2022/04/13

第6部  赤い川     13

 ロホとマリア・ホセ・ガルシアが家の中に入ってきた。ロホがサラテに向かって言った。

「1キロ上流に人の死骸がある。憲兵隊に連絡を取ろうと思ったが、携帯の圏外だった。貴方でもガルシアでも、どちらでも良いから、ここから憲兵隊に通報して欲しい。」

 ロホは自分の電話を使いたくなさそうだ。本来の目的と離れた事件だった場合、それに巻き込まれて仕事を増やすのは御免なのだ。サラテが己の携帯電話を出した。

「貴方のお名前を出して構わないでしょうか?」
「それは構わない。ガルシアと私が死骸を見つけた。家に入る前に私はガルシアのお祓いをした。憲兵隊の捜査が終わる時に私がオルガ・グランデにまだ居れば、川のお祓いをするが、私が其れ迄に去れば、村の長老に頼むと宜しい。」

  ロホが大統領警護隊と言うより、祈祷師の本領を発揮する言葉で話すと、サラテは安心した表情で電話をかけた。
 テオはガルシアが青い顔をして椅子に座り込むのを見た。夜目が利くから、まともに遺体を見てしまったのだろう。テオは無断で良いのかと思いつつも、台所へ水を汲みに入った。そこにガルシアの妻が不安気に座っていた。彼女はテオが入って来ると、彼の顔を見た。居間の会話は聞こえているから、嫌な言葉も聞いてしまったのだろう。だからテオは微笑んで見せた。

「大尉は祈祷師でもあるから、旦那さんのお祓いをしてくれました。この家は安全です。」

 妻が心なし表情を和らげ、頷いた。テオが彼女の夫に水を与えたいと言うと、水道の蛇口からコップに水を汲んでくれた。ここは上水道が通っているのだ、とテオは安心した。少なくとも死体で汚された川の水を使わずに済んでいる。
 テオが水を運んで行くと、サラテは電話を終えていた。ロホがテオに言った。

「憲兵隊は1時間後に到着するでしょう。2時間後かも知れません。ここで待ちますか? それともセニョール・サラテに送らせましょうか? 陸軍基地に貴方が泊まることを連絡しておきますが?」
「俺もここで待つ。」

 テオは事件がどう展開するのか、ただ安全圏に留まって見ているのは嫌だった。ロホは頷き、サラテに帰宅を許し、ガルシアに庭を借りると言った。車の中で憲兵隊を待つつもりだった。しかし、ガルシアが立ち上がり、これから妻に食べ物を用意させるので居間にいてくれと言った。水を飲んで落ち着いた様だ。恐らく大統領警護隊が家の中にいれば悪霊が来ないと思ったのかも知れない。
 サラテは憲兵隊が来たら己もまた来ると言って、帰宅した。聞けば彼の自宅はガルシアの家から歩いて20分かかると言う。その距離を彼は車を使わずに来ていたのだ。
 食事の用意が出来る迄、テオはロホとガルシアと共に居間に座っていた。テオがサラテから聞いた若者の不満分子の話をすると、ガルシアが苦笑した。

「”出来損ない”の連中です。俺も”出来損ない”ですが、まだママコナの声は聞こえる。聞き取れないが、聞こえるレベルです。だが、全く声が届かない連中が、俺達や中央の尊い人々に不満を抱いている。搾取されている訳でもないのに、何が不満なのか、俺には理解出来ません。」
「彼等の生活水準は? 貴方は耕作地をお持ちだと思いますが、彼等は畑を持っていないのでは?」
「連中は畑どころか、仕事もありません。昼間っから酒を飲んだり、ギャンブルにのめり込んだり・・・貧困は自分達のせいなのに、他人のせいにする。」
「オルガ・グランデは仕事がないのでしょうか?」
「鉱山会社へ行けば、いくらでもあります。きつい仕事ですが、今は機械が導入されて昔に比べればかなり楽だし安全になったと聞いています。学校で勉強すれば、オフィスで仕事をもらえる。セルバ共和国は貧富の差が大きいですが、義務教育は無料なので、学校は誰でも行けるんです。奨学金だってもらえる。俺の上の息子も奨学金で大学に行ってます。下の息子は地元で農作物の改良を研究している会社で勉強しながら働いています。真面目に働けば、不満なんてない筈です。」

 ちょっと楽観主義的な発言だったが、ガルシアが若い不満分子を快く思っていないことを、テオとロホは理解した。

「ベンハミン・カージョも不満分子でしょうか?」
「ああ、あのインチキ占い師!」

 ガルシアは唾を吐きたそうな顔をして堪えた。

「神殿を冒涜するような文章をネットに書き込んでいたヤツです。だが本人は何か行動を起こす度胸はない。若い連中に中央の陰謀やら、外国の脅威やら、あることないこと嘘を吹聴して混乱させていました。村の年寄りの中には、闇の仕事をする人にあいつを引き渡そうと言う者もいましたよ。」

 物騒なことをガルシアは平気で言った。テオが白人だと言う認識が足りない。
 そこへ彼の妻が食事の支度が出来たので、台所へ来る様にと男達に告げた。

第6部  赤い川     12

 テオは石造の家にセフェリノ・サラテと共に入った。マリア・ホセ・ガルシアの妻と息子が中にいて、2人をテーブルに案内した。オルガ・グランデは高原の乾燥地帯だから、夜間は気温が低下する。ガルシアの家の中ではストーブが焚かれていたので、テオはちょっと驚いた。セルバ共和国に来てからストーブを見たのは初めてだ。エル・ティティも標高が高い町だが、ティティオワ山の東側なので湿度はオルガ・グランデより高く、気温の変化もそれほど大きくない。涼しくて心地良い土地だ。しかし、オエステ・ブーカ族の村の夜はどちらかと言えば寒い。同じ西部でも海辺のサン・セレスト村が暖かったので、余計にそう感じるのかも知れない。市街地が暖かく感じられたのは、都会の熱のせいだろう。
 ガルシアの妻がコーヒーを出してくれた。そして無言のまま息子と共に隣の部屋に引っ込んでしまった。
 サラテはそれまで黙っていたが、テオと2人きりになると、やっと話しかけてきた。

「貴方はマレンカの若と付き合いは長いのですか?」

 「若」と言う呼び方が、貴人の子息の名を直接呼ぶことを避けた言い方であると、テオは気がついた。ロホは自己紹介の時に己をアルフォンソ・マルティネス大尉だと名乗った。だがオエステ・ブーカ族の人々にとって、彼は都に住まう貴族の若君アラファット・マレンカなのだ。ロホ自身がどんなにその身分を嫌っても、恐らく一族の中で生きる限りは一生その肩書きが着いて回るのだろう。
 テオは敢えてロホの現在の名前を使って呼んだ。

「アルフォンソとは付き合って3年目です。彼と初めて出会ったのは、オルガ・グランデでした。彼は俺の命の恩人で、同様に彼も俺のことを命の恩人だと呼ぶでしょう。つまり、我々は互いに助け合い、信頼し合う仲です。大切な友人です。」

 サラテは暫く彼を眺めていた。礼儀として目を見ることはなかったが、テオの為人を見極めようとしているかの様だった。テオは己がどれだけ大統領警護隊の友人達から信用されているか、証明する為に言った。

「俺は大統領警護隊の友人達のナワルを見たことがあります。アルフォンソは美しい金色のジャガーです。カルロ・ステファンは見事なエル・ジャガー・ネグロです。2人共、俺の命を救う為に変身してくれたのです。変身が命懸けであることを俺は知っています。だから、俺も彼等の役に立ちたい。」

 サラテが硬い表情を崩して、フッと笑みを浮かべた。

「グラダに愛されている白人がいると聞いたことがありますが、貴方のことですね。」
「愛されていると言われると面映いですが、現在長老会が認めている全てのグラダ族の人々と仲良くさせてもらっています。」

 テオは長老会が認めていないグラダも知っているぞ、と内心得意に感じた。
 サラテがドアを見た。

「我がオエステ・ブーカはグラダ・シティの出来事とは縁遠い生活をしています。遠い祖先が政争に敗れてこちらへ移って来たと伝えられていますが、現在の農耕や近くの町での働きで十分生活出来ます。東への野心も恨みも妬みも何もない。その筈でした。しかし、最近はインターネットとやらで、世界中の情報が入って来ます。若い連中の中には、何故自分達が貧しいのかと疑問を抱く者も出て来ました。貧しいと思うのなら、自分で努力して稼げば良い。グラダ・シティやアスクラカンで成功している一族の者は、昔から努力して来たのです。何もしないで今日の繁栄を築いているのではない。しかし、それが分からない愚かな連中は、羨望ばかりを増幅させ、不満を募らせています。世の中は不公平だと勝手に思い込んでいるのです。」
「それは、どこの国でも同じです。」
「ホセ・ガルソンをご存知ですか?」

 いきなり知人の名前が出て、テオは不意打ちを喰らった気分で驚いた。

「スィ、知っています。少し前迄太平洋警備室にいた大統領警護隊の将校ですね。」
「スィ。彼は愚かな過ちを犯し、左遷されました。彼の部下達も同様でした。」
「確かに、上官を守ろうとして本部に嘘をついたことは、重大な過ちでした。彼等は信用を失い、代償を払うハメになりました。しかし、現在彼等は失った信用を取り戻そうと努力しています。決して失望していません。」

 サラテがテオを振り返った。少し驚いていた。

「彼等とも親しいのですか?」
「親しいと言える程ではありませんが、ガルソン中尉とはグラダ・シティでたまに出逢います。彼の家族の話など、勤務に関係ない世間話をする程度ですが。」
「家族の話をするなら、彼は貴方を信頼しているのでしょう。」

 サラテは何気ない風に言った。

「彼は私の甥なのです。大統領警護隊に入隊して、”ティエラ”の女性を妻に迎えてから、あまり我が家と交流しなくなりましたが、村の若者達の尊敬の的でした。それがあの失態です。若者達がどれだけ彼に失望したか、彼は想像すらしていないでしょう。」
「彼等は尊敬する上官を守ろうとした。その上官は任地の村人達や港の労働者達を長く守って来た人でした。本部はそう言った事情を理解してくれたので、彼等は降格と転属で済んだのです。彼等は決して反逆者ではなく、判断をミスしただけです。」

 サラテが溜め息をついた。

「若い連中の中には、ホセ・ガルソンより愚かな者もいます。ホセとルカ・パエスは東の連中に冷遇されたのだと本気で憤りを感じる者がいるのです。」

 テオはふとベンハミン・カージョはこの村の出身ではないのかと思い当たった。だから訊いてみた。

「付かぬことをお聞きしますが、ベンハミン・カージョと言う人をご存知ですか?」

 サラテが複雑な表情で頷いた。

「スィ。ここの出身です。かなり血が薄いが、まだ”シエロ”と呼ばれる力、”心話”や”感応”、夜目を使えます。だが本人は己が”シエロ”なのか”ティエラ”なのか気持ちの置き所が定まらず、常に苛立っていました。テレビを見た私の妻が、あの男が今朝の殺人事件や雑誌記者の行方不明に関わっているらしいと教えてくれましたが、本当でしょうか?」
「まだ彼がどんな事件に巻き込まれているのか、俺達にはわかりません。それを調べに俺達はグラダ・シティから来たのです。数時間前に彼と接触しました。彼は政府の手先が彼の友人を殺したと思い込んでいます。何故そんな考えを抱くのか、理由がわかりません。」

 サラテの顔が硬くなった。

「政府に対して疑いを抱いているのではなく、長老会に・・・」

 彼は話し相手が白人であることを思い出して口を閉じた。だからテオは言った。

「”砂の民”を長老会が動かしたと彼は考えたのでしょうか?」

 サラテがびっくりした表情で彼をまじまじと見た。”砂の民”の存在を知っている白人など過去にいなかったのだろう。テオは話を続けた。

「”砂の民”が人間をあんな風に殺したりする筈がありません。カージョのルームメイトは拷問されて殺害されたのです。それがメディアで報道された。あんな目立つやり方を、”砂の民”はしないし、長老会も望まないでしょう。」
「貴方は、本当に我々一族を知っているのですね。」

 サラテがやっと緊張を解いたように見えた。その時、ドアの外で人が近づく気配がした。彼はそちらへ顔を向け、呟いた。

「マリア・ホセとマレンカの若が戻ったようです。」


2022/04/12

第6部  赤い川     11

  呼び出しの内容はレンドイロ記者の行方不明ともカージョのルームメイト殺害とも関係ない話です、とロホは断った。

「私がオルガ・グランデに来ている情報は、この土地の”ヴェルデ・シエロ”社会に既に拡散されています。大統領警護隊が動くと少なくとも長老級の人々にはグラダ・シティから情報が飛ぶのです。自分達の部族の粗探しをされない為の、自衛手段です。」

 彼は車を市街地から郊外に向かって走らせた。日が落ちかけているので、街がシルエットになり、テオは家々の灯りが庶民の住宅から見えることに気がついた。オフィス街からも繁華街からも遠ざかりつつあった。

「大統領警護隊としての、仕事の依頼かい?」
「スィ、と言うより、私の実家の名前に対する依頼です。」

 テオはロホが宗教的な権威を持つ”ヴェルデ・シエロ”の旧家の出であったことを思い出した。

「祈祷かお祓いの依頼なのか?」
「スィ。電話ではよく事情が掴めませんが・・・貴方が同行することを言っていないので、私が紹介する迄、車の中にいて下さい。依頼者は”シエロ”であることを白人に知られたくないですから。」
「わかった。」

 道路の舗装が途切れ、土の上を走っている感触が伝わって来た。マジに郊外だ。車は緩やかに蛇行する道を走り、テオはヘッドライトの灯りの中に見える岩や、野生動物の光る目を眺めた。やがて平らな場所が見えてきた。

「トウモロコシ畑です。オエステ・ブーカ族の村ですよ。」

とロホが教えてくれた。彼は車を一軒の家の前に停めた。ヘッドライトの灯りの中に見えた家は、石の壁と薄い瓦葺の屋根の、そこそこ立派な家だった。男が2人外に立って、車を出迎えた。ロホがエンジンを止め、車外に出た。男達が彼に挨拶した。ロホが属する主流のブーカ族と、大昔に政争で敗れて西部へ移住したオエステ・ブーカ族はどちらが優位なのか、テオはわからなかった。目の前の光景を見る限りでは、出迎え側がロホを自分達より格上扱いしている風に思えた。ロホが自己紹介をして、また彼等は改まって礼儀作法に則った挨拶を繰り返し、やっとロホが車を振り返って、白人を連れていること、その白人は”ヴェルデ・シエロ”の大事な友人であることを紹介した。彼が手を振ったので、テオは許可が出たと判断して、車外に出て、彼等のそばへ行った。ロホが紹介してくれた。

「グラダ大学のアルスト准教授です。」
「アルストです。宜しく。」

 テオが作法通りに右手を左胸に当てて挨拶すると、向こうも同じ仕草をした。ロホが彼等を紹介した。

「族長のセフェリノ・サラテさんとこの家の主人のマリア・ホセ・ガルシアさんです。」

 サラテは60歳を過ぎていると思われる純血種で、ガルシアは40代半ばのメスティーソだった。メスティーソでも”ヴェルデ・シエロ”なのだ。
 テオは何となく生臭い臭いがすることに気がついた。金気臭い、胸が悪く様な臭いが風に乗って漂って来る。彼が風上に視線を向けると、サラテが尋ねた。

「貴方にも臭いがわかりますか?」
「スィ。」

 テオは頷いた。

「正直に言わせて頂きますが、胸が悪くなるような臭いが風に乗って来ます。」

 サラテとガルシアが頷いた。ロホも肯定した。そして呼ばれた理由を語った。

「この家の裏手に細い川が流れています。その川の水が今日の午後、赤くなり、不快な臭いが漂い始めたそうです。」
「川が赤くなった?」

 テオはギクリとした。この臭いは血の臭いなのか? サラテとガルシアは彼の想像を裏切らなかった。彼等は暗い空間に顔を向けた。

「上流で何かが死んでいます。川が汚されてしまった。」
「グラダ・シティからマレンカ家の御曹司が来られていると聞いて、長老に連絡を取って頂いたのです。」

 先刻の電話は、オエステ・ブーカ族の長老の一人から掛かって来たのか? するとロホがテオに分かりやすく説明した。

「この村の長老は私への連絡方法が分からなかったので、最初に憲兵隊に連絡を入れたのです。先住民の村で問題が発生した場合の担当公的機関は憲兵隊ですから、正しい処置でした。憲兵隊は大統領警護隊に連絡して欲しいと依頼され、陸軍オルガ・グランデ基地に連絡して、私の携帯電話の番号を知る基地司令官秘書が私に電話して来たのです。」

 長い説明だが、分かりやすかった。もしサラテかガルシアに語らせたら、周りくどい説明でややこしくなっただろう。

「ここの人達は、君にお祓いをして欲しいと願っているってことだね?」
「スィ。しかし、原因を突き止めないと、物理的に解決しません。」

 ロホは現実的だ。

「川を見てきます。貴方はここで待っていて下さい。」

 テオはついて行きたかったが、街灯も何もない場所だ。ロホもサラテもガルシアも”ヴェルデ・シエロ”だから、照明なしでも暗がりの中で目が見える。夜の屋外は危険だ。蠍や毒蛇に出くわす確率が高い。テオは素直に車の中で待つと応じた。するとサラテが言った。

「マリア・ホセに川筋を案内させます。私はアルスト准教授とここで待ちます。」

 ガルシアが自宅を指した。

「中でお待ち下さい。家の者に居間で接待させます。」


第6部  赤い川     10

  ベンハミン・カージョは逃げてしまった。彼がベアトリス・レンドイロ記者の行方を知っているとは思えなかったが、彼が何と戦っているのか、まだ掴めないでいた。古代の神殿建築の秘密を暴いたとして、それが現代にも用いられていると言う証明がない。その建築が建物を崩壊させることを前提に造られたと言う証明もない。だから、カージョやレンドイロがどんなに古代の秘密をネット上で騒ぎ立てても、”ヴェルデ・シエロ”には痛くも痒くもない筈だ。
 だが・・・
 テオは帰りの車の中でロホに言った。

「カラコルの海底遺跡で古代の7柱の秘密が暴かれないか、ロカ・エテルナ社は心配していた。いや、会社じゃないな、アブラーン・シメネス・デ・ムリリョが心配していたんだ。」
「アブラーンが心配したのは、その工法が現代人に知られることではないと思います。」

とロホは人混みの中を慎重に運転しながら言った。

「彼の先祖がその工法を使ったことを、一族の他の部族に知られたくなかったのでしょう。」
「どう言うことだ?」
「つまり、現代もその工法で建てられている施設が、”ヴェルデ・シエロ”社会にあると言うことです。」

 テオは考えた。

「つまり、”ヴェルデ・シエロ”の中で、部族間抗争が起きた場合に、マスケゴ族が相手を簡単に殺せる場所があるってことか?」
「スィ。私は見当がつきますが、言わないでおきます。貴方が知って得をすることではありません。」

 思わせぶりな言い方だが、テオはロホがどの場所のことを言っているのか、想像出来た。確かに、その場所が崩壊したら、恐ろしいことになるだろう。国中の”ヴェルデ・シエロ”は大混乱に陥るし、セルバ共和国も大きな衝撃を受ける。政治的ダメージを受ける人間も少なくない筈だ。

「アブラーンはその秘密を一子相伝の範囲に止め、未来永劫使用されないことを願っている筈です。だから、古代の建築法の秘密を暴いたと騒ぎ立てる”ティエラ”を殺して騒ぎを拡大させるとは思えません。カージョとレンドイロがS N S上で交わした会話は公開されているもので、誰でも見られますが、閲覧者が増えたのはレンドイロの行方不明がテレビで報じられてからです。それ迄は双方の友人や客が見ていただけで、4、5人程度でした。占い師と記者に興味はあっても、彼等2人の会話には興味を持たれなかったのです。閲覧が増えたのは、レンドイロの行方不明にカージョが関わっているのではないか、と憲兵隊が考えたからですね。」
「それじゃ、最初から彼等の会話を見ていた人物を特定出来れば良いんだな・・・。憲兵隊はサイバー分析の専門家を雇っているんだろうか?」
「どうでしょう・・・」

 ロホが苦笑した。

「そもそも、貴方は、何処からカージョの住所を突き止めたんです? 憲兵隊は公開していなかったと思いますが?」

 それでテオはアントニオ・バルデスにレンドイロのS N S上の会話相手を探してもらったと言った。ロホは溜め息をついた。

「バルデス社長はそう言うシステムや専門家を持っているんですね。」
「レンドイロの会話相手がカージョだと指摘したのは、ゴシップ誌”ティティオワの風”だった。あの雑誌は何処の町や村でも手に入るから、全国にカージョの名前は知れ渡っているだろう。」
「カージョのルームメイトを拷問して彼の居所を吐かせようとした人物は何者だと思います?」

 難しい質問だ。”砂の民”と言いたいが、”砂の民”は自分達の仕事を仕事だと知られないように標的を殺害する。それに彼等は”ティエラ”を拷問しない。目を見て”操心”で自白させる。
 夕暮れ時の街中を走っていると、ロホの携帯に電話が掛かってきた。ロホは堂々と道路のど真ん中で停車した。狭い道路だったから、路肩や駐車スペースなどない。道端に寄せても、車同士すれ違える幅がないので、ロホはそんな手間をかけなかった。
 彼が電話に「オーラ」と応えると、男の声で何か早口で喋るのがテオに聞こえた。ロホは表情を変えずに聞いていたが、やがて、返答した。

「了解。すぐにそちらへ向かう。」

 彼は電話を切ってポケットに仕舞うと、車を発車させた。軍用車両の後ろで辛抱強く待っていたドライバー達がホッとするのを、テオは背中で感じた。

「何か厄介事か?」
「スィ。」

 ロホが前方を見ながら囁いた。

「晩飯が遅くなるかも知れません。」



2022/04/11

第6部  赤い川     9

  ロホが近づいて来る男性の気配に気がついた。目で合図されて、テオも通路を振り返った。無精髭を生やした50代半と思われるメスティーソの男がゆっくりと歩いて来るところだった。服装は草臥れたチェックの襟付き綿シャツとデニムボトム、履き古したスニーカーだ。肩から斜めがけに大きめのショルダーバッグを提げていた。
 男はロホの大統領警護隊の制服を見て足を止めた。少し躊躇ってから声をかけて来た。

「呼びましたか?」
「スィ。」

 ロホは男の背後を見た。尾行されている様子は見られなかった。彼は男にそばに座れと手で合図した。男はまた躊躇したが、意を結した表情で長椅子のテオの隣に座った。
 テオが挨拶した。

「グラダ大学生物学部のテオドール・アルスト・ゴンザレス准教授です。」

 男が怪訝な顔をした。大学の先生が何の用事だ? しかも大統領警護隊を連れて?
 テオは彼を揶揄うつもりはなかったが、相手が名乗らないので、少し意地悪く言った。

「こちらの要件を貴方の占いで当てられませんか?」

 男が表情を硬らせた。彼はテオとロホを交互に見た。どちらを相手にすべきかと量っている。テオは腹の探り合いが得意でなかった。だから尋ねた。

「貴方のルームメイトが殺害されたことはご存じですね?」
「・・・スィ・・・」

 男はベンハミン・カージョであることを暗に認めた。

「犯人をご存知ですか?」

 カージョはロホを見た。彼はロホに尋ねた。

「殺人犯を捜査しているんですか? それとも私を捕まえに来たんですか?」
「捕まるようなことをしたのか?」

 ロホが高い階級の軍人の口調で訊き返した。カージョが首を振った。

「私は法律に触れることをしていない。私はただ我々の先祖が神話の中の存在ではなく、現実にいたのだと言うことを、ネット上で語っただけです。」
「シエンシア・ディアリア社のベアトリス・レンドイロ記者と語り合っていた、そうですね?」
「スィ。遺跡の形状の特徴を指摘して、ある時代からそれが造られなくなったことを考えると、それが”ヴェルデ・シエロ”の遺跡である可能性があると言う話を論じ合ったのです。」
「それが、何故『いる』と言う考えに繋がるのです? 『いた』のではないのですか?」

 カージョはまたロホをチラリと見た。大統領警護隊が伝説の神と話をすると言う迷信を信じているのか? しかし彼はロホの”感応”に応えたのだ。この男も”シエロ”だろう。或いはその子孫だ。彼は小さく息を吐いて、答えた。

「現在も同じ建築方法が使われていることに気がついたんです。」

 テオとロホが黙っているので、彼は説明を付け加えた。

「ある特定の建設会社が建てた公共施設がどれも同じ構造を取り入れてることに気がつきました。素人目には分かりません。プロの建築家でもわからないでしょう。でも、柱の配置が同じなんです、遺跡の崩壊した神殿跡の柱の痕跡と全く同じ配置なんです。」

 彼は全身を小さく震わせた。

「建物を支える主要な柱が必ず7箇所なのです。そしてそれらが折れると自然に建物全体が崩壊するようになっている。同一建設会社の建造物で、公共施設です。そこが重要なのです。個人の依頼による建物ではない、公共施設です。大勢が利用する建物です。」

 テオはそれに似たような話を聞いたような気がしたが、何処で聞いたのか、誰から聞いたのか、思い出せなかった。恐らく、軽く聞き流してしまったのだ。
 カージョが声を小さくした。元より小さい声だったので、聞き辛くなった。テオは彼に顔を近づけた。

「・・・逆らうと、罰として建物を崩壊させ、我々に見せしめる為のものではないかと思うのです。」

 とカージョが言った。ロホには最初から聞こえていたようだ。

「考え過ぎだ。」

と彼はカージョを遮った。

「政府が国民をそんな方法で罰する筈がない。古代の建築方法で建てたからと言って、その建設会社が古代の民族の流れを受け継いでいると言う考えも無理だ。そもそもセルバ人はその古代の民族の子孫ではないか。神殿の建築を真似てもおかしくない。」
「だが、現にホアンは殺された!」

 カージョが立ち上がった。

「ここに来たのが間違いだった。大統領警護隊は政府の機関だ。ホアンは政府の手先に殺されたんだ。建築方法の秘密を守るために・・・。」

 彼はクルリと向きを変え、聖堂の中を走り出した。テオは思わず立ち上がったが、追いかけなかった。聖堂内にはまだ数人見物人がいて、走って出ていくカージョを眺めていた。
 テオは座り直した。ロホを見ると、ロホがカージョの言葉を教えてくれた。

「彼は、セルバ政府が古代建築を真似て建てた公共施設を使って、政府の政策に反対する人々を罰しようとしている、と考えているのです。」
「はぁ?」
「例えば、シティ・ホールの様な大きな場所に反対派を入れ、柱を破壊して建物を崩壊させる、そして反対派を抹殺する・・・」
「馬鹿馬鹿しい!」

 テオは呆れた。

「政府の指導者達は富裕層が占めていることは知っている。だけど、彼等は選挙で与党が入れ替わる度に閣僚も変わっているじゃないか。そんな連中が、施設の崩壊で反対派を殺すなんて無理だろう。」

 しかしロホが意味深な微笑を浮かべたので、彼は口を閉じた。政府の構成員が入れ替わっても、本質の支配者は、地下に潜っている”ヴェルデ・シエロ”だ。もし”シエロ”に不都合なことが起きれば、反対派、この場合は”シエロ”に敵対する人間、を公共施設に集めて抹殺することは可能かも知れない。

「ロホ・・・」

 ロホが優しい笑みを彼に向けた。

「我々は守護者です。」

と彼は言った。

「政権の反対派など、問題ではありません。」


第6部  赤い川     8

  ベンハミン・カージョは「神託」によって占いをしていると客に語っていたそうだ。それは珍しいことではない。辺境の村で医者の代わりに仕事をしている祈祷師や占い師は、神霊の力によって病気の治療を施したり、未来の運命を告げたりするのだ。憲兵隊の捜査は、恐らくカージョのそんな商売が原因で客とトラブルになり、逃げたカージョの代わりにルームメイトが拷問され殺害されたのだろう、と言うことになった。そう言う状況も珍しいことではない。多くの祈祷師は住民から尊敬されているが、中にはその仕事ぶりに不満を抱く客もいるのだ。
 テオはオルガ・グランデ陸軍基地の大統領警護隊控え室で昼寝をしながら、携帯でネットニュースを眺めていた。ベアトリス・レンドイロの行方を知っているかも知れない男は、ロホの呼びかけに応えないかも知れない。占いで日銭を稼ぐなんて、”ヴェルデ・シエロ”のやることじゃない。”ティエラ”の占い師なのだろう、と彼は思った。
 シエスタが終わり、基地内が再び活気を取り戻したようになった。交代で勤務しているからシエスタの時間帯でも誰かが働いているのだが、やはり全員で活動している方が活気がある。
 テオとロホはオルガ・グランデ聖教会へ出かけた。まだ日は高いが、夕方の礼拝が始まる頃だ。陸軍から車を借りたが、運転手は付けなかった。オルガ・グランデ最大のキリスト教会は時間に関係なく誰かが出入りしている観光スポットでもあった。尤も、グラダ・シティから西部までやって来る外国人観光客は少ない。北側の隣国から西の太平洋岸へ来るのは鉱石を買うバイヤーばかりで、観光目的で来る人はいない。つまり、オルガ・グランデは”ティエラ”の町だが、セルバ人色が濃い場所でもあった。目に付くヨーロッパ系の人間は鉱山関係者ばかりだ。
 ロホは車を教会前の広場の隅に駐車した。そこは特に駐車場の表示がなかったが、多くの車が駐められていた。ロホは「大統領警護隊使用車」と書かれたプレートをフロントガラスの内側に置いた。車上狙い防止の処置だ。
 聖堂の中に入ると、陽光が遮られ、ステンドグラスを通った色が着いた光が差し込んで床に綺麗な模様が浮かんでいた。それを撮影しているアマチュアカメラマンを避けて歩き、祭壇の前まで行った。ヒヤリとした空気が気持ち良かった。ベンハミン・カージョは来るだろうか。テオとロホは長椅子に座った。何時間待てば良いのかわからない。
 暫く2人は黙って座り、それからどちらからともなく世間話を始めた。テオはロホとグラシエラ・ステファンの恋愛の進み具合が知りたかった。順調に愛を育んでいるのか、結婚する予定はあるのか、ロホの実家は彼女のことをどう考えているのか、等々。余計なお世話なのだろうが、セルバ人は案外この手の話をずけずけと他人に質問する。だからテオもセルバ流にやってみた。ロホは照れながらも、彼女と週末の軍事訓練の翌日にデートしていること、結婚は彼女が教師の資格を取得して何処かの学校に配属される迄考えられない(考えるのが難しい)こと、彼の実家は現在のところ彼が半グラダの女性と交際している事実に何も意見を言わないこと、などを語った。
 テオは周囲で耳を澄ませている人がいないか確認してから、尋ねた。

「君の両親は、純血種の家系に白人の血が入ることを反対しないのか?」
「私の両親は時代の変化と言うものを承知しています。純血にこだわれば近親婚が多くなってしまうことも理解しています。実際、一族と見做されている人々の4分の1は既に異種族の血が入っています。グラシエラを拒めば、それらの人々の存在さえ拒むことになるでしょう? 私の家系の偉い人々は、それをわかっています。現在のところ、彼女と私の交際を禁止する言葉は誰からも出ていません。」
「良かった。」

 テオは微笑んだ。グラシエラも兄のカルロもロホの実家マレンカ家に拒否されていないのだ、今のところは。
 質問される側にいるのが飽きたのか、ロホからも難問の質問が出された。

「貴方は、少佐とどこまで進んでいるんですか、テオ?」
「え?」

 テオは顔が熱くなった。薄暗いので赤面したのを気づかれずに済んだだろうか?

「どこまで、と訊かれてもなぁ。泊まりがけで出かけても、宿は別々の部屋だし、一つの部屋しかない場合も、何もない・・・」
「まさか・・・」

とロホが本気で驚いた。何を期待されているんだ? テオは躊躇してから言った。

「軽く挨拶程度のキスならしたことがある。彼女は・・・君も知っていると思うが、男性の部下の前で肌を露わにしても平気な女性だ。」
「まぁ・・・確かに・・・」

 ロホも上官の特異な性格を渋々認めた。

「だから、俺はどの段階で彼女が俺に誘いをかけているのか、判断出来ないんだ。判断を誤ってうっかり手を出したら張り倒されそうな気がする。」

 テオの告白を受けて、ロホは笑い声を忍ばせるのに必死だった。テオは彼が全身の震えを止める迄待った。やがてロホが目の涙を拭って顔を上げた。

「失礼しました。しかし、テオ、遠慮は無用だと思いますよ。少なくとも、彼女は嫌いな相手と同じ部屋で休まないだろうし、何処かへ出かける時は貴方を同行者に指名するし、本来なら部外者を参加させない会合や行事に貴方が加わることを許可しています。一度エル・ティティへ帰省する時に彼女を誘ってみては如何です?」

 和やかに恋愛談義をしていると、一人の男性が彼等に近づいて来た。


2022/04/08

第6部  赤い川     7

 オルガ・グランデ陸軍基地には基地を利用して活動する大統領警護隊の為の休憩室が設けられている。決して豪華でもなく、快適でもない、普通の兵士の大部屋と変わらない質素なベッドと机があるだけの殺風景な部屋だが、寝るだけに使うので、大統領警護隊から文句が出たことは一度もない。オルガ・グランデは砂漠に近い気候で、昼間は乾燥した空気が暑く熱中症の恐れがあるし、夜間は冷え切って下手をすると凍死することもある。 そんな厄介な土地だから、野宿より、質素でも無料で屋根のある場所で眠れる方が遥かにマシなのだ。
 テオがその部屋に入るのは3度目で、今回は宿泊するか否か予定も定まらなかった。ロホは慣れているから、基地司令に挨拶して部屋に戻ってくると、厨房でもらって来たチョコレートをテオにくれた。

「ベンハミン・カージョが何者か、知りたいですね。」

 ロホはベッドの上にあぐらをかいて座った。

「ちょっと呼びかけてみます。もし彼が”シエロ”なら、感応して動くでしょう。どこに呼び出しましょうか?」

 テオはちょっと考えて、オルガ・グランデ聖教会の名を言った。他に知っている場所はなかった。ロホは目を閉じた。テオは黙って彼を見ていた。ロホが何かをした気配も様子もなかったが、2分程経って、彼は目を開いた。

「呼びかけてみました。この力の欠点は、先方がこちらのメッセージを受け取ったか否か、こちらではわからないってことです。」
「何だい、それ?」

 テオは思わず呆れた。そんな一方通行のテレパシーって・・・あるか、あるだろうな。彼が育った国立遺伝病理学研究所でも、捕まって実験に協力させられていた人に、そう言う能力者がいた。他人の脳に話しかけられるが、相手の思考を読み取れない人や、相手の考えは読めるが自分の意思を伝えられない人がいたのだ。
 ”ヴェルデ・シエロ”は思考ではなく、ただ「呼ぶ」のだ。呼ばれた者は応答できない。呼ぶ側が受信出来ないからだ。だから呼ばれた者は呼んだ者を探しに来る。本来は親が子を呼び集める能力なのだとテオはケツァル少佐かデネロス少尉から聞いたことがあった。

「今夜、彼が教会に現れなければ、彼は”ティエラ”か、来る意志がないと判断しましょう。」

 ロホはゴロリとベッドに横になった。夜に活動するので今のうちに寝ておこうと言う、セルバ流の考えだ。余計な仕事はしない。
 テオは時計を見た。まだシエスタの時間迄1時間以上あった。彼はロホに声をかけた。

「車両部で知り合いのリコって奴に会って来る。」

 するとロホが体を起こした。

「私も行きます。」
「君は休んでいて良いさ。」
「そうは行きません。ここは陸軍基地です。貴方は民間人で、ビジターパスもない。荒くれ兵士に絡まれたら、外へ叩き出されます。」

 そう言われると仕方がない。それにシエスタの時間に寝れば良いのだ。テオはロホに連れられて車両部へ行った。
 リコはかつてアントニオ・バルデスの下で使いっ走りや用心棒みたいな仕事をしていた男だ。偶然テオと知り合って、ついでに大統領警護隊をアンゲルス前社長の家に引き入れる羽目になってしまい、彼はバルデスから制裁を受けるのではないかと恐怖した。実際のところバルデスはリコみたいなチンピラを歯牙にもかけておらず、すっかり忘れ去っているのだが、リコは身を守るためにケツァル少佐が世話してくれた陸軍基地での仕事に真面目に励んでいるのだった。そして彼はテオと大統領警護隊文化保護担当部を命の恩人と信じて止まなかった。
 大統領警護隊にも車両部はあるが、そこに属する隊員は車の点検、配備、運転を担当するだけで、実際にエンジンや部品を触って整備することはない。専属の業者に委託する。陸軍では、軍属の整備士達が車の部品を取り替えたり、修理している。リコは整備士の資格を取って、一人前に働いていた。たまには個人的用件で軍用車両を使うこともあるようだ。規則違反なのだが、車両部の指揮を取っている士官は目を瞑っている。セルバ共和国では、下の者が倫理違反や法律違反をしなければ、上の者は多少の規則違反を見逃してやるのだ。
 テオとロホが車両部の建物へ行くと、整備士達が固まってタバコを吸いながら休憩していた。そこへ大統領警護隊の制服を着た軍人と白人が現れたので、彼等は慌てて散開して仕事の続きを始めた。テオは周囲を見回し、リコがトラックの下に潜り込もうとしている現場を見つけた。名を呼ぶと、リコは叱られるものと覚悟して顔を出し、やっとテオを認めた。

「アルストの旦那!」

 己よりずっと年下のテオに、彼は腰を低くして応対した。テオだけの時はもう少しリラックスしているので、ロホに対して緊張を覚えているのだ、とテオは感じた。
 テオは「元気かい?」と声をかけ、近況を尋ねた。驚いたことに、リコは結婚していた。整備士仲間の妹を妻にしたのだと言う。テオが祝福すると、彼は照れた。

「ところで、今日も遺跡絡みのお仕事ですか?」

とリコがロホをチラリと見て尋ねた。彼が知っている大統領警護隊は文化保護担当部だけだ。他の隊員は陸軍基地を利用することはあっても、車両部まで来たりしない。軍属の労働者達にとって、大統領警護隊は雲の上の人々だった。

「遺跡絡みと言えばそうなるかなぁ・・・」

 テオは曖昧に答えた。

「最近テレビで捜索願いを出されていた行方不明の女性がいただろ?」
「ああ、新聞記者か何かでしたっけね。」
「雑誌記者だ。仕事で出会ったことがあった。知り合いと言える程会っていないがね。」
「そう言えば、オルガ・グランデに来る予定だったって言ってましたね。」
「ベンハミン・カージョって男と会う約束だったらしいんだ。」

 すると、思いがけず、リコの後ろにいた男が振り返った。

「ベンハミン・カージョ? ありゃ、インチキ占い師だ。」
「占い師?」

 テオが聞き返すと、ロホも耳をすませた。リコの同僚は頷いた。

「失せ物探しや、行方知れずの人を占いで探し当てるって評判だった。だけど、嘘っぱちさ。当たる時は当たるけど、当たらない時は全然当たらねぇ。当たる時は、誰も部屋に入れないんだそうだ。だから、誰かから情報を貰ってるんだよ。」


第11部  神殿        11

  テオは恩人でもあるこの最長老に嘘をつきたくなかった。しかし友人を裏切ることも出来ない。 「もし、純血種のグラダの男性がいるとしたら、どうなさいますか?」  質問で相手の質問に返した。最長老がどんな表情をしたのか、仮面が邪魔でわからなかった。彼女は少し間を置いてから答えた。 「...