2024/04/26

第11部  紅い水晶     7

  火曜日の朝、テオが大学に出勤すると、研究室に入る前に考古学部のケサダ教授に声をかけられた。

「エル・ティティから戻られたのですね? 今、お時間はありますか?」

 珍しく教授の方からお誘いだ。しかも心なしか少し急いでいる様に見えた。テオは始業時間を考えて、「5分ほどなら」と答えたが、これはセルバ時間で実際は10分程の余裕だった。
 ケサダ教授は通路にいるにも関わらず、彼に近寄って来て囁いた。

「カサンドラの部下が、北部の遺跡で何か厄介な拾い物をしたそうです。」
「え?」

 テオが驚いて見返すと、教授はそっと周囲を見回して、声が聞こえる範囲に学生がいないことを確認した。遺跡で「厄介な拾い物」と言えば、この場では「悪霊に取り憑かれた」と言う意味に解釈出来た。

「カサンドラが義父(ムリリョ博士)に相談して、義父はマスケゴの力では手に負えないと判断し、私に大統領警護隊に連絡しろと言って来ました。」

 それなら博士が直接文化教育省へ行けば良いのに、とテオは思ったが、博士には博士の都合があるのだろう。ケサダ教授はマスケゴ族として育てられたグラダ族で、悪霊を祓う訓練を受けていない。自分自身や近くにいる人間をその場で守ることは出来ても、悪い霊に取り憑かれた人から悪霊を追い払う技術は習得していないのだ。それに「カサンドラの部下」と言う人は恐らく普通の人間”ティエラ”で、何か困ったことになっても考古学者が対処してくれると思っていないだろう。

「文化保護担当部に電話をかけたのですが、今日は全員出払っていると、文化財遺跡担当課に言われたのです。」

 そう言えば、過去にケサダ教授が直接ケツァル少佐や隊員に電話をかけてきたことがなかった。教授は弟子達の番号を知らないのだろうか。
 テオは伝言係を引き受けることにした。

「わかりました。隊員の誰かに連絡をつけてみます。教授に連絡させると良いですか、それとも・・・」
「博士に直接お願いします。」

 ケサダ教授は弟子の隊員達が最も苦手とする相手を指定した。

「私は話の内容を知りませんので。」

と平然と言ったのだ。

第11部  紅い水晶     6

  1週間経った。その間、グラダ・シティは平和で大きな事件も事故も起きなかった。テオは久しぶりに週末エル・ティティに帰省した。珍しく土曜日の軍事訓練を副官のロホに一任してケツァル少佐もテオに同行した。まだ正式に婚約発表した訳ではなかったが、もう同居しているのだし、彼女も彼の伴侶となる心構えをしている様子で、テオの義父アントニオ・ゴンザレスと新しい伴侶となるマリアも彼女を義理の娘として迎えてくれた。エル・ティティの若い友人たちも集まって、テオと少佐は仕事を忘れて楽しい週末を過ごした。ゴンザレスは少佐が富豪の娘だと知っていたので、自分達との「格差」にちょっと不安を抱いていたが、少佐は全く気にせずに、村の女性達と一緒に歌ったり踊ったり、食事の準備や後片付けをして、「普通の女性」であることをアピールした。

「疲れないかい?」

と二人きりになった時、テオが気遣うと、彼女は何を馬鹿なことを訊くのだ、と言いたげな顔をした。

「私は普通の女ですよ。軍人でも家事はするし、”シエロ”でも世間話は大好きです。」
「そうじゃなくて・・・君は・・・君の両親はお金持ちで・・・」

 少佐が「あはは!」と笑った。

「私は子供の頃、両親が仕事で旅行が多かったので、遊び相手は使用人の子供達でした。私は彼等と一緒に使用人の親の手伝いをしたのです。私の両親はそれを知っても、少しも嫌がりませんでしたし、使用人達も遠慮なく私に用事をさせてくれました。大人達は、私が将来どんな生活をするかわからないから、子供のうちに色々な経験をさせなければ、と理解していたのです。ミゲール家はオープンな家で、使用人の子供達も私と一緒にお稽古事をさせてもらっていたし、私よりお上品に社交界作法をマスターしている人もいましたよ。」

 そして彼に言った。

「私は大統領警護隊を引退するつもりはありませんが、貴方との生活の基盤を置く家をこのエル・ティティに決めても構いませんよ。私の両親が世界中を飛び回っても必ずセルバに戻って来るようにね。」

 そして週明けに、テオと少佐は仲良くグラダ・シティに戻った。


2024/04/24

第11部  紅い水晶     5

 「アンヘレスはピアノを弾く道へ進むんじゃなかったのかい?」

とテオが意外そうな顔で言った。ケツァル少佐と彼は彼女のアパートの食堂で一緒に夕食を取っていた。彼女から昼間の出来事を聞かされて、テオは意外に思ったのだ。アンヘレス・シメネスはピアノ演奏を得意としていたし、専門の先生について練習もしていた。考古学に興味があると思えなかったし、ケサダ教授も全く彼女の話を学問とつなげて話したことがなかった。

「彼女はお祖父さんと伯母さんについて旅行する気分の様ですよ。西部地区へ行ったことがないので、興味があるのでしょう。マスケゴ族は古代に移住してからずっとオルガ・グランデ周辺で生活していましたから、彼女にとって先祖の土地を見学する程度のことだと思います。」

 ケツァル少佐はあまり重要に考えていない。ラス・ラグナス遺跡には不思議な力を持つコンドルの形の石像があったが、それはサン・ホアン村の住民が新しい土地へ移住する際に一緒に持ち去った。現在のラス・ラグナス遺跡は本当に砂と土に還ろうとする過去の村の残骸しかない。素人が見れば、そこに村が存在したなんて想像すらしない、そんな何もない場所なのだ。

「建設される砂防ダムはもっと下流になるから、遺跡が破壊されることはないでしょうし、砂防ダムなので水没の心配もありません。泥が溜まって埋もれてしまうのも何十年も先の話です。でも工事が始まるとサン・ホアン村があった場所にすら近づけなくなりますから、ムリリョ博士は今のうちにラス・ラグナス遺跡を映像に残しておきたいのだそうです。学生を2人連れていかれる予定ですが、アンヘレスに撮影を頼もうかと仰っていました。学生はまだ誰をと決めていないので、もしかすると博士には珍しく女性学生を選ぶかも知れませんね。」

 勿論可愛い孫娘を守るためだ。テオはあの怖い堅物老人が孫娘に対してメロメロになる姿がどうしても想像出来なくて、困った。

「カサンドラ・シメネスも行くのだろう? 彼女もお供を連れて行くんじゃないのかい?」
「そりゃ、彼女は仕事ですから、ダム建設に詳しい部下か技術者を同伴するでしょうね。」

 マスケゴ族の名門とセルバ共和国屈指の大手建設会社の重役の旅だ。どんな面々になるのだろう、とテオは野次馬的興味を抱いた。しかし、遺伝子学者が入り込む余地がないことは、確かだった。


2024/04/23

第11部  紅い水晶     4

  それから暫く大統領警護隊文化保護担当部は普段の業務に戻った。ギャラガ少尉は発掘申請書をチェックし、ロホは発掘隊に護衛を付ける予算の算定をし、ケツァル少佐は部署全体の予算のやりくりを考えていた。中尉のアスルともう一人の少尉マハルダ・デネロスはそれぞれ発掘隊監視業務で1週間と10日の出張中だった。文化・教育省の古いビルの古いエアコンがブーンと音を立てて生温い風を出しているところへ、真っ白な頭髪と真っ白な眉毛の高齢男性が階段を上がって姿を現した。
 4階の文化財遺跡担当部に緊張が走った。普通の人間である職員達にとっても、セルバ国立博物館館長は畏怖の対象で、怖い人だった。ムリリョ博士を怒らせるとセルバ国内の歴史的価値の高い文化財は一般公開を差し止められたり、国外へ貸し出すことが出来なくなる。そればかりか、貴重な外貨獲得手段である遺跡発掘協力金が海外から得られなくなる。大統領警護隊文化保護担当部が遺跡立ち入りを許可しても、ムリリョ博士が「駄目だ」と言えば、簡単に決定が覆されるのだ。何しろ文化保護担当部の隊員達は全員博士のお弟子さんなのだから。
 博士は文化財遺跡担当部の部長にラス・ラグナス遺跡立ち入り申請書を提出した。無言だ。部長はラス・ラグナス遺跡が何処にあってどんな遺跡か知らなかったが、無言で許可を出す証明として署名した。
 手続きを博士に説明するのは釈迦に説法だ。博士は無言で隣のカウンターに移動した。

「ブエノス・ディアス、博士。」

とギャラガ少尉は普通に挨拶した。博士が頷くと、彼は申請書に目を通し、それから遺跡立ち入り許可証の発行手続きを始めた。ケツァル少佐が立ち上がり、カウンターまでやって来た。

「ブエノス・ディアス、博士。」

 博士はまた頷いた。少佐が言った。

「1時間程前に、アンヘレス・シメネス・ケサダが同じ遺跡の立ち入り許可証を取りに来ましたよ。」

 ピクっと博士が眉を動かした。しかしギャラガは気の波動の欠片さえ感じなかった。ムリリョ博士は大して驚いていなかった。

「許可証を出したのか?」
「スィ。博士に同行すると言うので、認めない訳にいきませんから。」

 すると意外にもムリリョ博士はフッと顔を緩ませた。

「成年式の祝いに何処かに連れて行ってやろうと言ったら、遊びではなく遺跡に行きたがったのだ。考古学には無関心だった筈だがな。」

 あら、と少佐がわざとらしく驚いた顔をして見せた。

「彼女は成年式を済ませたのですか?」
「スィ。数日前に無事に済ませた。」

 ”ヴェルデ・シエロ”でなければこの会話の真の意味を理解出来ない。アンヘレスは部族の長老達と両親の前で見事ジャガーに変身して見せたのだ。ナワルを使える一人前の”ヴェルデ・シエロ”だと一族から承認されたのだ。そして、これは博士と少佐だけの間だけで(と言う建前で)暗黙の了解があったのだが、アンヘレスのジャガーは普通の黄色に黒の斑紋があるジャガーだった、と言うことだ。父親のフィデル・ケサダの様な秘めたる存在にしなければならない異色ではなかった。

「おめでとうございます。」

 ケツァル少佐が心から祝福した。ロホとギャラガも祝福し、先住民の文化の話と理解した文化財遺跡担当部からもお祝いの言葉が上がった。
 ムリリョ博士は珍しく微笑んで、素直にその祝福を受け取った。

2024/04/22

第11部  紅い水晶     3

 「許可証を出すこと自体は問題ありませんが、お祖父様は貴女を同行して下さいますか?」

とケツァル少佐が少々興味本位の色を滲ませながら質問した。アンヘレスの祖父ムリリョ博士は堅物だ。純血至上主義者でアンドレ・ギャラガの様な異人種の血が混ざった”ヴェルデ・シエロ”を好ましく思っていない。ただギャラガはその勇気と素質で一族と認めてもらっている。他のミックスの同胞はなかなか受け入れてもらえない。気難しい人なのだ。彼が男女差別をしたと言う話は聞かないが、孫娘を何もない遺跡に連れて行ってくれるのだろうか。
 しかしアンヘレス・シメネス・ケサダは祖父に愛されていると言う自信があるのだろう。ニコニコして少佐に答えた。

「大人しくお行儀よくしていれば問題ないと思います。伯母のカサンドラ・シメネスも一緒ですから。」

 カサンドラ・シメネスはシメネスとムリリョ両家が経営するセルバ共和国で1・2を争う大手建設会社の副社長だ。ムリリョ博士の長女でもあり、建設会社の実力者でもあった。だが彼女の会社ロカ・エテルナ社は砂防ダムの建設に無関係の筈だが・・・。
 少佐が席を立ってカウンターのそばに来た。

「伯母上も行かれるのですか?」
「スィ。伯父と伯母の会社はダム建設に無関係ですが、どんな場所にどんな工事をするのか、実地を見たいと伯母が希望したのです。ですから、今回の旅行の本当の主催者は伯母で、祖父は便乗しているのです。」

 それにさらに便乗しているのが、アンヘレスだ。少佐もロホもギャラガも笑ってしまった。

「では、カサンドラ・シメネスも許可申請に来ますね?」
「伯母は遺跡には入らないそうです。山の地形を見ると言ってました。だから、許可証を取りに来るのは、祖父だけです。」

 少佐がギャラガを見た。目で「発行してあげなさい」と伝えた。ギャラガはパソコンに向かった。申請書のアプリを出し、必要項目を申請書を見ながら打ち込み、5分後にプリンターから許可証が吐き出された。プラスティックのカードにそれを貼り付け、ストラップと共に少女に手渡した。

「他の人への貸与は認めません。」
「わかりました。グラシャス!」

 アンヘレスは明るく微笑んでカードを受け取り、フロアから去って行った。
 ギャラガは上官達を見た。

「ところで、彼女の両親は承知しているのでしょうか?」

 少佐が首を傾げた。

「父親は知らないのではないですか? 彼女の話に一度も登場しませんでした。きっと母親の入れ知恵で、祖父より先に許可証を取得したかったのでしょう。」


2024/04/21

第11部  紅い水晶     2

 「ブエノス・ディアス!」

 元気な若い女性の声に、アンドレ・ギャラガ少尉は書類から顔を上げてカウンターの向こうを見た。先住民の少女が立っていて、にっこり笑いかけていた。市内の高校の制服を着ている。ほっそりとした顔は、彼が以前彼女を初めて見た時とあまり変わっていない。でもちょっと背が伸びたか? ギャラガはドキドキしながら返事をした。

「ブエノス・ディアス、セニョリータ・アンヘレス・・・」

 彼が口に出した名前を聞いて、奥の席にいた上官がこちらを向いた。ケツァル少佐も彼女の名前を知っているのだ。
 アンヘレスは書類をカウンターの上に置いた。

「ラス・ラグナス遺跡見学の許可申請に来ました。お隣で学生証を見せたら、許可証は直接こちらで発行してもらえると聞いたので・・・」

 セルバ国内の学校の学生は大統領警護隊文化保護担当部の許可が出れば自由に遺跡見学が出来る。発掘ではなく、見るだけだから、協力金の支払い義務がないし、監視も付かない。但し、護衛も付かないので、安全管理は自己責任になる。
 ギャラガは申請書に書かれた名前を見た。

「ええっと、アンヘレス・シメネス・ケサダさん、許可証は直ぐに発行出来ますが、ラス・ラグナス遺跡がどんな場所かご存知ですか?」

 ラス・ラグナス遺跡はギャラガにとっても忘れられない場所だ。彼が文化保護担当部に入る前に初めて脚を踏み入れた遺跡で、彼が文化保護担当部に引き抜かれるきっかけとなった場所だ。セルバ共和国北部の砂漠の中にあり、国の歴史の中から抜け落ちた忘れられた農村の廃墟、廃墟と言うより殆ど無に還りつつある土地だった。その遺跡をひっそりと守ってきたサン・ホアン村は水脈の枯渇のせいで、2年前都市に近い土地に移転したのだ。その時、遺跡に祀られていた神像なども一緒に移転された。現在は本当に何もない、土塊同然の壁の残骸が残っているだけだ。そんな場所に高校生が何を見に行くのだ?
 アンヘレスが頷いた。

「砂漠でしょ? それに砂防ダムの建設で、もしかすると破壊されちゃうかも、ってアブラーン伯父様が言ってました。だから、お祖父様が最終チェックされる旅に私も連れて行ってもらうんです。」

 へーっと言いたげな顔をしたのは、ケツァル少佐と収支報告書作成をしていたマルティネス大尉、ロホだった。ラス・ラグナス遺跡に何もないことを知っていて、それでも無視しなかった考古学者は、ファルゴ・デ・ムリリョ博士だ。博士はアンヘレスの祖父で、国立民族博物館の館長でもあった。そしてギャラガの正規の指導教官だ。しかしギャラガにはラス・ラグナス遺跡視察の話は来ていなかった。恐らく他の学生にも知らされていないだろう。

「その旅は、博士の私的な旅行でしょうか?」

 少佐が声をかけて来た。ムリリョ博士と言えども遺跡に立ち入るには文化保護担当部の許可が必要なのだ。しかしまだ博士からそんな申請は出ていなかった。
 アンヘレスがニンマリと笑った。

「プライベイトな旅行です。多分、後から祖父も来ます。私は先に許可を頂いて連れて行ってもらうつもりです。」

 つまり、ムリリョ博士は孫娘を連れて行く計画を立てていないのだ、と大統領警護隊文化保護担当部は知った。


2024/04/17

第11部  紅い水晶     1

  アンヘレス・シメネス・ケサダは15歳の誕生日に、将来父と母の姓のどちらかを選ぶかと言う選択に迫られた。それは”ヴェルデ・シエロ”でなくても、セルバ共和国に住む多くの先住民族の子供達に共通の義務であり権利だった。彼女は父がケサダ姓を娘が継ぐことを望んでいないことを知っていた。父の姓は父の母親マルシオ・ケサダから受け継いだものだが、マルシオ・ケサダは本名ではなく、実際はマレシュ・ケツァルと言うのだ、とアンヘレスは知っていた。何か深い事情があって祖母は真の身元を隠し、我が子である父フィデルをケサダ姓を名乗らせることで守ったのだ。だからアンヘレスはアンヘレス・シメネスと名乗ることを父親フィデルは望んでいたし、彼女もそれを承知していた。しかし、彼女はケサダと言う姓が好きだった。父親はグラダ大学の考古学教授で、多くの弟子を育ててきた。若い学生達にとって彼はケサダ教授以外の何者でもなく、尊敬と敬愛の対象なのだ。それはアンヘレスにとって誇りであった。だから、彼女は15歳の「成年式」の前に、母に言った。

「ケサダ姓を選んでも良いでしょう?」

 母コディア・シメネスは優しく微笑んだ。そして頷いた。

「貴女が選ぶ名前に誰もクレームはつけませんよ。」
「でもパパは喜ばないと思うわ。」
「そうかしら?」

 コディアはチラリと夫の書斎のドアを見た。

「貴女のパパは貴女がケサダの名を選べば誇りに思うわよ。」
「そうだといいけど・・・」

 アンヘレスが自信なさげに呟くと、夫のことは何でも承知しているとばかりにコディアは優しく彼女の肩を手でさすった。

「パパは決してケサダの名を軽く考えていません。誰から貰ったにせよ、その名前はパパを今日まで守ってきたのです。パパは誇りに思っています。だから貴女が引き継げばきっと嬉しく思いますよ。」

 アンヘレスは母の頬にキスをして、自室に向かって足速に歩き去った。その後ろ姿を見送って、娘が父親に似て長身に育ったことをコディアは改めて認めた。4人の娘の中で長女の彼女が一番父親に懐き父親を尊敬している。父親の血を濃く継いでいるとしたら、あの子のナワルは何色だろう、と彼女は考えた。白であったら、きっと一族は大騒ぎになる。あの子が半分グラダの血を引いていることがバレなくても、聖なる生贄とされたかも知れない毛皮を持てば、ナワルの使用は普通の一族の人間よりも厳しく制限されるだろう。

 どうか金色でありますように・・・

 コディアは古代の神々にそっと祈った。


第11部  神殿        17

  大学での仕事は何事もなく平穏にこなせた。学生達は遺伝子の組み替えのさまざまなパターンを考察し、人間の病気に対する遺伝子の影響を考えた。どうすれば病気に強い子供を産めるようになるのか。 それは人口の減少が早い少数民族の課題でもあった。多産でも生まれた子供が病気に罹りやすければ、...