2024/09/13

第11部  石の目的      29

 「遠い祖先にグラダがいるかどうかなんて、D N A分析でもしなけりゃ、わからないだろう。」

とテオは断じた。

「それに純血種のブーカと名乗っていても、実際はグラダの因子を持っていたかも知れない。」

 ケツァル少佐がステファン大尉に尋ねた。

「アイオラ少尉はグラダの子孫を見分ける方法を知っているのですか?」
「知るわけありません。」

とステファン大尉がぶっきらぼうに答えた。

「彼は私がグラダだと知っていますが、彼と私の違いなんて気の大きさの違いでしかわからないんです。それはどの隊員も一緒ですし、私も同じです。これが出来ればグラダだ、なんて決定要因なんて誰も知らないのです。」
「私も知りません。」

と少佐は困った表情でテオを見た。

「時々長老達から、グラダだからお前はこれが出来た、わかった、とか言われますが、それは結果論で、最初から私に何か試そうとかさせようと言うものではありません。他の部族の人に出来なかったことが出来たからグラダだ、と評されるのです。」
「その少尉が探す相手は5歳未満の子供だろ?」

とテオ。

「子供に危険な試験を受けさせられないし、試験対象の子供が何人いるかもわからない。サハラ砂漠で砂粒に見えるガラス片を探せ、て言われているみたいだ。」
「ですから、ルークは私にグラダを見分ける方法はないのかと訊いて来たのです。」

 ステファン大尉はアイオラ少尉の助けになることはないのか、と探しているのだ。しかしケツァル少佐は別の疑問を考えていた。

「何故今頃になってグラダの血を神官に迎えようと言うのでしょう。ミックスの子供は大神官になる素質がないのに。」
「大神官はグラダだけだったね?」
「少なくとも半分グラダの血が必要です。」

 再びテオはフィデル・ケサダ教授の息子を脳裏に浮かべた。教授はまだ息子を外にお披露目していないが、あの赤ん坊は確実に半分グラダだ。残りの半分はブーカより力が弱いマスケゴだが、グラダの血がカバーしてくれるだろう。しかし、ケサダ教授夫妻は息子を大神官などにしたくない筈だ。
 テオはケサダ家の秘密を頭から払拭するために、ステファン大尉を揶揄った。

「神官は君が結婚して男の子を儲けることを考えていないんだな?」

 ステファン大尉がムッとした。

「私は自分の子を神官にしたくありません。」

 神官と言う職は、ケツァル少佐にもステファン大尉にも因縁の地位だ。2人の父親シュカワラスキ・マナは大神官になるべく教育され、結局それを嫌って逃亡し、一族を敵に回してたった一人で戦う羽目になったのだ。彼に掛けられた殺人容疑はその後冤罪だと判明したが、一族を混乱させ、関連する出来事で死者を出した責任は重く、少佐と大尉の姉弟にもその影響はまだ残っている。純血のグラダでもケツァル少佐は今より上の階級に昇ることが難しいし、ステファン大尉も他の隊員より出世に数倍の困難と努力が必要だ。

「神官の意図がどこにあるのか、知りたいね。」

とテオは呟き、少佐と大尉も頷いた。

2024/09/12

第11部  石の目的      28

 カルロ・ステファン大尉は話を続けた。

「ルーク・アイオラ少尉は半日ほど神殿にいて、戻って来ました。彼は戻ったことをセプルベダ少佐に報告しましたが、神殿に呼ばれた要件は口止めされているとかで語りませんでした。」
「でも、君には言ったのか?」

とテオはつい口を挟んでしまった。ケツァル少佐にちょっと睨まれたが、性分だから仕方がない。ステファン大尉は頷いた。

「ルークは”心話”では伝えられないと言って、言葉で私に相談して来ました。理由は、私が彼と同じミックスだからです。」

 大尉はテーブルに置かれたグラスから水を一口飲んだ。

「彼は神殿から・・・と言うより、ある神官から命令を受けました。5歳未満のグラダの血統を持つ男児を探し出せ、と言うものです。」

 その言葉に、少佐とテオは思わず顔を見合わせた。グラダ族は古代に絶滅した。現在生きているグラダ族は、他部族との混血の子孫達が近親婚を繰り返して人為的に生み出した純血種とそれに近い人々で、テオと少佐が知る限り全部で11人だけだ。純血種は、ケツァル少佐と表向きはマスケゴ族を名乗っているフィデル・ケサダ考古学教授の2人だけだし、ステファン大尉と妹のグラシエラ・ステファンは4分の3グラダ(推定)、カルロとグラシエラの母親カタリナは4分の1ほどだ。アンドレ・ギャラガ少尉はさまざまな部族と人種が混ざり合って記録にない薄いグラダの血が能力を発現させた奇跡の存在だし、ケサダ教授の子供達5人は父親同様表向きはマスケゴ族の、マスケゴ族とのミックスだ。ただ・・・

「ケサダ教授の息子はまだ1歳だよな・・・」

 テオの言葉に、ステファンが不思議そうな顔をした。

「ケサダ教授の息子?」

 ケツァル少佐は思いっきりテオの足をテーブルの下で蹴飛ばした。ケサダ教授はグラダ族であることを、ステファン大尉は知らないのだ。姉のケツァル少佐は、出自を秘密にしたい教授の意向を汲み取って、彼女の弟妹には教えていなかった。
 ステファン大尉は姉と親友が何か隠していると感じたが、取り敢えずそれは傍に置いておくことに決めた。

「ルークが探せと命じられたグラダの子孫と言うのは、主にブーカ族の中に混ざっている遠い祖先にグラダを持つ子供と言う意味です。」
「それはつまり・・・」

 ケツァル少佐が視線を天井に向けた。

「新しい神官にする子供を探せ、と言う意味ですね?」
「スィ。しかし、今迄神官にする子供は、各部族の旧家から選出していました。その部族の純血種と言う意味です。それが、何故今回に限ってグラダなのか、ルークは疑問に思っているのです。純血種のブーカ族ならいくらでもいるのに・・・」


2024/09/06

第11部  石の目的      27

  その夜、テオとケツァル少佐が彼等のコンドミニアムで夕食を取っていると、少佐の電話にステファン大尉が電話をかけて来た。最近遊撃班の副指揮官の仕事が忙しいのか、姉にも文化保護担当部の友人達にもずっと沙汰無しだったので、少佐はちょっと驚いて、画面に表示された大尉の名前をテオにちらりと見せた。普段はそんなことをしないので、テオも大尉が久しぶりに電話をかけて来たことを意外に思った。
 少佐は電話に出て、ちょっと弟の言葉を聞いていたが、やがて短く命令口調で言った。

「こちらへ来なさい。出て来られないのでしたら、明日、こちらからそっちへ行きます。」

 大尉が何か言い、少佐は「了解」と答えて、通話を終えた。そしてテオを見た。

「カルロがこれからここへ来ます。何か相談したいことがあるようです。」
「俺は向こうへ行っていようか。」

 テオが気を利かせて言うと、彼女は首を振った。

「ここにいてください。貴方に言えないことなら、私は彼の相談に乗りたくありません。碌なものじゃないでしょうから。」

 本部を出て相談に来るのだから、きっとややこしい碌な案件じゃないだろう、とテオは思った。
 カーラは帰った後だったので、テオと少佐は手分けして食卓を片付けた。食器を片付けてコーヒーを淹れたところへ、ドアチャイムが鳴った。少佐がインターフォンに言った。

「入って来なさい。」

 ステファン大尉はコンドミニアムの正面フロアの解錠番号を知っているので、既に2人が住んでいる最上階に上がって来ていた。ドアが開いて、大尉が入って来た。上半身は私服のTシャツで下は迷彩柄のパンツだ。テオがいるのを見て、少し躊躇ったが、テーブルの上に3人分のコーヒーが用意されているのを見て、決心したように室内に入った。

「こんばんは。突然お邪魔して申し訳ありません。」

 少佐は無駄な挨拶をしなかった。

「用件は?」

 ステファン大尉は空いた席に座った。

「部下が神官から奇妙な命令を受けまして、困って私に相談に来ました。」

 相談の相談か・・・テオは黙って大尉の顔を見つめた。少佐も黙って大尉が話を続けるのを待った。ステファン大尉はどこから話そうかとちょっと躊躇してから、語り出した。

「遊撃班に私以外に一人、ミックスの隊員がいます。8分の1アケチャ族のルーク・アイオラ少尉と言うブーカの若者です。能力的には純血種と変わらない優秀な男です。そのルークが2週間前に神殿に一人だけ召喚されました。セプルベダ少佐を通してですが、少佐は何故彼だけが神殿に呼ばれたのか理由をご存知ありません。ですから、ルークが何か神殿を冒涜するような粗相でもしたのかと心配されました。」


2024/09/04

第11部  石の目的      26

「その”サンキフエラの心臓”と呼ばれる石ですが・・・」

 テオは微かに抱いていた疑問を初めて口に出した。

「”ヴェルデ・シエロ”には効かないと聞きましたが、それは”ツィンル”限定でしょうか? それとも遠い祖先に”ヴェルデ・シエロ”がいる現代の”ティエラ”にも効果はないのでしょうか?」

 ウイノカ・マレンカがピクリと眉を動かした。

「ミックスに効果があるかないかと言うことですか・・・」

 彼は腕組みした。

「うーん・・・うっかりしていました。そこまで我々は考えていなかった。」
「厨房スタッフは全員”ティエラ”だと聞きましたが、純血の”ティエラ”だったのでしょうか。」
「それが問題です。」

 彼は腕を解いた。

「少なくとも一族と認められた人がスタッフに入っていたのかどうか、確認していないと思います。採用する時に出自まで詳細に調べたりしません。その人自身の過去の履歴や人柄、料理の腕前を見るだけだと思います。先祖を遡って調べるなど・・・」

 彼はテオに正面を向けた。

「貴方の言葉で、犯人の目的が一つ分かったような気がします。」
「石の効果がミックスにも効かないのか、どの程度の血の濃さまで駄目なのか、調べたかった・・・」
「それがどう言う意味があるのか、まだ分かりませんが、私はこれから神殿に戻って、厨房スタッフの身元をもっと詳細に調べてみます。」

 ウイノカ・マレンカはテオに丁寧に別れの挨拶をして、素早く駐車場の片隅に置いてあった自転車に乗ると走り去った。 

2024/09/03

第11部  石の目的      25

 「つまり、文化保護担当部にも伝えると言う前提で、話してくれと言うことですね。」
「誰から聞いたとは言いません。」

 テオの言葉にウイノカ・マレンカはちょっと黙り込んだ。テオに語り、それが文化保護担当部に伝わることによって起きるかも知れないリスクを想像しているのだろう、とテオは予想した。
 1分後、ウイノカ・マレンカがふーっと息を吐いた。

「わかりました。弟達の口の固さは認めます。だが、最初はケツァルだけに話してください。」

 ケツァル少佐なら部下に話すか話さない方が良いか正しく判断出来るだろうと言うことだ。テオは「約束します」と答えた。ウイノカ・マレンカは頷いた。彼は駐車場の中を見回してから、言った。

「”サンキフエラの心臓”を持ち出した警備隊員は、石をアスマ神官から渡されたと言いました。」
「アスマって・・・少佐が石を預けた神官ですよ。」
「スィ。少佐から石を預けられた時、アスマ神官は宝物庫に石を納めると言ったのですが、もし本当にそうしたのなら、我々神殿近衛兵の立ち合いの下で宝物庫を開いた筈です。しかし私の同僚も私も誰もそんな指図を受けていないし、アスマ神官と宝物庫に行ってもいません。」
「つまり、その神官は石を宝物庫に納めなかった・・・。」
「個人的に持っていたと思えます。恐らく他の神官は”サンキフエラの心臓”の報告も受けていないのではないか、と我々は現在考えています。」
「神官達はまだ戻らないのですか?」
「まだ戻りません。こちらから連絡を取ることは許されていません。」
「大統領府の厨房スタッフが毒を飲まされたのは、神官が出かけた後ですか?」
「スィ。ですから、毒を仕込んだのは警備隊員ではないかと疑われたのですが、彼はただ石で病人を手当てしただけでした。アスマ神官から石を渡された時、使い方を教えられ、『必ず近日中に必要になる』と告げられたそうです。」

 テオは考え込んだ。大昔なら、それでアスマ神官は未来を予言して的中させた、と尊敬を集めたかも知れないが、現代人は彼が何らかのトリックで事件を引き起こしたと考えるのが妥当だろう。そしてアスマ神官もその程度の予想はついた筈だ。

「それで、毒を仕込んだ人間はまだわからないのですか?」
「神官が戻って来ないことには、調べようがないのです。」

 ウイノカ・マレンカは溜め息をついた。

「毒が入っていたクラマトの瓶は中古の使い回しでした。」

2024/09/02

第11部  石の目的      24

  テオが夕刻、帰り支度をして大学の職員用駐車場に行くと、彼の車にもたれかかっている男性がいた。テオはその体型に見覚えがあったので、「こんばんは」と声をかけた。サングラスをかけたその男性は、グラスをちょっとだけずらして彼を見た。

「こんばんは、ドクトル。私だとお分かりなのですね。」
「一応一度会った人は記憶しますから。」

 テオはその人物のそばへ行った。相手はロホの兄、ウイノカ・マレンカだ。

「分析結果を聞きに来られたのですね?」
「スィ。連絡方法を貴方に伝えるのを忘れていましたね、うっかりしていたので、少し焦りました。もし貴方が私のことを弟に話したら・・・」
「大丈夫、口外していません。」

 テオは鞄からクリアファイルを出した。ウイノカ・マレンカから預かった吐瀉物とカダイ師から買ったカロライナジャスミンの粉末の分析結果だ。

「毒物を生成した植物の産地は特定出来ませんでしたが、全く同一の成分の薬剤を製造販売している人は見つけました。」
「をを!」

 ウイノカ・マレンカがテオの想像以上に喜んで彼の方に身を近づけた。

「それは、民間で作られていたのですか? それとも特殊な立場の祈祷師とか・・・」
「民間の薬屋です。恐らく、大統領警護隊の人々はご存じだと思います。」

 テオの言葉に、彼はちょっと考え込んだ。彼が知っている薬屋を数軒思い起こそうとしているのだ。テオはあっさり答えを教えてやった。

「アケチャ族のカダイ師と呼ばれる人です。」
「ああ・・・」

 ウイノカ・マレンカは気が抜けた様な息を吐いた。

「間違いないのですね?」
「スィ、成分が見事に一致しました。カダイ師が薬を作る時に混ぜた炭の粉の成分も同じでした。」

 ウイノカ・マレンカは自分の額をピシャリと手で叩いた。

「そんな近くに・・・それで、カダイ師は、その薬を誰に売ったのか教えてくれましたか?」
「残念ながら、記憶を消されていました。」

 テオはデネロス少尉が聞き出したカダイ師の言葉をそのままウイノカ・マレンカに告げた。ロホの兄は溜め息をついた。

「確かに、一族の人間の仕業ですね。恐らく、”サンキフエラの心臓”の効果を試す為に薬を飲み物に仕込んだのでしょう。大統領府の厨房スタッフが毒を盛られたのは、その場所が石を持ち出して使うのに適当だと思われたからで、大統領を狙ったとはまだ言い難いです。」

 テオは質問した。

「石を持ち出した警備班の隊員は何か喋ったのでしょうか?」
「知りたいですか?」

 ウイノカ・マレンカが微かに口元に笑みを浮かべた。ケツァル少佐でも知ることが出来ない司令部の秘密事項を、この男は知っているのだ。テオは「スィ」と答えた。

「あの石は、元々文化保護担当部の仕事だったのです。俺は彼等に何も教えないと言う司令部の決定に納得出来ません。」

 

第11部  石の目的      29

 「遠い祖先にグラダがいるかどうかなんて、D N A分析でもしなけりゃ、わからないだろう。」 とテオは断じた。 「それに純血種のブーカと名乗っていても、実際はグラダの因子を持っていたかも知れない。」  ケツァル少佐がステファン大尉に尋ねた。 「アイオラ少尉はグラダの子孫を見分ける...