2025/03/14

第11部  内乱        31

  ケサダ教授は話を続けた。

「私のナワルを見ただけでは、私が何族の出なのか、誰もわからないでしょう。ジャガーに変身出来る部族のどれか、それしかわからない。だから、私の成年式に立ち会った長老達は、私が他人と違う色のナワルを持つマスケゴと思っただけなのです。私をグラダと結びつけて考えるのは、イェンテ・グラダ村の生き残りが3人いたと知っている人物だけです。多分、現在最長老と呼ばれる年寄りだけです。それなら、その身内の神官を搾り込めます。」

 テオはここにケツァル少佐がいたらなぁ、と思った。彼女なら神殿内部のゴタゴタを綺麗さっぱり解決してくれそうな気がした。
「ところで」と教授が彼を見た。

「貴方は半グラダ同士の婚姻で純血種が生まれる確率はどの程度だと思われますか?」
「難しいですね・・・」

 テオは考え込んだ。単純に考えれば4分の1だろう。しかし遺伝子の組み合わせはそんな単純なものではない。彼は言った。

「限りなくゼロに近いと思いますよ。」
「そうでしょう。」

 教授が頷いた。

「ゼロに近い筈なのに、ケツァルと私が生まれた。まるで奇跡ですね?」

 彼は何を言いたいのか? テオは教授の目を見ないよう努めて、相手の額を見つめた。教授は言った。

「イェンテ・グラダ村の住民は、実際はほぼ全員が純血種のグラダだったのです。」
「あ・・・」

と声が出た。そうだ、数千年何世代も近親婚を繰り返して、彼等はもっと早く純血種を生み出すことに成功していたのだ! だが・・・テオは思ったことを言った。

「彼等はグラダの力の使い方を知らなかった。誰も教えてくれなかったから。だから、力のコントロールに苦しみ、麻薬に頼った・・・」
「そんなところでしょう。」

とケサダ教授は冷めた目で言った。

「一族に頼ったところで、一族もグラダのことなんて、わかりゃしません。イェンテ・グラダの連中は自分達で何とかしようとして失敗したのです。麻薬で堕落した仲間を見限って、3人の若者が出稼ぎ名目で村を出て行った。事実上は村から逃げたのです。そして一族による殲滅作戦を免れた。エウリオ・メナクはメスティーソの妻を得て、カタリナが生まれた。私の母はヘロニモ・クチャかエウリオか、どちらかとの間に私を産んだ。私が純血種なのは、そう言う理由です。カルロ・ステファンが白人の血を引いていてもグラダの力が強いのも、同じ理由です。エウリオ、ヘロニモ、私の母は純血種だったのです。」

 彼は苦笑した。

「私もケツァルも奇跡でもなんでもない、自然の摂理で生まれただけです。彼女の母親もきっと純血種だったのですよ。」

 「血にこだわるなんてくだらない」と教授は呟き、立ち上がった。

「私は私の子供達を政治に関わらせたくありません。子供達が成長して政治に興味を持つと言うなら、それは別の話です。今、神殿で起きていることは、大統領警護隊、長老会、神官達で解決して頂きたい。」
「わかっています。」

とテオは言った。

「貴方と貴方の家族のことを、今回の事件で出したりしません。貴方達は長老ムリリョの家族、それだけのことです。」

 ケサダ教授は彼を見て、微笑した。そして数歩後ろに退がって、空中に消えた。 見事な”空間通路”の使い方だった。

2025/03/10

第11部  内乱        30

  テオは味方である筈の人を目の前にして冷や汗をかいていた。ケサダ教授は己のナワルの秘密を誰にも知られたくないのだ。少なくとも、義父と妻しか知らないと思っていたのだ。
 下手に言い訳すると、却って泥沼に入るだろうと思ったテオは、素直に打ち明けることにした。

「実はバスコ兄弟の殺人事件の時に、セニョール・シショカが貴方に屈した理由を、ムリリョ博士から聞きました。貴方がシショカより強い理由を、です。貴方が本当の出自を明かさない理由です。」

 ケサダ教授はテオから視線を外し、暫く壁をぼんやり眺めていた。目はぼんやり、だが、頭の中では色々考えを巡らせているに違いない。テオは彼が何か言うのを待っていた。
 やがて5分も経ってから、教授が口を開いた。

「私が出自を秘密にしているのは、ムリリョ家が一族に私の出生に関して虚偽を言っている、と思われることを防ぐためです。」

と彼は言った。

「義父が私の母から私を預かった時、彼はただ幼い子供を大人の争いから守るつもりだけでした。私は既に神官の修行を始める年齢を過ぎていましたし、監視されて生きるのは誰でも苦痛です。だから彼と彼の妻は私を普通のマスケゴの子供として育ててくれました。私も彼等の努力を無駄にすまいと能力を隠して成長しました。成年式でナワルを見られたら、その時はその時です、博士は私の父親を知らなかったととぼければ、それで良かった。一族は私をグラダとして認定して終わる筈でした。しかし、私の毛色は黒くなかった。金色でもなかった。だから立ち会った長老達は、口をつぐんだのです。生贄など、誰もこの時代に行いたくないし、異常なカルトに教えたくもない。彼等は一族の平安のために、私の出自を隠しました。彼等の沈黙が私に『世に出るな』と命じたのです。」

でも、とテオは呟いた。

「誰かが、貴方の血筋を身内に教えた、あるいは、身内が長老の心を読んでしまった?」
「高齢で弱った長老と意思疎通を図った際に、秘密を読んでしまったのでしょう。 しかし、私をどうこうするつもりはないのです。たまたま最近私に息子が産まれ、世襲制の案を誰かが思いつき、誰かが己の先祖にグラダがいたと伝えらていることを思い出した、その3つでしょう。」

 ケサダ教授はテオに向き直った。

「恐らく、グラダの血筋を探せと言った神官、世襲制でグラダの血筋を持つ者を神官にしようと考える神官は、別の人間ですよ。」


2025/03/07

第11部  内乱        29

 「ムリリョ博士は、どんな返答をしたのです?」

 テオはちょっと不安になった。ケサダ教授の出自に疑問を持つマスケゴ族がいる。そして世襲制を提案した神官は、グラダ族の血を受け継ぐ神官が現れることを望んでいる。

「私も同じ質問を義父にしました。」

とケサダ教授は言った。

「義父は、『儂はオルガ・グランデの闘いに巻き込まれた現地の一族の女から、あの小僧を託されただけだ。義理息子の身元を知りたければ、”名を秘めた女”に訊けば良い』と答えたそうです。」
「それで神官は納得したのですか?」
「少なくとも、それ以上は食い下がったりしなかったようです。」

 そしてテオの話を促した。

「この話と今起きていることはどんな関係があるのですか?」

 それで、テオはどこから話そうかと迷った。

「これは、神殿の醜聞、貴方の一族の醜聞になるかも知れません。」

と前置きして、神官が世襲制の案を出したことから、一連の騒動が始まったことを話した。神官の世襲に反対した大神官代理ロアン・マレンカが世襲派のカエンシット神官、アスマ神官、エロワ神官の呪いを受けて、重体になっていること、3人の神官は神殿近衛兵の女性だけをエダの神殿に連れて行き、どうやらそこで世襲制の子供の母親を近衛兵から選ぶつもりだったらしいこと、ケツァル少佐とデネロス少尉が大神官代理の行方を探す手がかりを求めてエダの神殿に行き、女性近衛兵達と合流して、神殿を封鎖していた3人の神官を捕縛したこと、他の神官と彼女達はグラダ・シティの神殿に戻ったが、ムリリョ博士がテオのアパートに来て、まだ世襲派の神官や協力者がいる筈だと言い、文化保護担当部は神殿に向かったこと。
 ケサダ教授は暫く黙っていたが、やがて尋ねた。

「神官が世襲制の考えを持つに至ったのは、長老会の誰かがそんな案を口にしたから・・・それが最初ですね?」

 テオは思わず自分が語った話を頭の中で再考した。

「スィ・・・そうです・・・」

 教授が溜め息をついた。

「私の成年式を見た長老は全員この世にいません。しかし、話を聞いたことがある身内がいるのかも知れない。」
「すると・・・」

 テオはドキリとした。 白いジャガーを見た話を聞いたと言うことだ。

「白いジャガーとグラダを結びつけるのは早急では?」

 と彼が言うと、ケサダ教授が彼をジロリと見た。

「誰が白いジャガーですって?」

 え?とテオは戸惑った。教授のナワルが白いことを知っている、と彼は教授に言ったことがなかった・・・のか?


 

2025/03/06

第11部  内乱        28

 「教授、貴方って人は・・・」

 テオは床に尻餅をついたまま文句を言った。

「本当にお茶目だ。」

 ケサダ教授は微笑んで、彼に手を差し出し、立ち上がるのを手伝った。服装は昼間のダンディな彼のイメージと違って、深い緑色の無地のTシャツにラフな綿パンだ。完全に部屋着姿だった。
 テオは彼をソファに座らせ、キッチンからコーラの缶を2つ持って来た。

「博士の来訪を教えてくださって有り難うございました。」

 開口一番に礼を言った。教授は肩をすくめた。

「文化保護担当部がすぐに捕まる場所は何処か、と義父に訊かれたので、貴方のアパートを教えたのです。すると彼は直ぐにガレージに走った。だから、貴方に連絡しました。」
「博士は少佐に電話をかけなかったのですか?」
「恐らくかけたのでしょうが、繋がらなかったのだと思います。彼女は何処かへ出かけていたのですか?」
「エダの神殿と言う所です。」

 テオの返事を聞いて、教授が眉を上げた。ちょっと驚いていた。

「そこは・・・新しい大神官や神官を選ぶ場所です。」
「スィ、大神官代理が病気なのです。」

 ケサダ教授には初耳だったようだ。黙ってテオを見返したので、テオは腹を決めた。教授を呼び出したのは自分だ。何も教えない訳にいかない。

「凄く厄介な事態が神殿で起きています。文化保護担当部と俺は、ある意味、それに巻き込まれてしまいました。もし、貴方が面倒なことに巻き込まれたくないとお思いなら、俺はそれ以上喋りません。」

 すると、ケサダ教授がニヤリとした。

「お茶目な人間は面倒にちょっかいを出したがるものです。」

 そして、こんな質問をした。

「先日マスケゴの神官の一人が、ケサダの家系の出なのですが、その男が博士にこんな相談を持ちかけました。先日生まれた私の息子を養子にもらえないか、と。それと今回の面倒は関係ありそうですか?」

 テオはびっくりして、そして一瞬考え、電話を出した。教授に「失礼」と断ってからケツァル少佐にメールを送った。

ーーマスケゴの神官に用心しろ。

 それから、彼は教授に向き直った。

「博士はその相談を断ったのですね?」
「勿論です。私の血筋を簡単によその家系に与えたりしません。私の血筋とケサダの家系は何の繋がりもないのですから。」

 彼はさらにこう言った。

「義父が断ると、その神官は義父に質問しました。『貴方はあの娘婿をオルガ・グランデで拾って来たが、あの男の親は何者なのか? ケサダを名乗っているが、ケサダの家系に、あの男の親に該当する人間はいない』と。」

 テオはドキリとした。神官はケサダ教授の出自を疑っているのだ。


第11部  内乱        27

  ケツァル少佐の部屋にいた神殿近衛兵達は、彼女達には縁遠い”現代の女性の部屋”に感動していたが、そこへ少佐と男性達がやって来た。

「休む時間がなくなりました。これから神殿へ行きます。」

と少佐が宣言した。

「”通路”がないので、車を使います。近衛兵は私の車に、デネロスと男達はロホの車に乗りなさい。」

 テオは留守番だ。仕方がない、彼は大統領警護隊ではないし、”ヴェルデ・シエロ”でもない。神殿に近づくことすら許されない。
 身支度は1分も掛からなかった。彼等はテオに「おやすみ」と言って、コンドミニアムを出て行った。アッと言う間だった。
 いきなり静かになったリビングに、テオは一人残された。こんな時は寂しいし、己の無力さを感じた。何か能力があれば、協力出来ただろう。いや、彼等は”ヴェルデ・シエロ”でない彼がこの事件に関わるのを許さない。事件の舞台そのものが神殿だから。
 一人で待つのは嫌だった。だからと言って、話し相手がいない。こんな時、話が出来る人と言えば・・・。
 テオは電話は迷惑だろうと思い、メールを送った。

ーーまだ起きておられますか?

 すると、即答で返事が来た。

ーー大丈夫です。

 テオは思わず微笑んでしまった。ケサダ教授はムリリョ博士がテオ達の家に行くことを知らせてくれた。恐らく、その後どうなったのか、彼も気にしているのだ。博士の用事を教授は知らないだろうし、その後の展開も知らないだろう。
 テオは駄目もとで尋ねた。

ーー今から会えますか?

 すると、思いがけない返事が来た。

ーースィ、これからそちらへ行きます。

 そして、いきなり空中からケサダ教授が現れて、テオを心底驚かせた。

第11部  内乱        26

  互いの情報を交換し合った。テオと男性隊員達は少佐の報告を聞いて、先刻のムリリョ博士の言葉の裏付けを取った気分になった。少佐の方はムリリョ博士の言葉を聞いて、硬い表情になった。無理もない、まだ9人の神官の中に、3人の反乱分子の仲間がいるとムリリョ博士は言ったのだから。

「長老会はその隠れている世襲派の神官が誰か、見当をつけているのですね?」
「博士は俺達の質問に答えてくれなかった。しかし、あの人と長老会のことだ、きっと何か確信があるのだろう。」

 するとロホが思いがけない発言をした。

「”名を秘めた女の人”は、我々の頭の中を読めるんですよ・・・」

 テオ、少佐、アスル、そしてギャラガが彼を見た。ロホは続けた。

「あの女性は声ではなく心で会話をされます。だから、こちらの頭の中を全部読まれるのです。もし世襲制を考えている神官やその仲間が良くない連中だと、彼女が判断したら、長老会に彼女が不穏分子の排除を命じる・・・そうではないですか、少佐?」

 ケツァル少佐が頷いた。

「スィ・・・もしかすると、彼女は大神官代理が世襲派に襲われた時から、神殿内の不協和音に気がついていたのかも知れません。でも彼女は具体的に何をすべきか、すぐには判断出来なかったのでしょう。世俗のことは何もご存じない方です。誰に命じるべきか、何を命じるべきか、考えてしまい、時間が経ってしまったのだと推測します。」
「そしてやっと長老会に事態を教えた?」
「恐らく・・・隠れた世襲派の神官は”名を秘めた女の人”の力を忘れていたことに気がついたかも知れません。悪くすると・・・」

 テオはハッとした。

「”名を秘めた女の人”が狙われる?」

 彼はロホを振り返った。

「ロホ、ウイノカ兄さんに連絡を取れるか?」

 ケツァル少佐が電話を出した。彼女が誰かにかけた。

「キロス中尉? 神殿に出られましたか? すぐに”聖なる部屋”へ行けますか?」


2025/03/03

第11部  内乱        25

 テオが彼自身の寝室に入ってすぐに電話に着信があった。見るとケツァル少佐からだった。

ーー1人ですか?
「ノ、ロホ、アスル、それにアンドレがリビングにいる。」
ーーでは、1分後に行きます。

 テオは急いで寝室を出てリビングに向かった。そこでは大統領警護隊の男性隊員達が寝る体制に入っていた。アスルがソファに横になり、その側の床にシュラフに入ったギャラガ、ロホはクロゼットから引き出したマットレスを床に広げたところだった。
 そこへ、いきなり空中からケツァル少佐、デネロス少尉、そして男達が知らない女性兵士が3名湧いて出た。

「ワッ!」

とアスルが、彼らしからぬ叫び声を上げて跳ね起きた。ギャラガはシュラフからすぐに出られなくて、転がって物陰に身を隠した。ロホは荷物の横に置いた拳銃に手を伸ばし、そこで固まった。

「少佐・・・」

 テオは己の胸に落ち着け、と声をかけた。少佐とデネロスの後に続いた女性兵士は野戦用の服装だが、持ち物は大統領警護隊のリュック、ライフル、それに槍・・・槍だって?
 床の上に転がり出た女性達は素早く立ち上がった。少佐が先導者らしく、仲間に欠落がないか名前を呼んだ。

「デネロス!」
「スィ!」
「ナカイ!」
「スィ!」
「セデス!」
「スィ!」
「マリア・アクサ!」
「スィ!」
「よし、全員いますね。」

 ケツァル少佐は頷いてから、テオに向き直った。

「エダの神殿から戻って来ました。初顔合わせだと思いますが、3人の少尉は神殿近衛兵です。」
「神殿近衛兵に女性がいるのか?」

と思わず尋ねてから、テオは偏見で役職を見ていたな、と気がついた。

「事情は説明してもらえるのかな?」

 少佐はロホ達を見てから、デネロスを振り返った。

「マハルダ、3人の神殿近衛兵をあちらの部屋へ案内しなさい。向こうで一晩休みましょう。」

 テオはすかさず声をかけた。

「夕食の残りがあるから、食ってもいいぞ。俺達の朝飯のことは心配しなくて良い。」

 デネロスがニッコリ笑って、グラシャス、と言うと、少佐にもグラシャス、と言って3人の新しい仲間を率いてテオの区画を出て行った。近衛兵達はロホ達には挨拶もしなかった。ロホ達もそれを不満に思う様子はなかった。部署が違うと任務遂行中は上官の指示がない限り交流しないのだろう。
 ケツァル少佐が、アスルが退いたソファに腰を下ろした。

「では、手短に話しましょう。そちらも何かありましたか?」

 

 

第11部  神殿        8

 ママコナは、大神官代理を救えるのは大統領警護隊文化保護担当部とテオだ、と断言した。テオは驚きのあまり口をあんぐり開けて、馬鹿みたいに立ち尽くした。ママコナが続けた。 「貴方と貴方のお友達は旧態のしきたりにあまり捉われません。それは古い体質から抜け出せない神官達には脅威なのです。...