2024/11/18

第11部  太古の血族       16

  10分ほど庭を眺めながら世間話をしていると、テイサが年上と思しき男性と一緒に戻って来た。ロホが立ち上がったので、テオも素早く立った。テイサがテオに向かって言った。

「長兄のサカリアス・マレンカです。 サカリアス、こちらがセルバ大学生物学部遺伝子工学科のアルスト准教授です。」

 一般にセルバ人は兄弟間で敬語を使ったりしないものだが、この家ではそうでないらしい。少なくとも、長兄は特別な位置にいるようだ。
 サカリアスはロホにもテイサにもウイノカにも似ている。紛れもなく同母同父の兄弟だ。少し歳を取っているが、一番ロホに似ている様に見えた。彼は普通に襟付きのシャツとコットンパンツをはいており、普通に裸足だった。髪の毛も短く刈ってあるが、坊主頭ではない。
 彼は右手を左胸に当てて、丁寧に頭を下げた。

「ドクトル・アルスト、お噂は耳にしております。弟の命を救ってくださった恩人ですね。」

 するとテイサが慌てた。どうやら直前までロホの恩人だと言うことを思い出さなかったらしい。

「あ、あの時の・・・」

 彼は右手を左胸に当てて、最敬礼した。

「アルファットを救ってくださり、有り難うございました。」

 テオもちょっと慌てた。

「いや、救われたのは俺の方です。俺がテロリストに誘拐されたのを彼が助けてくれたのです。」

 当の本人は涼しい顔で、

「兎に角、挨拶はその辺にして、訪問の要件を聞いてください。」

と言った。

2024/11/14

第11部  太古の血族       15

「サカリアスは今来客中だ。」

とテイサ・マレンカは言い、ロホとテオを家の中に案内した。大きな横長の居間が左右に広がり、しかし右側は少し入ったところで板で仕切られていた。出入り口に簾が掛かっていた。この家では入り口で靴を脱ぐことになっていた。段差はないが、戸口周辺に沢山の靴やサンダルなどが置かれていた。
 テイサは客と弟を左側の広い空間に案内し、そこで待つように言うと、右側の簾の向こうに姿を消した。
 テオは居間を見回した。ウッドデッキに近い空間がリビングで、敷物や椅子が置かれていた。テレビもあった。 背後の空間は裏口があって、どうやら台所へ繋がっているらしい。戸口周辺に鍋や食器の棚が設てあった。
 ロホはテオに好きな場所に座るようにと勧め、己は台所の方へ去った。テオは蔓草で作った椅子に座った。使い込まれて少し中央の座面が窪んでいたが、お尻にフィットした。簾のカーテンの隙間から庭がよく見えた。鶏が遊んでいる。
 ロホが瓶入りのコーラを2本持って戻って来た。もう片方の手にはグラスが2個。テオは瓶とグラスをそれぞれ受け取り、ロホの真似をして近くのテーブルの角で栓を開けた。

「随分大きな家だが、家族は何人だい?」

と質問すると、ロホは肩をすくめた。

「祖母、両親、長兄のサカリアスと彼の妻子、次兄のウイノカの妻、テイサと彼の妻子、私の弟2人、それに母の兄弟が2人、あの人達は独身です。ええっと・・・大人だけで10人です、子供は数えたことがない・・・」
「君の甥姪だろ?」
「 スィ。でも私は入隊してから一緒に住んでいないので、子守をしたことはないし、あまり一緒にいた時間がありません。それに、我々は母親の兄弟の方を重視するので、兄嫁達の兄弟が子供達の面倒を見ています。」

 マレンカ家は女の子供がいないのだ。だから女の孫がいても父親の兄弟達は面倒を見ない。伯父叔父が子供好きなら話は別なのだろうが。
 テオはもう一つ気になった。

「ウイノカと言う兄さんは、奥さんだけここに残して、どこにいるんだ?」
「ウイノカは・・・」

 ロホはそっと左の棟に目を遣った。

「神殿で働いています。滅多に帰って来ない。私は何故彼が結婚したのか理解出来ません。ウイノカの奥さんは寂しくないのか、疑問ですよ。」

 ロホの常識はテオの常識だった。


2024/11/11

第11部  太古の血族       14

  階段を10段ほど上り切った所は細長いウッドデッキになっていて、大きな掃き出し窓のような開口部が家の壁についていた。昔は木造のドアでも付いていたのか知れないが、現代らしくガラス戸で目一杯開けてあった。そして風通しが良さそうな簾の様なカーテンが垂れていた。
 正面のドアが開いて、若い男性が出て来た。ロホに似ていたが、ウイノカ・マレンカにも似ており、ロホよりは身長が低かった。服装は襟付きの涼しそうな薄手のシャツに、ベージュ色のコットンパンツだった。足はクロックスを履いていた。

 ロホは右手を左胸に当てて、頭を下げ、挨拶した。

「大統領警護隊大尉として来ました。年上の方々のお話を伺いたく思います。」

 男性は頷き、それから視線をテオに向けた。ロホが顔を上げてから、紹介した。

「セルバ国立大学生物学部遺伝子工学科の准教授、テオドール・アルスト・ゴンザレスです。」

 そしてテオに向かって言った。

「私の3番目の兄、テイサ・マレンカです。マレンカ家の農園の支配人をしています。」

 テオも右手を左胸に当てて頭を下げた。

「テオドール・アルスト・ゴンザレスです。アルストと呼んで下さい。」
「ドクトル・アルストです。」

とロホが急いで補足した。肩書きが必要な要件なのだ。ただの「白人のお友達」ではない、と暗に仄めかした。
 テイサは頷いた。

「アルファットのすぐ上の兄、テイサです。セルバ大学で農学を学んでいます。ドクトルのお噂はかねがね耳にしていました。お会い出来て光栄です。」

 手を差し出して来たので、テオはびっくりした。 ”ヴェルデ・シエロ”を含むセルバの先住民は握手をする習慣がない。だから現代でもビジネスで必要な場合を除いて、彼等は滅多に自分から手を差し出さない。手を差し出すのは、歓迎の意思表示だった。
 テオは愛想良い笑みを浮かべて握手に応じた。

「こちらこそ、お会いできて光栄です。どちらの研究室ですか?」
「ファルケ教授の研究室です。」
「では、植物ですね? 確か・・・蘭を中心にした研究だったかと・・・」
「スィ、ラン科の植物から環境問題を解決出来る酵素の可能性を探っています。」

 ロホが咳払いした。研究の話をしに来たのではないのだ。兄が口を閉じると、彼は尋ねた。

「サカリアスに会えますか?」

2024/11/08

第11部  太古の血族       13

  テオが敷地内に車を乗り入れると、犬が数頭吠えながら近づいて来た。白人が”インディオドッグ”と呼ぶ、毛足が短い、耳の先がちょっと折れた、細長い顔の中型の犬種で、一応コモン・インディアン・ドッグに分類されているセルバ犬だ。テオはこの犬種の遺伝子を調べて、セルバ固有の犬種ではないことを確認した。中米地方のどこにでもいる犬とヨーロッパ人が持ち込んだ犬の雑種だ。
 犬はテオが車を停めると吠えながら取り囲んだが、ロホが降車すると大人しくなった。吠えるのではなく、尾を振って、主人一家の一人が帰って来たと認識した様子だった。ロホは特に犬たちを可愛がる素振りもなく、テオが降車すると、彼を誘って家に向かって歩き出した。
 裏の納屋の様な大きな建物から、男が一人出て来た。先住民の顔をしていたが、ロホの家族ではなさそうで、「こんにちは、坊ちゃん」と言う挨拶をしたので、従業員なのだろう、とテオは想像した。
 ロホが彼に尋ねた。

「私の家族は在宅か?」

 男がちょっと考えてから答えた。

「旦那様はお出かけです。奥様と若旦那はいらっしゃいます。多分、事務所の方でしょう。弟さん達は学校です。」

 ロホは「グラシャス」と返し、男はまた仕事に戻るために納屋へ歩き去った。

「若旦那と言うのは、長兄です。」

とロホが説明した。

「長兄の奥さんと子供達は学校でしょう。ああ、嫂は教師なんで、働いているんです。」

 テオはロホが他の”ヴェルデ・シエロ”達から、「御曹司」とか「若様」とか呼ばれるのを何度も耳にしていたし、アスルが「彼の実家は貴族だ」と言っていたので、どんな豪邸に住んでいるのかと、ずっと色々想像していた。家族もきっと優雅にセレブ生活を楽しんでいるのだろうと思っていた。しかし、ブーカ族の貴族様は、普通に農業を営み、学校やオフィスでお勤めしているのだった。ちょっと肩透かしを食らった気分だったが、これは生き残るための知恵なのだろう。堅固な階段住宅に住むマスケゴ族だって、全部が裕福とは限らない。家は立派でも生活はカツカツの人もいるのだ。
 ロホはテオを案内して正面の階段を上った。

2024/11/07

第11部  太古の血族       12

  テオは翌朝、大学に出勤すると休講の手続きをした。教授連中が気軽に休講するので、事務局はあまり良い顔をしないが、テオは真面目に授業をする教師だったので、事務員も何も言わずに休講届けを受理した。
 テオが文化保護担当部が入る文化・教育省の駐車場へ行くと、ロホが待っていた。彼の車はアスルとギャラガの組に貸して、テオの車で出かける算段だ。助手席に彼が乗り込むと、テオは行き先を尋ねた。

「君の実家へ行くのかい?」
「そう言うことになります。父と長兄が会ってくれるかどうかわかりませんが・・・会ってくれても私達の質問に答えてくれるとも思えませんが、取り敢えず行きましょう。案外女性達が何か知っているかも知れませんし。」
「君のお祖母さんの大刀自様は寝たきりだったっけ?」
「スィ、物知りですが、神殿の秘密まで知っているとは思えません。」

 テオはロホが指示する道を車を走らせた。
 ブーカ族の旧家の家は、グラダ・シティ郊外で農地が多いワタンカフラ地区と市街地の境目に近い長閑な住宅地にあった。マハルダ・デネロス少尉の実家に意外と近かったので、テオはちょっと驚いた。自転車で行き来出来る距離だ。
 家は、マスケゴ族の階段住宅のような堅固な建物ではなく、昔ながらの木造と石組を合わせた「裕福な先住民の家」だった。土台の石組みの内側は空洞で、鶏を飼っていた。高床式の木造部分が住居だ。大きなH型の家で、中央に家族が集まる広間、両翼が私的空間なのだろう。庭も広くて、乗用車や小型のピックアップトラックが数台駐車していた。

「マハルダの実家同様、農家なんですよ。」

とロホが言った。

「世間では、シャーマンみたいなことをしている農家だと思われています。一族の旧家だなんて看板を出している訳じゃありません。」

 あまりの平凡さに驚いているテオに、彼は言い訳した。

「"ティエラ”の従業員を雇っている小規模企業みたいなものです。」



2024/11/06

第11部  太古の血族       11

  ケツァル少佐は仲間を3つのペアに分けた。
 テオとロホは1組。神殿周辺の情報を集めると言う役目を与えた。テオは、己は白人だから難しいと抗議したが、無視された。ロホは親戚から当たって行きます、と答え、テオは彼が兄の本当の身分を知ってしまうのではないかと、ちょっと心配になった。
 アスルとギャラガのサッカーペアは2組。グラダ・シティ市内から郊外まで医療関連の施設を調べて、ロアン・マレンカが治療を受けていないか探す。町医者や薬屋も含めると聞いて、アスルはバスコ医師の診療所を、ギャラガはカダイ師の薬屋を思い浮かべた。
 少佐はデネロスを連れてエダの神殿に行ってみる、と言った。デネロスがちょっと不安そうな顔をした。一般人が近づけない神殿だから、大統領警護隊と言えども迂闊に入れないのだ。

「神官達はまだそこにいるのですか?」

 彼女の質問に、少佐は自信なさげに頷いた。

「帰って来たと言う情報はまだありませんから、あちらでウダウダ会議をしているのでしょう。」

 アスルは携帯で市内の地図を出した。

「私達は地区毎に順番に回ってみます。 ”ティエラ”の医者なら尋問は簡単ですが、一族の血が入っている医者はちょっと厄介です。」
「もし大神官代理が隠れて治療を受けるなら、”ティエラ”の医者の方が秘密を保てるんじゃないですか?」

とギャラガが先輩に意見した。アスルはムッとした表情で彼を見たが、反論しなかった。

「それは言えるな。難病なら、腕の良い医者にかかるだろうし、それなら”ティエラ”の医者の方が最先端の医療技術を持っているだろう。」

 いかにも現代っ子の”ヴェルデ・シエロ”だ。
 テオはロホを見た。

「俺達はどこから手をつけるんだ?」

 ロホは考えた。

「私の家族から・・・一番秘密を抱えていそうですからね。」

 テオは作り笑いをした。

「そうか・・・やっと君の家族を紹介してもらえるんだな。」


2024/10/28

第11部  太古の血族       10

 「神官全員が揃っているところで、誰かに真相を語ってもらえたら良いんですよね。」

とデネロスが言った。アスルがそれに対して言った。

「神官より上位にいる人間と言えば、大神官代理と”名を秘めた女の人”だけだ。大神官代理が病なら、話が出来るだろうか?」
「最長老会はどうなんだ?」

とテオは微かな望みを持って尋ねた。あの”暗がりの神殿”に現れた老人達が何か解決策を出してくれないだろうか。しかし、”ヴェルデ・シエロ”の友人達の表情を見ると、それは虚しい意見だとわかった。最長老達も神官には逆らえないのだ。

「ママコナに俺達が会えないことはわかっている。大神官代理はどうなんだ? その人は普段はどこにいるんだ? 神官達と一緒なのか?」

 少し間を置いて、ロホが言った。

「神官達がエダの神殿で代理の後継者を選ぶ相談をしているのでしたら、現在の代理は参加出来ませんから、神殿に残っている筈です。もし病を得ているなら、神殿以外の場所で療養されていることも考えられます。死を免れない病なら、神聖な神殿にいられませんから・・・。」

 ギャラガが恐る恐る提案した。

「私達で大神官代理を探してみませんか? 何が起きていて、それは良いことなのか悪いことなのか、お聞きしたい・・・。」

 とんでもない、とアスルが目を吊り上げかけると、ケツァル少佐が頷いた。

「それが良いかも知れません。私達在野の者に口出しする権利はないかも知れませんが、無関係な厨房スタッフを苦しめた罪は見逃せません。セルバの人民を守ると言う我々の本来の存在意義を守るためにも、今回の事件の真相を明かしましょう。」

 少佐は、司令部の大統領警護隊隊員しか知らない情報を部下達に明かした。

「大神官代理の俗名は、ロアン・マレンカ、ロホの家系とは三世代前の兄弟から分かれていますが、恐らく現在交流はない筈です。ロアンの家系は彼の代で絶えていますから。」


第11部  神殿        17

  大学での仕事は何事もなく平穏にこなせた。学生達は遺伝子の組み替えのさまざまなパターンを考察し、人間の病気に対する遺伝子の影響を考えた。どうすれば病気に強い子供を産めるようになるのか。 それは人口の減少が早い少数民族の課題でもあった。多産でも生まれた子供が病気に罹りやすければ、...