2025/01/31

第11部  内乱        9

  デネロス少尉はもう一度ケツァル少佐の目を見た。一瞬で”心話”が交わされた。

ーーこの2人の神官の話はどこかおかしくないですか?

とデネロスは上官に意見を述べた。

ーー大神官代理に呪いをかけた神官が現在神殿内に閉じ込められているとして、閉じ込める目的は何でしょう? 数人のサスコシ族とカイナ族でブーカや他の部族を封じ込めることは可能でしょうか?

 ケツァル少佐も即答した。

ーー呪いはかけた本人にしか解けません。しかし複数の人間が大神官代理一人を呪うのはおかしな話です。世襲制に反対しているのは彼だけではないでしょう。

 そんな会話がコンマ1秒で交わされた。そして2人の大統領警護隊文化保護担当部の隊員は同じ結論を得た。

 アスマ神官とカエンシット神官は信用出来ない。

 デネロスはキロス中尉を見た。彼女のB Fと同姓で同じ階級の神殿近衛兵は、ちょっと顔をこわばらせている様に見えた。神官達の話を信じて異常事態だと思っているのか、それともやはり何か胡散臭いものを感じて不愉快なのか。
 デネロスは無邪気な顔で神官に尋ねた。

「私、あまり賢くないのでよくわからないのですが、呪いって、大神官代理の様な強い人でもかけられてしまうのでしょうか?」

 アスマ神官が優しい笑で彼女を見た。無知の子供を諭すように言った。

「大神官代理は普通のブーカ族だ。だから他者からの攻撃を跳ね返すことが出来なかった。」
「すると、呪いをかけたのは同じブーカ族なんですね? その・・・スワレとか言う?」
「スワレが犯人かどうかはまだわからない。だがブーカ族は他にもいるし、彼等が力を合わせればマレンカ殿はひとたまりもなかっただろう。」
「それじゃ、病気にしないで、さっさと殺しちゃえば良いじゃないですか。」

 ちょっと過激な言葉をデネロスが出したので、ケツァル少佐が「これ!」と注意した。
アスマ神官が苦笑した。

「穏やかに反対派を排除しようとしたのではないかな?」
「穏やかにって・・・」

 デネロス少尉はしつこく言った。

「反対派は大神官代理だけじゃないですよね? 悠長なことをしていたら、長老会に報告されちゃいますよ。」

 カエンシット神官が少しうんざりした顔になった。

「この”出来損ない”の少尉は何にこだわっているのだ?」

 その場の空気がビーンと凍りついた様になった。デネロス少尉はケツァル少佐が怒った、と思った。 ”出来損ない”と言う純血種以外の人間に対する差別用語を神官が使ったからだ。しかし、意外な人が発言した。

「彼女がこだわっているのは、あなた方のお話が信用出来ないってことですよ。」

 キロス中尉だった。

2025/01/27

第11部  内乱        8

 「大神官代理マレンカ殿は、世襲制と言う考えに批判的だった。彼は何故神官が世襲制でないのかを、スワレ達に穏やかに説いて聞かせた。それは我々が神官候補として幼児期から聞かされてきたおさらいだ。全員の頭に染み込んでいる筈だったのだ。しかしスワレや彼のシンパは神殿が一族の中で力を維持するのはグラダの血が必要であり、それを保つには世襲制が一番だと言う考えに固執した。
 神官は二つの会派に分かれた。直接の争いごとはなかったのだ。今まで通り、穏やかに政治に裏から介入し、祭祀を執り行う生活に変化はなかった。我々世襲制反対派は、そのまま時間が経てばやがてスワレ達の心もまた元通りになるだろうと楽観してしまった。」

 そこでアスマ神官が少し休んだ。代わりにカエンシット神官が言葉を繋いだ。

「マレンカ殿が病に冒されたことがわかったのは、半年前だった。初めのうちはあの方も疲れが溜まっていると思われたので、誰にも体の不調を伝えなかった。しかし次第に体が動かしにくくなり、腰の痛みが酷くなり、側近達が気がついて長老会に報告した。
 長老会は大神官代理に面会し、彼の体を診た。そして彼の腰の膵臓に異変を見つけた。」

 近衛兵達の中から溜め息が聞こえた。膵臓は病気になってもなかなか表に現れない。痛みが出たら、もう手遅れの段階であることが多い。

「指導師達が手当てに掛かったが、マレンカ殿の病は一向に良くならなかった。長老会は話し合い、何らかの結論を導き出した。」

 デネロス少尉が、無礼を承知で口を挟んだ。

「指導師が数人で掛かっても治せないのは、呪いがかかっているからじゃないですか?」

 アスマ神官とカエンシット神官が彼女を見た。

「君の名は?」

 訊かれて、デネロスは上官のケツァル少佐を見た。少佐が答えた。

「大統領警護隊文化保護担当部デネロス少尉です。」

 フルネームは教えなかった。だから少尉も自分の口で答えた。

「デネロスです。」

 アスマ神官が頷いた。

「純血ではないが、しっかり一族のことを学んでいる、優秀なのだな。」

 デネロスは微かに頬を赤くした。カエンシット神官が彼女に頷いて見せた。

「スィ、マレンカ殿は呪いをかけられていたのだ。」


2025/01/26

第11部  内乱        7

 「ブーカ族のスワレ神官が、己が血族にグラダの血が流れていると言い出した。彼は他の部族にもグラダの血脈がいる筈だと言い、同じ様な言い伝えを家族の中で持っている5人の神官とグループを作った。ブーカが2人とサスコシ1人、マスケゴ1人、それに怪しからぬことに、あの控えめで慎重な部族であるグワマナも1人・・・彼等はこう言い出したのだ。
『神官は世襲制にすべきである』と。」

 え〜っと思わず声を出してしまったデネロス少尉が慌てて自分の手で口を押さえた。誰も彼女を咎めなかった。近衛兵達は皆彼女と同じ思いだったのだ。
 グラダ族の血が遠い時代に混ざっていてもおかしくない。それを家族の中で代々言い伝えられても不思議でない。しかし、神官を世襲制にすると言うのは突飛ではないか? ”ヴェルデ・シエロ”は王族と言うものを持ったことがない。貴族と呼ばれる家系があるが、それは代々同じ仕事をして来た家であって、それも世襲ではなく、子孫がその仕事をする能力がなければ養子を迎えたり、技術を他家に伝えて絶やさぬようするだけだ。
 神官は長老会が一族の中の子供達から選出する。全員遠い親戚であっても世襲の対象者ではない。
 アスマ神官は馬鹿馬鹿しいと言いたげに天井に視線を向けた。

「神官は一族の中で政治を行うが、セルバ共和国の政治に口を出さない。それが我々一族が生き延びてこられた理由だ。世襲にすれば、必ず実務世界で権力を欲するようになる。 そして表舞台に出れば、我々一族の存在が世に知られてしまう。」

 "ヴェルデ・シエロ”は他人の目を見て相手の脳を支配する能力を有している。これは部族に関係なく彼等種の共通の能力だ。だから他の種族がそれを知れば、きっと恐怖を抱き、排除しようとするだろう。それを古代の支配力を失った時に”ヴェルデ・シエロ”は思い知らされたのだ。それ以来、ずっと正体を隠して生き延びてきた。彼等は目立ってはいけないのだ。


2025/01/24

第11部  内乱        6

  ケツァル少佐とデネロス少尉は6人の神殿近衛兵と2人の神官と共に、会所と呼ばれた近衛兵の控えの建物に入った。簡素な建物だ。外観は森に溶け込んで建物があるように見えない。内装は石を敷いた床、細長い壁に作り付けのベンチ、ハンモックが4つ、木製のテーブルと椅子が数脚あるだけだった。装飾品はなく、近衛兵の荷物らしきリュックがいくつか隅に置かれていた。一つだけ、奥の壁に作り付けられた棚にアサルト・ライフルが近衛兵の人数分収納されていた。
 キロス中尉は神官と上級将校であるケツァル少佐に椅子を勧め、彼女の仲間とデネロスはベンチに銘々腰を降ろした。

「それでは・・・」

と彼女は神官に向き直った。

「畏れ多いことですが、今何が起きているのかを、私どもにご説明頂きたい。」

 アスマ神官が「私から話そう」と立ち上がった。

「ことの始まりは、1年前、”名を秘めた女の人”が白いジャガーの夢を見られたことだ。」

 ”曙のピラミッド”に住まう大巫女の夢は予言であったり、一族の命運に関わる意見であったりする。それを解釈するのが大神官の役割だ。

「大神官代理マレンカ様は、こう解釈された。グラダが戻って来る、と。」

 近衛兵達が思わずケツァル少佐を見たが、少佐は眉ひとつ動かさなかった。彼女が純血のグラダ族であることは誰でも知っている。それに女性は巫女でない限り政治に関わらないことが一族の中の常識だった。

「神官達は、ケツァル少佐かその兄弟が子を生むのだろうと、そう思った。それは、失礼に聞こえるかも知れないが、大した問題ではなかった。少佐が誰と結ばれようと、兄弟達がどんな相手を選ぼうと、生まれてくる子供は純血のグラダではない。そして我々は少佐とその家族の心が政治にないことも知っているつもりだ。」

 ケツァル少佐が小さく首を振って同意を示した。彼女は、今耳にしているアスマ神官の言葉意外のことを考えないよう努めていた。もっと大きな秘密があることを誰にも悟られてはならない。

「もし次の純血のグラダが生まれるとしても、それは世代を超えた未来のことだ。夢の解釈はそこで終わる筈であった。」

 アスマ神官はエダの神殿の方角をチラリと見た。内部に残っている同僚の存在が気になるのだろう。彼は数秒後にまた女性達に視線を戻した。

2025/01/23

第11部  内乱        5

  アスマ神官はサスコシ族だ。カエンシット神官とは親族関係だ。ケツァル少佐は彼の存在を忘れていた己の間抜けさに心の中で毒づいた。結界を張っていたのは3人だったのか?
 アスマ神官は少佐を見て、小さな溜め息をついた。

「グラダ・シティで動きがありましたね、少佐?」
「スィ。あれは貴方の指図ですか?」
「ノ、私は首都で何が起きたか、知らされていません。ここにいる神官は全員エダの神殿の外でこの数日に起きたことを知りません。しかし、貴女がここに来たのは、神殿に関することで何かが起きたのでしょう?」

 彼の言葉をどこまで信じて良いのか判断しかねているケツァル少佐の横で、キロス中尉が発言した。

「神官殿、我々にはグラダ・シティで起きていること、このエダの神殿で起きていること、何もわかりません。どうか我々にわかる言葉で教えて頂けないでしょうか?」

 ケツァル少佐も頷いた。

「私からもお願いします。キロス中尉と私だけでなく、他の近衛兵達にも説明をお願いしたい。」

 アスマ神官はカエンシット神官の顔を見た。しかし視線は合わせなかったので、”心話”で内緒話をした様子はなかった。

「今、我々が心配しているのは、他部族の神官がここから出て行くことです。結界を張りたいが、我々だけではこの建物を覆う範囲しか張れない。ブーカの近衛兵の力を貸していただければ、敷地全体をカバー出来ます。それから控の会所に移動して話しましょう。」

 カエンシット神官の提案に、ケツァル少佐は言った。

「私一人で大丈夫です。他の神官達はこの建物内にいらっしゃるのですね?」
「この建物内のどこかにいます。」

 カエンシット神官はちょっと苛っとした口調になった。

「意見が割れて、恥ずかしいことに、口論になったのです。その後、ブーカの神官の半分が”話し合いの間”から出て行った。我々は彼等をここから出したくないのです。だから結界を張りました。彼等を出したくない理由はこれから教えましょう。」

 彼はちょっと頭を下げた。

「少佐、どうか結界をお願いします。 これは反逆罪に関わる事案です。」

2025/01/20

第11部  内乱        4

  カエンシット神官はサスコシ族だ。能力的にはブーカ族と同等だが、人口や政財界進出度を比べると圧倒的に劣勢だった。神官も彼一人しかいない筈で、ケツァル少佐は感じ取っていた結界がカエンシット神官とカイナ族の神官の2人で張っていたのだと知った。わずか2人で他の10人を相手にしていたのか?

「何故同僚の神官達を外に出したくなかったのです?」

 一人のサスコシ族が複数のブーカ族やマスケゴ族を相手に同等に戦えると思えなかった。それに、滅多に人前に出ないオクターリャ族の神官も力が強いだろう。
 カエンシットは少し躊躇ってから、「そこで待て」と言い、素早く身を翻して通路の奥へ姿を消した。彼が結界で押さえつけていた他部族の神官達の様子を見に行ったのだろうか。
 少佐はキロス中尉を見た。 中尉が”心話”で話しかけてきた。

ーー神官達は何か仲違いをしているのでしょうか?
ーー大神官代理の後継者選びで意見が割れていることは確実でしょうね。

 中尉にすれば、大統領警護隊より身近にいる上司になる神官の意見が割れることは、任務の方向性そのものに関わるのだ。神殿近衛兵は神殿に穢れが入ったり、暴漢が侵入することを防ぐ仕事をしている。神殿内部で問題が起きれば、神官の指図で不穏分子を取り除くのも役目だ。しかし、その神官自体が不穏分子であった場合、近衛兵は長老会に指示を仰がねばならない。長老会が大統領警護隊の実質上の司令塔だからだ。エダの神殿は長老会がいるグラダ・シティの神殿から遠い・・・。
 奥から足音が近づいて来た。 ”ヴェルデ・シエロ”は通常足音を立てないから、これは待っている人に「そこへ行く」と告げているのだ。少佐と中尉は姿勢を正て立った。彼女達の前にカエンシットとアスマ両神官が現れた。

2025/01/16

第11部  内乱        3

 男性の姿が小さな部屋の反対側の壁際に立っていた。神官だ。大昔の壁画の様な裸に装飾品を付けた姿ではなく、白いざっくりしたチュニックに褐色のズボンをはいた服装で、神官であることを示す幅広のネックレスを首から掛けていた。彼はケツァル少佐を認めると声を掛けてきた。

「結界を破ったのは君か?」
「スィ。」

 少佐は相手が発する微かな気を読み取った。

「貴方が結界を張られたのですね?」

 その質問には答えず、彼は少佐の後ろを目を細めて見た。

「女達がきている様だが、ここは女人禁制だ。」
「現代的ではありませんね。」

 少佐は階段から離れ、前に数歩進んだ。

「神官達が神殿に集まり、次期大神官代理の選出方法を話し合われていると推測しますが、結界を張る必要があるのでしょうか。それも神殿の外に。」

 キロス中尉が少佐の横に来た。

「我々を遠ざける理由をお聞かせください、 カエンシット様。」
「中尉・・・」

 神官が溜め息をついた。

「君達を遠ざけたのではない、同僚を外に出さないようにしたのだ。」
 

第11部  内乱        25

 テオが彼自身の寝室に入ってすぐに電話に着信があった。見るとケツァル少佐からだった。 ーー1人ですか? 「ノ、ロホ、アスル、それにアンドレがリビングにいる。」 ーーでは、1分後に行きます。  テオは急いで寝室を出てリビングに向かった。そこでは大統領警護隊の男性隊員達が寝る体制に入...