相手が発する微かな気を読み取った。

「貴方が結界を張られたのですね?」

 その質問には答えず、彼は少佐の後ろを目を細めて見た。

「女達がきている様だが、ここは女人禁制だ。」
「現代的ではありませんね。」

 少佐は階段から離れ、前に数歩進んだ。

「神官達が神殿に集まり、次期大神官代理の選出方法を話し合われていると推測しますが、結界を張る必要があるのでしょうか。それも神殿の外に。」

 キロス中尉が少佐の横に来た。

「我々を遠ざける理由をお聞かせください、 カエンシット様。」
「中尉・・・」

 神官が溜め息をついた。

「君達を遠ざけたのではない、同僚を外に出さないようにしたのだ。」
 

2025/01/15

第11部  内乱        2

 「普段、私達近衛兵は神殿横の集会所と呼ばれる場所で待機しています。」

とキロス中尉が囁いた。

「神殿内部には女性が入ることは禁止されているのです。」
「旧態依然の問題ですね。」

 ケツァル少佐はあっさりと言い切り、神殿の中に足を踏み入れた。石の暗い通路が伸びていた。照明はない。 ”ヴェルデ・シエロ”には必要ないからだ。床は少し埃が溜まっていた。普段人が来ない神殿だから、掃除が行き届いていない。近衛兵も神官も掃除などしないのだ。その埃の中に数人の人間が歩いた跡が残っていた。入った跡はあるが出て行った跡はない。神官達は中に籠ったきりなのだろう。食事や排泄はどうしているのだろう、とデネロス少尉は素朴に疑問を抱いた。神官がエダの神殿に篭って何日経っているのだ? 神殿の周囲に結界を張った人間がいるのだから、力は保持しているだろう。備蓄食糧でもあるのか? それとも近衛兵に見つからないよう出入りする通路でもあるのだろうか。
 10メートルも行かないうちに通路は階段になった。地下へ降りるようだ。キロス中尉が後ろを振り返り、ナカイ少尉を指差した。 ”心話”で命令したようで、ナカイは敬礼すると足を止めたまま、そこに残った。見張りだ。もし仲間が戻らなければ、本部へ連絡する役目も与えられたのだろう。
 ケツァル少佐は中尉に頷き、彼女の判断を承認した。
 彼女達はさらに足を進め、階段を下って行った。デネロス少尉は微かに蝋燭が燃える匂いを嗅ぎ取った。珍しく照明を用いている部屋があるようだ。階段の途中の壁にニッチの様な棚があり、そこに蝋燭が1本点されていた。マリア・アクサ少尉が殆ど音にならない声でデネロスに教えてくれた。

「酸素があることを確認している。」

 デネロスは理解した、と頷いた。
 ケツァル少佐が階段の最後の段を降りて足を止めた。前を向いたままで手を後ろに突き出し、「待て」と合図した。近衛兵とデネロスは階段の中途で立ち止まった。
 

2025/01/12

第11部  内乱        1

  ケツァル少佐は空中に右手を差し出した。彼女の目には微かにシルクのカーテンのようなものが見えていた。そのカーテンは彼女の指先が触れると、そこからパッと円形に穴が開いてその口がスッと広がって行った。少佐の後ろに控えていたマハルダ・デネロス少尉とキロス中尉、その部下5人には見えなかったが、彼女達を神殿から遠ざけていた力がスッと後退して行くのが感じられた。

ーー結界が破られた!

 ”ヴェルデ・シエロ”にとって、他人の結界を破ることが出来るのは、結界を張った人間が己より下位の力しか持たない部族である場合だ。一般にブーカ族が現存する一族の中で最も強く、それにサスコシ族とオクターリャ族が続くと言われているが、その力の差はさほど大きくなく、修行を積んだ者なら部族間の差は殆どない。互いの結界を破れないことはないが、実行する時は己の脳への損傷を覚悟しなければならない。下位の能力者であるマスケゴ族、カイナ族とグワマナ族は上位能力者の結界を破れない。見えない壁の様なものにぶつかって先へ進むことが出来ない。脳の損傷以前の問題で物理的に無理なのだ。
 ケツァル少佐は「最強」と呼ばれるグラダ族最後の純血種と言われている。その力を、神殿近衛兵達は目の前で見せつけられたのだ。
 少佐にとっては、他人の結界を破ることはなんでもないことだった。張った人間は修行を積んだ神官だが、サスコシ族とカイナ族の神官だ。彼女にとっては「なんてことない」能力者達だった。

ーーもし、これがカルロやアンドレが張った結界なら、ちょっと難しいだろう・・・

と彼女は心の中で呟いた。弟のカルロ・ステファンは結界を張るのが苦手だし、アンドレ・ギャラガは他部族他人種の血が混ざっているが、グラダ族の力をしっかり持っている。彼等が本気で結界を張れば、彼女も少し覚悟が必要だったろう。脳への損傷を避けられても、エネルギーの消耗が大きくなった筈だ。ましてや、純血種のフィデル・ケサダなら、マスケゴ族として育てられていても結界は強力だ。実際にギャラガが彼の結界の強大さを証言していた。長時間にわたって動く大型バスを結界で包んで移動したと言うのだから、まともにぶつかれば、グラダ族同士でも被害を受けかねない。
 少佐は後ろの女性達を振り返った。

「私の後ろについて来なさい。遅れない様に。敵がすぐに閉じてしまう恐れがあります。」

 中にいる神官達を「敵」と表現した。神殿近衛兵達は槍を持つ手に力を入れ、足を踏み出した。


第11部  神殿        23

  一般のセルバ共和国国民は神殿の中で起きた事件について、何も知らない。そんな事件があったことすら知らない。彼等の多くは”ヴェルデ・シエロ”はまだどこかに生きていると思っているが、自分達のすぐ近くで世俗的な欲望で争っているなんて、想像すらしないのだった。  テオは、大神官代理ロア...