2022/03/08

第6部 水中遺跡   12

 「今夜来ていただいたのは、もし資金調達の目処が付いたら、申請からどれぐらいの時間で発掘許可を出していただけるか、お聞きしたかったのです。」

 モンタルボ教授はなんとか食べた物を逃さずに済んだ。テーブルに向き直り、非礼を詫びてから、そう言った。

「申請時期がいつかで、待機時間が変わります。」

とギャラガが申請受付係として言った。

「先ず、ハリケーンのシーズン前であれば、シーズンが終わるまで許可は出せません。危険だとわかっていて海に出る許可を出せませんから。それに地上遺跡と違って水中遺跡は発掘隊の準備状況の報告も必要です。許可を出したのに、これから装備を整えます、と言うのであれば、発掘シーズンが終わってしまいますから。」

 彼は御託を並べてから、締めくくった。

「取り敢えず雨季が始まる頃に予算を組んで申請を出して下さい。そしてハード面での準備を雨季の間に整えられることです。お話を伺うと助成金給付を希望されている様ですから、文化財遺跡担当課が再度の準備調査と給付検討を行う筈です。」

 彼は上官達を見た。テオは彼が”心話”で許可の合否が出る期間を質問したな、と見当をつけた。ギャラガはモンタルボ教授に視線を戻した。

「許可の合否が出るのは早くて2ヶ月後です。雨季が終わる前になりますから、そちらの準備期間は十分だと思います。」
「やはり文化財遺跡担当課が先ですか?」
「スィ。あちらが審査して通った書類を我々が再吟味するのです。」
「海でも護衛をつけていただけるのですか? 海賊とかサメとかから守っていただけますか?」
「海上の護衛は陸軍水上部隊か沿岸警備隊が行います。大統領警護隊は担当外です。」

 ロホが付け足した。

「港であなた方が水中から引き揚げる出土品をチェックします。それが我々の仕事です。」

 テオはあまり馴染みのない考古学教授に尋ねた。

「俺は今朝クエバ・ネグラから帰って来たばかりですが、現地の人に聞いたところでは、あの海域はサメが多いそうです。貴方が潜られた時はどうでしたか? サメはいましたか?」
「小さいのを2、3匹見ましたが、害はないと思いました。しかし、先ほどの写真・・・」
「馬鹿でかいサメが釣れて、その腹から出てきた犠牲者です。地元でも大騒ぎでした。」

 テオは大統領警護隊の友人達を見た。

「あっちじゃ、サメを守護者と呼ぶそうだよ。」
「普通は言いませんよ。」

とロホが不愉快そうに言った。

「もし本当にそう呼ばれているのなら、そこに何か地元民にとって大事な物があるから、と言う意味でしょう。」

 確かにそうだ。セルバで”守護者”と呼ばれるのは古代の神様ヴェルデ・シエロか、その僕と考えられている大統領警護隊のことだ。



第6部 水中遺跡   11

 「まず、会議の前にモンタルボ教授を訪ねて来た男性は、水中活動での機材を提供すると言ったのですね?」
「スィ。お金の具体的な話を向こうが始める前に私が断ってしまったので、彼から聞いたのは装備品やダイバーの調達と言った人材やハードウェアの話だけです。」
「会議の後でかかってきた電話の主は、クエバ・ネグラ沖に黄金を積んだ沈没船の言い伝えはないか、と訊きました。」

 ケツァル少佐がテオ、ロホ、ギャラガを見た。テオが言った。

「同じ人物ではなさそうだが、恐らくチャールズ・アンダーソンとか言う男も沈没船を探しているんじゃないか?」
「しかし、何故私なんです?」

とモンタルボ教授が不安そうに呟いた。

「私達が発掘許可を得たとしましょう。そこへやって来て、手を貸すと申し出て来るのであれば、筋が通りそうです。でも私はただの考古学者で、ほんの数ヶ月前にあの海に潜って岩棚を見つけたんです。新聞記事にならなかったし、町の噂にもなっていない発見を、どこで聞きつけたんです? 私があの海に関心を持っていることすら、知っている人間はいないでしょうに。」
「貴方があの海に関心を持っていると知った人間がいたのでしょう。」

とロホが言った。

「アンダーソンとか言う人物は資金を持っている。だが目立ちたくない。彼自身が関心を寄せた海域に偶然考古学者が潜って何かを見つけた。だから彼は貴方の発掘隊を隠れ蓑に別の何かを探したいのでは?」
「すると電話の主は別のトレジャーハンターで、ライバルのアンダーソンが潜りそうな海を探って先手を打とうとしている?」

とギャラガが推測を述べた。彼はちょっと面白がっている雰囲気だ。

「すると、海岸に放置されていた車だが・・・」

 テオが言うと、彼は早速店へ来る途中の車内で検索したものを再び出してきた。

「車に乗ってきた人間が海に潜っていたら、サメが来て食っちまったんですね。」

 え? とモンタルボ教授が怪訝な表情になった。彼の前に、ギャラガが遠慮なく無惨な遺骸の画像を突き出した。野次馬が撮影したものを早速S N Sにアップしたのだ。
 ウグッと声をたて、モンタルボ教授が後ろを向いた。慌てて紙ナプキンで口元を抑えた。テオは画像を見なかったが、少佐とロホは平然としていた。マナーだなんだと言う割にヴェルデ・シエロはこう言うところに鈍感だ。

「放置自動車の主、と言うか、盗難車だったらしいから、車泥棒なんだろうけど、そいつがサメに食われたのかどうか、調べなきゃな。」

 すると、少佐が嫌なことを言った。

「車内に残された泥棒のD N Aと、サメから出た死体のD N Aを比較すれば、判明出来るでしょう。」


第6部 水中遺跡   10

 「それなのですが・・・」

 モンタルボ教授はテーブルの周囲を用心深く見回した。そして再び大統領警護隊の方を向いた。

「先日の会議の前日に、スポンサーになりたいと言う人が現れまして・・・」
「会議の前?」

 ロホが顔を顰めた。それなら教授はそれを会議で言えば良かったのでは?と思ったのだ。しかし教授がそれを会議で明かさなかったのには理由があった。

「外国の企業で、アンビシャス・カンパニーと言う、聞いたこともない会社でした。」

 モンタルボ教授は携帯を出して検索結果を表示して見せた。テオが覗くと、「チャレンジ精神旺盛な研究者に資金援助して科学・文化の発展に貢献することを目的とした・・・云々」と企業案内が書かれていた。つまり、何が本当の目的なのかわからない会社だ。

「カルロス・・・つまり、チャールズでしょうが、その、チャールズ・アンダーソンと言う男が代表だと言う会社が、私に潜水用具や船やダイバーを調達してくれると言ったのです。あまりにも奇妙なので、彼等の目的は何かと私は訊いたのです。するとアンダーソンは、発掘作業を映像に撮って、それを元にトレジャーハンターをテーマにした映画を作るのだと言いました。」
「俄に信じ難い話だ。」

と思わずテオは呟いた。モンタルボ教授は首を振った。

「そうでしょう? 私は、あの海域に宝を積んだ船でも沈んでいて、それを探しているんじゃないかと疑ってしまいました。それで、援助の申し出は有り難いが、先に国の発掘許可を取らないといけないので、その時点での承諾は出来ないと断りました。」
「向こうはあっさり引き下がったのですか?」
「ええ・・・この話はなかったことにして、誰にも言わないでくれ、と言って去って行きました。」
「その人は大学に貴方を訪ねて来たのですか?」

とこれはケツァル少佐。モンタルボ教授は頷いた。彼は茶色の高そうな上質の革の鞄から、名刺入れを出し、ちょっと探してからアンダーソンなる人物からもらった名刺を出した。それを受け取って、少佐はもう一度、教授の携帯の画面を見た。

「テオ、記憶してもらえます?」

 モンタルボ教授には奇妙な要請に聞こえただろうが、テオは電話番号や住所を記憶するなら朝飯前だ。チャールズ・アンダーソンとアンビシャス・カンパニーの電話番号と住所を記憶した。一応、自分の携帯のメモリーにメモもしておいたが。
 少佐が尋ねた。

「その接触は一回きりでしたか?」
「スィ。しかし、今度は別のところから会議の後で電話がありまして・・・」
「別のところ?」
「今度の電話は名乗らないで、クエバ・ネグラ沖で黄金を積んだ船が沈んでいると言う言い伝えはないか、と言うものでした。」

 モンタルボ教授は肩をすくめた。

「そんな問い合わせは、クエバ・ネグラの誰かに訊けば良いことでしょう? 私の大学は海から離れた町にあるんですよ。私だって、南部の出身で、クエバ・ネグラは研究の為に通っているだけです。何故私にそんなことを訊いて来たのでしょう?」

 テオ達が考えや感想を述べる暇もなくモンタルボ教授は続けた。

「そして昨日の朝ですよ、クエバ・ネグラの国境警備隊から電話がかかって来たんです。海岸に車が放置されているが、私か大学関係者が使ったのではないか、とね。なんで私達がそんなことをするんです? 私が海へ行って遺跡を見つけた時は、私の車を使いました。水中の遺跡の確認して写真を撮った時は、うちの学部の仲間全員で行って、大学の車を使ったんです。バスを使ったんです。ワゴン車なんて知りません。だから私はその電話をかけて来た国境警備隊の兵隊に言いました。私達の車はちゃんと大学にある、海岸にある車はトレジャーハンターのものじゃないかってね。」

 そこで料理が運ばれて来た。教授は一旦お喋りを止め、ケツァル少佐が「食べましょう」と言った。箸とフォークが出されていたが、ヴェルデ・シエロの男達は少佐が箸を使うのを見て、すぐに使い方を覚えてしまった。中国料理を指定したモンタルボ教授は意外にもフォークを使っていた。テオも箸の使い方を遠い記憶から引き出した。
 鶏肉の甘酢餡掛けは、ロホとギャラガにとっては初めての味だったらしい。若者らしく勢いよく肉の唐揚げを口に入れたギャラガは、酢にむせて咳き込んだ。ロホは用心深く齧って、それから気に入ったのか、せっせと箸を動かした。
 最後の炒飯を食べてしまう前に少佐はデザートにマンゴーシャーベットをオーダーした。そして教授に言った。

「私はヨーロッパでも中国料理を食べましたが、母国の店のレベルはそんなに高くないと思っていました。恐らく最初に入った店のレベルが低かったのでしょう。私は中国料理に対する侮辱だと思い、それ以来母国で中国料理を出す店に入ったことがありませんでした。でもこのお店の料理はとても美味しかったです。良いお店を教えていただきました。感謝します。」
「この店の料理長は本物の中国人なのです。私もうちの学長に教えられて気に入ったのです。喜んでもらえて、私も嬉しいです。」

 デザートを待ちながら、少佐が箸を置いて、「さて」と言った。モンタルボ教授が食事が始まる前に語った奇妙な客や電話の話だ。


2022/03/07

第6部 水中遺跡   9

  一向が到着したのはグラダ・シティで一番大きなショッピングモールの駐車場だった。平日の夜だが飲食店が集まっている区画はこれからが稼ぎ時だ。広い通路にテーブルや椅子を出して客を呼び込んでいる。
 ケツァル少佐を先頭に大統領警護隊文化保護担当部とテオドール・アルストは人の波をかき分けながら歩いて行った。やがて中国料理の店の前で少佐が足を止めた。ロホが、これから彼女が落ち合う人が誰だかわかったらしく、ああ、と呟いた。テオは誰だと訊きたかったが、少佐からの紹介を待つことにした。
 少佐に気がついたのか、中年の男性が立ち上がった。

「急な呼び出しに応じていただいて、感謝します。」

と彼が言った。そして少佐の後ろに立っている男達を見た。少佐が紹介した。

「マルティネス大尉はご存知ですね?」
「スィ。先日の会議でお目にかかりました。」

 ロホは無表情で相手を見た。少佐はロホの後ろに控えていたギャラガに「前へ」と合図した。ギャラガがロホの横に立った。少佐が紹介した。

「ギャラガ少尉です。まだ私たちの部署での経験は浅いですが、行動力は上官にも負けません。」

 ギャラガは照れ臭かったが、ロホを見習って真面目な顔で立ち続けた。
 テオは少佐の部下ではないので、自分からギャラガの横に立った。少佐がどんな紹介をしてくれるのか、とちょっと不安を感じたが、少佐は真面目に相手に彼を紹介した。

「こちらはグラダ大学生物学部遺伝子工学科のアルスト准教授です。今日の昼過ぎにクエバ・ネグラから戻られたところです。」
「クエバ・ネグラから!」

 男性は薄い生地のスーツに明るい色合いのネクタイをしていた。服装は上品だし、値も張りそうだった。少佐が彼女の連れ達に彼を紹介した。

「サン・レオカディオ大学の考古学教授リカルド・モンタルボ氏です。」
「よろしく。」

 モンタルボが挨拶したので、テオも応じた。ただ、文化系の大学であるサン・レオカディオ大学に馴染みがなかったので、モンタルボ教授がどんな考古学を研究しているのかわからなかった。ムリリョ博士のように文献に残らない遺跡を探して歩いているのか、ケサダ教授の様に古代の交易ルートを研究しているのか、ンゲマ准教授のようにヴェルデ・ティエラ台頭後の熱帯雨林の遺跡専門なのか、そう言う情報が私立の大学からテオのような理系科学を研究している学者には入ってこないのだ。
 モンタルボが少佐と男達に着席を促した。会見前に食事だ。テオは中国料理が嫌いでなかったが、セルバ共和国に来てからはあまり縁がなかった。大統領警護隊の友人達がセルバ料理ばかり食べさせてくれるので、他の文化の料理を食べる機会がなかったのだ。
 少佐がメニューを眺めた。彼女は海外にも出かけることがあるので、中国料理は慣れている。しかしすぐにメニューを部下に渡してしまった。ロホはメニューを見て、困った表情になり、テオに見せた。メニューはスペイン語で書かれていたので、食材と料理法はわかるのだが、味付けがわからない。だからロホは困ったのだ。テオはアメリカ時代の記憶を頼りに、これはチリ味、これは甘酸っぱい味、これは塩味、と教えていった。横から眺めていたギャラガが痺れを切らして、指差した。

「鶏肉と豚肉、それに卵のスープ、米。」

 料理法も味付けも無視だ。それでテオは鶏肉を揚げて甘酢餡をかけたもの、豚肉を蒸して甘辛いソースをかけたもの、卵スープ、炒飯を選んだ。少佐に目で承諾を求めると、彼女が頷いた。そしてオーダーを追加した。焼きそばだ。モンタルボも野菜炒めを追加して、やっとビールで乾杯に漕ぎ着けた。

「今夜お呼び立てしたのは、他でもありません、クエバ・ネグラ沖の水中遺跡調査の件です。」

とモンタルボが料理を待つ間に切り出した。ロホが彼を見た。先日の会議で助成金給付を却下した案件だ。予算見積もりを出さなければ助成金の検討がつかないし、発掘許可も出せない。そう文化財遺跡担当課が宣告した案件だった。考古学者が、己が発見した遺跡にこだわるのは理解出来る。調査するなと言っているのではない。計画的に調査に取り掛からなければ、いつまで経っても終わらないし、事故にもなりかねない。特に水中遺跡は地上遺跡に比較にならないほど危険なのだ。お粗末な装備で貴重な遺跡を触って欲しくなかった。だから、彼は上官よりも先に口を開いた。

「文化財遺跡担当課を納得させられる資金計画の目処が立ったのですか?」

第6部 水中遺跡   8

  昼前にクエバ・ネグラを出発したので夕方になる前にグラダ・シティに到着した。大学に戻ると主任教授と学部長に出張から戻った報告をして、テオとカタラーニは研究室に入った。トカゲを飼育用水槽に入れ、捕獲場所と日時を記入したラベルを水槽に貼った。それをマルク・スニガ准教授の研究室へ持って行った。トカゲを必要としていたのは、スニガ准教授だったのだ。彼は閉所恐怖症なので洞窟に入れない。それでテオが代理で捕獲に行った。助手にやらせれば良いのにと思ったが、遠出も悪くなかったのでテオは引き受けたのだ。小一時間世間話をしてから、終業時間になったので、テオは大学を出た。
 特に約束をしていなかったが、文化・教育省の前で待っていると、職員達が閉庁時間になって一斉に出て来た。文化保護担当部は珍しく全員が揃って降りて来た。こんな場合は何か夜の予定があるのだ。テオは仲間外れにされる予感を抱きながらも声をかけてみた。するとケツァル少佐が「来い」と手を振ったので、ちょっと意外に思いつつもついて行った。
 駐車場で少佐のベンツ、ロホのビートル、テオの中古車(最近トヨタに買い替えた)の前で4人が集合だ。少佐、ロホ、ギャラガ、そしてテオ。少佐はちょっと考えてから、テオを見た。

「出張帰りですね?」
「スィ。」
「車で移動?」
「スィ。」
「では、ベンツ1台にしましょう。ロホとテオはそれぞれ自宅に一旦帰りなさい。私が順番に拾います。」

 それでロホが素早くビートルに乗り込んだので、テオも急いでトヨタに乗った。どちらもマカレオ通りに自宅があるから、前後して到着した。テオは荷物を家の中に放り込んだ。外に出て施錠するとすぐに少佐のベンツが現れた。助手席にギャラガが座っていたので、ロホとテオは後部座席だ。走り出してすぐにロホが尋ねた。

「クエバ・ネグラはどうでしたか? 国境の街は結構賑やかでしょう?」
「スィ。それに意外な人に出会ったよ。」

 テオがルカ・パエス少尉の名を告げると、ギャラガは反応しなかったが、少佐が彼は元気でしたかと尋ねた。

「元気だった。以前から無口な人だったから、殆ど話をしなかったけれどね、でも・・・」

 テオは海岸に放置されていた盗難車の話をした。パエス少尉がその車に大統領警護隊がこだわる理由を教えてくれそうだったが、同僚を気にして口を閉じてしまったことも語った。

「彼は懲戒を受けて転属になったので、同僚に悪い印象を持たれたくないのでしょう。」

とロホが評価した。

「民間人に仕事の内容を喋っては信用を取り返せなくなりますから。」

 きっとパエス少尉は窮屈な思いをして勤務しているのだろう、とテオは同情した。太平洋警備室は僅か5人の小さな部署だったが、少なくとも各自自由に仕事をしていた筈だ。機械いじりが得意だったと言うパエスは、国境警備に勤しんでいる。事務仕事が得意そうな彼の上官だったガルソン中尉は、今車両部で車の整備をしている。仕事内容が逆だったら、どちらも少し楽だったろう。
 ギャラガはテオのパエス少尉近況報告の中にチラリと出たサメの話が気になった。

「人喰いザメがいたのですか?」
「俺はこの目で見た訳じゃない。でも現場は大騒ぎだった。」

 早速ギャラガが携帯を出してネット検索を始めた。

「あ、ほんとだ、ニュースになっています。食われた人間の身元調査を開始とか・・・」

 アンドレ、とロホが声をかけた。

「食事前にそんな話は止そうぜ。」

 ところが、少佐が助手席の少尉に言った。

「これから人に会います。その情報を出来るだけ詳しく集めておきなさい。」

 

第6部 水中遺跡   7

  ほんの1時間前迄平和だったビーチがすっかり大混乱に陥っていた。誰かが通報したのだろう、セルバ共和国の官憲にしては珍しく警察と憲兵隊がすぐにやって来た。早くも砂浜でどっちの縄張りか揉め始めた。
 国境警備隊はレッカー車を引き連れてやって来た。運転手不明の盗難車を収容するのだ。大統領警護隊はルカ・パエス少尉も含めて全部で5名、まるで砂浜の喧騒が聞こえないみたいに完璧に無視して黙々と作業を指揮していた。陸軍の国境警備班は部下扱いだ。勿論ゲイトの方に大勢残っているのだろうが、エベラルド・ソロサバル曹長に指図を与え、レッカー作業を手伝わせていた。レッカー車は民間業者の様だ。砂浜をしきりと気にしていた。
 窓を黒く塗ったバンが2台やって来た。鑑識と死体収容車だ。テオは人垣のおかげで遺体を見ずに済んだことを感謝した。
 大統領警護隊が盗難車が停められていた付近を歩き回っていた。何かの手がかりを求めているのだろう。ソロサバル曹長とレッカー業者が2人で車を牽引する作業をしていたので、カタラーニがお節介にも手を貸しに行った。人助けが好きな若者だ。
 テオは大統領警護隊が盗難車を気にする理由が気になった。密入国の疑いがあるとしても、憲兵隊に任せて良いのではないか、と思ったのだ。だからパエス少尉が近くを通った時に近づいて声をかけた。

「密輸か密入国の疑いがあるのかい?」

 パエス少尉が足を止め、草むらから顔を上げた。

「そんなものですが・・・」

と曖昧な言い方をして、彼はレッカー車の後ろに繋がれたワゴン車を見た。

「発見から3日経ってから収容するには訳があります。」

 彼は同僚が近づいて来るのを見て、口を閉じた。そして、故意に声を大きくしてテオに言った。

「作業を手伝っていただいて感謝します。」

 彼はテオに敬礼すると仲間の方へ戻って行った。 盗難車が牽引されてビーチから出て行き、国境警備隊もそれぞれ車に乗り込んだ。ソロサバル曹長も自分が乗って来た車に乗った。走り去る時にテオとカタラーニに片手を上げて挨拶してくれた。
 砂浜のサメ騒動も沈静化しつつあった。憲兵隊が遺体とサメを収容して、撤収を始めた。警察は交通整理だ。人垣がバラけ始めたので、やっとテオは砂浜に乗り上げている漁船のそばに行った。
 クルーザーみたいに見えたが、そばに行けば古ぼけた大型漁船だとわかった。漁師と地元民がまだ何やら騒いでいた。テオは近くにいた男を捕まえて声をかけた。

「サメから死体が出たんだってな?」

 男は振り返ってニヤッと笑った。

「どこかの馬鹿がエル・エスタンテ・ネグロで泳いだんだ。それで守護者に飲み込まれちまったのさ。」
「エスタンテ・ネグロ? 守護者?」

 男は沖を指差した。

「あの辺りだ。大昔、岬があったって辺りでさ、海の底が平らになって黒っぽい岩の板が並んでいるんで、エスタンテ・ネグロ(黒い棚)って呼ばれている。」
「岩の板が並んでる?」

 それは遺跡じゃないのか、とテオは思ったが、口を挟むのは控えた。

「魚を網で獲るのは良いが、泳いじゃいけない。守護者・・・」

 男はサッと周囲を見回し、大統領警護隊が撤収したことを確認した。

「ヴェルデ・シエロのことじゃないぜ。ジャガーは海の中にはいないからな。ここで言う守護者って言うのは、サメのことなんだ。あの連中がエスタンテ・ネグロ周辺にいっぱいいてさ、人が泳ぐと集まってくる。だから、泳いで魚を獲っちゃいけないのさ。」

 彼は砂浜に乗り上げた漁船を見た。

「あれはホアンの船だ。ホアンは時々白人を沖へ連れて行って大物釣りをさせる。沖って、もっと遠くの沖だぜ。 カジキとかそんなの。で、今日はカジキ狙いで朝早く出たら、客がでっかいサメを見かけて、釣りたいって言ったらしい。ホアンは嫌がったが、チップを弾んでくれたんで、サメ用の仕掛けを客に教えた。」
「それで釣り上げたサメに人間が入っていたのか・・・」
「とんだ大物だよ、全く・・・」

 男はそれだけ喋りまくると、さっさと行ってしまった。
 砂がサメの血で赤く染まっていた。そのうち波に洗われるだろう。
 カタラーニが呟いた。

「なんだかトカゲを捕まえる気力が無くなっちゃいました。」


2022/03/06

第6部 水中遺跡   6

  ノミがいない宿屋を探すのもそれなりの苦労がある。チェックインした時にノミ避けスプレイを撒いておいたので、その夜は無事に眠ることが出来た。
 朝になって、チェックアウトするとテオとカタラーニは近所のカフェで朝食を取り、海岸へ行った。海辺のトカゲを捕獲してからグラダ・シティに帰ろうと言う魂胆だった。ところがビーチに近づくと、何やら人だかりしていた。砂浜に野次馬が大勢押し寄せていた。何だろうと思いつつ、ふとテオが北側を見ると、砂地が草むらに変わる辺りにワゴン車が1台停まっており、そばに兵隊が1人所在なげに立っていた。その顔に見覚えがあったので、テオは声をかけた。

「ソロサバル曹長!」

 陸軍国境警備班のエベラルド・ソロサバル曹長が振り向いた。テオとカタラーニは曹長のそばへ歩いて行った。砂が細かく歩きにくい。
 朝の挨拶を交わしてから、ビーチの人だかりの理由を尋ねると、意外な答えが返って来た。

「でかいサメが獲れたそうです。」
「サメ?」
「スィ。ホーガみたいにでかいそうです。」

 ホーガはカリブ海に住む豚のような頭の魚の怪物で、勿論民間伝承の化物だ。
 テオはビーチを見た。人々は船が戻って来るのを待っている様だ。大型の漁船らしい船がエンジン音を響かせながらビーチに近づいていた。あのまま砂に乗り上げるのか?
 人々が波打ち際に押し寄せ、船が見えなくなったので、カタラーニが人垣の方へ走って行った。テオは曹長に向き直った。 ワゴン車は国境警備班の車ではなさそうだ。ナンバーはセルバのものだが、公用車の印である国旗が描かれていなかった。

「この車は?」

 曹長が車を見た。

「持ち主不明の車です。」
「昨夜、大統領警護隊が持ち主を探していると言っていた、乗り捨てられた車?」
「スィ。」

 テオは運転席を覗き込んだ。がらんとした運転席で、荷物らしきものは見当たらなかった。後部席も空っぽだ。

「いつからここにあるんだ?」
「通報者によれば、一昨日の朝からだそうです。」

 普通なら警察が調べるのだろうが、国境警備隊が番をしたり、持ち主を探している。もしかすると密入国や密輸に関係した車なのかも知れない、とテオは思った。

「ナンバーの照会とかしてみたのか?」
「スィ。」

 当然だろうと言う顔で曹長が答えた。そしてテオが予想したことを言った。

「盗難車でした。」

 だから大統領警護隊が車をこの海岸まで運転してきた人間を探していたのだ。ゲイトを通った形跡がなかったので、まだセルバ側にいるかも知れないと夜の町を捜索していたのだろう。しかし、運転者の顔を知っているのだろうか。それともヴェルデ・シエロの勘を頼りに歩いていたのか? 
 
「それで、君はここで証拠物件の車の番をしているのか。」
「スィ。レッカーを待っています。」

 その時、ビーチに集まっていた野次馬の群れから悲鳴に似た声が上がった。テオとソロサバル曹長はそちらへ顔を向けた。数人が人垣から離れ、砂の上でゲーゲーやり出した。
 テオとソロサバル曹長は意図した訳ではなかったが、同時にその光景に背を向けた。

「サメの腹を裂いたんだな。」

とテオが囁くと、曹長が頷いた。

「そうでしょうね。そして嫌な物が出て来た・・・」

 足音が2人に向かって走って来た。

「アルスト先生!」

とカタラーニの声が怒鳴った。

「凄いものを見ちゃいました。サメの腹から人間が出て来たんですよ!」


第11部  神殿        15

 ほんの10数分だったが、テオは眠った。声をかけられて目を覚ますと、彼が住んでいるコンドミニアムの前に停車していた。アブラーン・シメネス・デ・ムリリョが運転席で微笑を浮かべて彼を眺めていた。 「疲れているんですね。何があったのか聞きませんが、貴方が大統領警護隊を呼べない状況なのだ...