火曜日の朝、テオが大学に出勤すると、研究室に入る前に考古学部のケサダ教授に声をかけられた。
「エル・ティティから戻られたのですね? 今、お時間はありますか?」
珍しく教授の方からお誘いだ。しかも心なしか少し急いでいる様に見えた。テオは始業時間を考えて、「5分ほどなら」と答えたが、これはセルバ時間で実際は10分程の余裕だった。
ケサダ教授は通路にいるにも関わらず、彼に近寄って来て囁いた。
「カサンドラの部下が、北部の遺跡で何か厄介な拾い物をしたそうです。」
「え?」
テオが驚いて見返すと、教授はそっと周囲を見回して、声が聞こえる範囲に学生がいないことを確認した。遺跡で「厄介な拾い物」と言えば、この場では「悪霊に取り憑かれた」と言う意味に解釈出来た。
「カサンドラが義父(ムリリョ博士)に相談して、義父はマスケゴの力では手に負えないと判断し、私に大統領警護隊に連絡しろと言って来ました。」
それなら博士が直接文化教育省へ行けば良いのに、とテオは思ったが、博士には博士の都合があるのだろう。ケサダ教授はマスケゴ族として育てられたグラダ族で、悪霊を祓う訓練を受けていない。自分自身や近くにいる人間をその場で守ることは出来ても、悪い霊に取り憑かれた人から悪霊を追い払う技術は習得していないのだ。それに「カサンドラの部下」と言う人は恐らく普通の人間”ティエラ”で、何か困ったことになっても考古学者が対処してくれると思っていないだろう。
「文化保護担当部に電話をかけたのですが、今日は全員出払っていると、文化財遺跡担当課に言われたのです。」
そう言えば、過去にケサダ教授が直接ケツァル少佐や隊員に電話をかけてきたことがなかった。教授は弟子達の番号を知らないのだろうか。
テオは伝言係を引き受けることにした。
「わかりました。隊員の誰かに連絡をつけてみます。教授に連絡させると良いですか、それとも・・・」
「博士に直接お願いします。」
ケサダ教授は弟子の隊員達が最も苦手とする相手を指定した。
「私は話の内容を知りませんので。」
と平然と言ったのだ。