2025/02/12

第11部  内乱        13

 「我々は決して暴力など使わぬ・・・」

 アスマ神官はムッとして答えた。もっとも”ヴェルデ・シエロ”にとって物理的な暴力だけでなく、精神波で相手の身体に危害を加えることも暴力だ。呪いは暴力の中でも最も卑怯なやり方だ。

「エダの神殿内の神官達にこちらへ来ていただきましょうよ!」

とデネロス少尉が提案した。彼女は最も頼りになる上官を見た。

「少佐、無理でしょうか?」
「無理ではありません。」

 ケツァル少佐は少し面白いと感じていた。神官は普段威張っている。滅多に大統領警護隊の前に出て来ないし、神聖な存在として直接話しかけることも出来ない立場の人々だ。その人々を神殿の外に呼び出す。

「エダの神殿の中にいらっしゃると言うことは、とても好都合です。私の”感応”が遠くへ散開することもありません。」
「”感応”を使うのですか?」

 キロス中尉が少し衝撃を受けた。 ”感応”は普通親が子を呼んだり、上官が部下を呼ぶときに使う。目上の人に目下の人間が使うのは非礼だ。しかし、彼女の部下達は異論を唱えなかった。みんな好奇心に満ちた目でケツァル少佐を見ていた。キロス中尉は自身も同じだと感じた。

「私もやってみてよろしいですか?」
「スィ。内容を統一しましょう。」

 一瞬少佐と中尉は視線を合わせた。神官達を呼び出す言葉を打ち合わせたのだ。そして2人の女性は互いに微笑み合い、一瞬表情を凍結させた。ほんの一瞬だ。瞬きより短い時間だった。
 アスマ神官とカエンシット神官が微かに唸った。彼等は妨害の時間すら与えられなかった。それにいつの間にか2人は他の近衛兵に小さな結界で包まれていて、彼等自身の”感応”を使える状態でもなかった。
 デネロスは近衛兵達が槍とアサルトライフルを持つのを眺めた。近衛兵達は今朝まで仕えていた神官達に敵対することも厭わないのだ。

2025/02/07

第11部  内乱        12

 「”名を秘めた女の人”は女性にばかり話しかけられ、我々神官を無視なさる・・・」

とアスマ神官が言ったので、女性達は驚いた。確かに、当代の大巫女にはその傾向がある。彼女はハニカミ屋で、男性と言葉を交わすことをあまり好まない。その代わりセルバ共和国内の純血種の”ヴェルデ・シエロ”女性にはどんどん話しかけてくる。本当はミックスの女性にも話しかけているのだが、ミックスの”ヴェルデ・シエロ”はママコナの心の声が理解出来ないのだ。
女性ばかりに大巫女が話しかけることに、今まで不満を言い立てた男性はいなかった。本当に必要ならば、彼女はちゃんと神官に肉声か侍女を通して言葉を伝えていたのだ。アスマ神官やカエンシット神官が大巫女から疎外されていると感じたのであれば、それは伝言役の侍女が彼等を避けていたとしか思えなかった。

「”名を秘めた女性”は大神官代理にお言葉を伝えていらっしゃったのでしょう。他の神官には彼から伝わると思われているだけなのでは? 貴方を除け者にしているのではないと思います。」

とデネロス少尉が臆することなく意見を述べた。近衛兵達が賛同するかの様に頷いた。

「彼女はまだ23歳か24歳です。男性と接することなく成長されました。直接男性と言葉を交わされるのは、もしかするとちょっと怖いのかも知れません。」

とカタリナ・アクサ少尉も呟いた。

「近衛兵が新しく着任する際に、”名を秘めた女の人”の謁見を受けます。私の時に、彼女は女性には微笑まれましたが、男性には緊張したお顔で挨拶されました。異性に慣れておられないのだと、私には感じられました。普段は数人の侍女だけを相手にお暮らしになられている方です。男性の体格を見て、怖いと感じられているのでしょう。」

 ケツァル少佐が話を下に戻そうとした。

「アスマ神官殿、エダの神殿の中は、現在どの様な状況になっているのです? 貴方と同じ考えの方が、反対される方達と対立されて、暴力に訴えているのではないでしょうね?」



2025/02/05

第11部  内乱        11

 「近衛兵の分際で神官に質問をするのか?」

とアスマ神官が低い声で囁いた。するとケツァル少佐が口を挟んだ。

「では、私が質問しましょう。声音で”操心”を使えないように。」

 キロス中尉や少尉達がハッとした表情になった。彼女達は一瞬だが神官の声で我を失いかけていたのだ。
 近衛兵の一人がカエンシット神官に後ろから目隠しの布を当てた。

「無礼者!」

と神官が怒鳴ったが、女性達は動じなかった。ケツァル少佐はアスマ神官の前にかがみ込み、彼の目を覗き込もうとした。アスマ神官は心を奪われるのを防ごうと目を閉じた。

「目を見なくても、私は”操心”を使えますよ。」

と少佐が脅かした。
 その時、ナカイ少尉がビクッと体を震わせた。キロス中尉とデネロス少尉がそれに気がついて彼女に顔を向けた。

「どうしました?」

とデネロスが尋ねると、ナカイ少尉は頬を微かに赤くさせて答えた。

「”名を秘めた女性”が私に命じられました。『殺さずに連れて帰れ』と・・・。」

 ああ、とセデス少尉がその意味を察した。

「大神官代理に呪いをかけたのは、このお2人のどちらかですね? 呪いを解くにはかけた本人が必要です。」
「我々は同胞を殺しません。正当防衛でない限り・・・」

 カタリナ・アクサ少尉がカエンシット神官の手を後ろでに革紐で拘束しながら言った。マリア・アクサ少尉もアスマ神官の手を縛った。

「操られるのがお嫌でしたら、正直にお話しください。」

とケツァル少佐は2人の神官に言った。

「世襲制をお考えになったことは罪でもなんでもありません。他の人間に呪いをかけたこと、罪がない”ティエラ”に毒を盛ったこと、エダの神殿内で他の神官を閉じ込めたことは長老会の審議対象になるでしょう。」


2025/02/03

第11部  内乱        10

 「信用出来ない?」

 アスマ神官とカエンシット神官がキロス中尉をキッと睨みつけた。キロス中尉は目を合わさずに言った。

「世襲派が危険だとは、我々は感じません。でもあなた方は世襲派をここに閉じ込めようとしていると仰った。何故そんなに警戒なさるのです?」

 するとマリア・アクサ少尉が中尉の考えをさらに詳しく言葉に表した。

「本当はあなた方が世襲派ではないのですか? そして大神官代理に呪いをかけたことを他の神官に知られて、外部に報告されないよう、ここに閉じ込めているのでは?」

 2人の神官が目に力を込めた、その瞬間、同時に神殿近衛兵達が力を集結させた。
 2人の神官は跳ね飛ばされ、床に転がった。アスマ神官が怒鳴った。

「人に向けて爆裂波を使ったな!」
「跳ね飛ばしただけですよ。」

とケツァル少佐が言った。

「これは大統領警護隊に認められている自衛手段に過ぎません。あなた方の細胞に何も危害を与えていない筈です。」
「神殿近衛兵は・・・」

とキロス中尉が湧き上がる感情を抑えながら言った。

「神殿内部の不穏分子を排除する枠割を担っています。究極の場合は脳への攻撃も行います。どうか、抵抗しないで頂きたい。」

 外から神殿に不穏分子が侵入するのを防ぐのは大統領警護隊警備班の役目だ。しかし内部で芽生えた不穏分子を排除するのは神殿近衛兵の仕事だった。

「ここへ連れてきた護衛が女性ばかりなのは奇妙だと思っていました。」

とキロス中尉は腹立たしげに言った。

「万が一我々があなた方の思い通りに動かなくても、女の力なら制することが出来ると思ったのではないですか?」
「女を舐めてるわね。」

とデネロス少尉が呟いた。
 ナカイ少尉が上官の任務遂行を待ちきれずに尋ねた。

「あなた方の仲間は他に誰がいるのですか?」


2025/01/31

第11部  内乱        9

  デネロス少尉はもう一度ケツァル少佐の目を見た。一瞬で”心話”が交わされた。

ーーこの2人の神官の話はどこかおかしくないですか?

とデネロスは上官に意見を述べた。

ーー大神官代理に呪いをかけた神官が現在神殿内に閉じ込められているとして、閉じ込める目的は何でしょう? 数人のサスコシ族とカイナ族でブーカや他の部族を封じ込めることは可能でしょうか?

 ケツァル少佐も即答した。

ーー呪いはかけた本人にしか解けません。しかし複数の人間が大神官代理一人を呪うのはおかしな話です。世襲制に反対しているのは彼だけではないでしょう。

 そんな会話がコンマ1秒で交わされた。そして2人の大統領警護隊文化保護担当部の隊員は同じ結論を得た。

 アスマ神官とカエンシット神官は信用出来ない。

 デネロスはキロス中尉を見た。彼女のB Fと同姓で同じ階級の神殿近衛兵は、ちょっと顔をこわばらせている様に見えた。神官達の話を信じて異常事態だと思っているのか、それともやはり何か胡散臭いものを感じて不愉快なのか。
 デネロスは無邪気な顔で神官に尋ねた。

「私、あまり賢くないのでよくわからないのですが、呪いって、大神官代理の様な強い人でもかけられてしまうのでしょうか?」

 アスマ神官が優しい笑で彼女を見た。無知の子供を諭すように言った。

「大神官代理は普通のブーカ族だ。だから他者からの攻撃を跳ね返すことが出来なかった。」
「すると、呪いをかけたのは同じブーカ族なんですね? その・・・スワレとか言う?」
「スワレが犯人かどうかはまだわからない。だがブーカ族は他にもいるし、彼等が力を合わせればマレンカ殿はひとたまりもなかっただろう。」
「それじゃ、病気にしないで、さっさと殺しちゃえば良いじゃないですか。」

 ちょっと過激な言葉をデネロスが出したので、ケツァル少佐が「これ!」と注意した。
アスマ神官が苦笑した。

「穏やかに反対派を排除しようとしたのではないかな?」
「穏やかにって・・・」

 デネロス少尉はしつこく言った。

「反対派は大神官代理だけじゃないですよね? 悠長なことをしていたら、長老会に報告されちゃいますよ。」

 カエンシット神官が少しうんざりした顔になった。

「この”出来損ない”の少尉は何にこだわっているのだ?」

 その場の空気がビーンと凍りついた様になった。デネロス少尉はケツァル少佐が怒った、と思った。 ”出来損ない”と言う純血種以外の人間に対する差別用語を神官が使ったからだ。しかし、意外な人が発言した。

「彼女がこだわっているのは、あなた方のお話が信用出来ないってことですよ。」

 キロス中尉だった。

2025/01/27

第11部  内乱        8

 「大神官代理マレンカ殿は、世襲制と言う考えに批判的だった。彼は何故神官が世襲制でないのかを、スワレ達に穏やかに説いて聞かせた。それは我々が神官候補として幼児期から聞かされてきたおさらいだ。全員の頭に染み込んでいる筈だったのだ。しかしスワレや彼のシンパは神殿が一族の中で力を維持するのはグラダの血が必要であり、それを保つには世襲制が一番だと言う考えに固執した。
 神官は二つの会派に分かれた。直接の争いごとはなかったのだ。今まで通り、穏やかに政治に裏から介入し、祭祀を執り行う生活に変化はなかった。我々世襲制反対派は、そのまま時間が経てばやがてスワレ達の心もまた元通りになるだろうと楽観してしまった。」

 そこでアスマ神官が少し休んだ。代わりにカエンシット神官が言葉を繋いだ。

「マレンカ殿が病に冒されたことがわかったのは、半年前だった。初めのうちはあの方も疲れが溜まっていると思われたので、誰にも体の不調を伝えなかった。しかし次第に体が動かしにくくなり、腰の痛みが酷くなり、側近達が気がついて長老会に報告した。
 長老会は大神官代理に面会し、彼の体を診た。そして彼の腰の膵臓に異変を見つけた。」

 近衛兵達の中から溜め息が聞こえた。膵臓は病気になってもなかなか表に現れない。痛みが出たら、もう手遅れの段階であることが多い。

「指導師達が手当てに掛かったが、マレンカ殿の病は一向に良くならなかった。長老会は話し合い、何らかの結論を導き出した。」

 デネロス少尉が、無礼を承知で口を挟んだ。

「指導師が数人で掛かっても治せないのは、呪いがかかっているからじゃないですか?」

 アスマ神官とカエンシット神官が彼女を見た。

「君の名は?」

 訊かれて、デネロスは上官のケツァル少佐を見た。少佐が答えた。

「大統領警護隊文化保護担当部デネロス少尉です。」

 フルネームは教えなかった。だから少尉も自分の口で答えた。

「デネロスです。」

 アスマ神官が頷いた。

「純血ではないが、しっかり一族のことを学んでいる、優秀なのだな。」

 デネロスは微かに頬を赤くした。カエンシット神官が彼女に頷いて見せた。

「スィ、マレンカ殿は呪いをかけられていたのだ。」


2025/01/26

第11部  内乱        7

 「ブーカ族のスワレ神官が、己が血族にグラダの血が流れていると言い出した。彼は他の部族にもグラダの血脈がいる筈だと言い、同じ様な言い伝えを家族の中で持っている5人の神官とグループを作った。ブーカが2人とサスコシ1人、マスケゴ1人、それに怪しからぬことに、あの控えめで慎重な部族であるグワマナも1人・・・彼等はこう言い出したのだ。
『神官は世襲制にすべきである』と。」

 え〜っと思わず声を出してしまったデネロス少尉が慌てて自分の手で口を押さえた。誰も彼女を咎めなかった。近衛兵達は皆彼女と同じ思いだったのだ。
 グラダ族の血が遠い時代に混ざっていてもおかしくない。それを家族の中で代々言い伝えられても不思議でない。しかし、神官を世襲制にすると言うのは突飛ではないか? ”ヴェルデ・シエロ”は王族と言うものを持ったことがない。貴族と呼ばれる家系があるが、それは代々同じ仕事をして来た家であって、それも世襲ではなく、子孫がその仕事をする能力がなければ養子を迎えたり、技術を他家に伝えて絶やさぬようするだけだ。
 神官は長老会が一族の中の子供達から選出する。全員遠い親戚であっても世襲の対象者ではない。
 アスマ神官は馬鹿馬鹿しいと言いたげに天井に視線を向けた。

「神官は一族の中で政治を行うが、セルバ共和国の政治に口を出さない。それが我々一族が生き延びてこられた理由だ。世襲にすれば、必ず実務世界で権力を欲するようになる。 そして表舞台に出れば、我々一族の存在が世に知られてしまう。」

 "ヴェルデ・シエロ”は他人の目を見て相手の脳を支配する能力を有している。これは部族に関係なく彼等種の共通の能力だ。だから他の種族がそれを知れば、きっと恐怖を抱き、排除しようとするだろう。それを古代の支配力を失った時に”ヴェルデ・シエロ”は思い知らされたのだ。それ以来、ずっと正体を隠して生き延びてきた。彼等は目立ってはいけないのだ。


第11部  神殿        23

  一般のセルバ共和国国民は神殿の中で起きた事件について、何も知らない。そんな事件があったことすら知らない。彼等の多くは”ヴェルデ・シエロ”はまだどこかに生きていると思っているが、自分達のすぐ近くで世俗的な欲望で争っているなんて、想像すらしないのだった。  テオは、大神官代理ロア...