2025/01/31

第11部  内乱        9

  デネロス少尉はもう一度ケツァル少佐の目を見た。一瞬で”心話”が交わされた。

ーーこの2人の神官の話はどこかおかしくないですか?

とデネロスは上官に意見を述べた。

ーー大神官代理に呪いをかけた神官が現在神殿内に閉じ込められているとして、閉じ込める目的は何でしょう? 数人のサスコシ族とカイナ族でブーカや他の部族を封じ込めることは可能でしょうか?

 ケツァル少佐も即答した。

ーー呪いはかけた本人にしか解けません。しかし複数の人間が大神官代理一人を呪うのはおかしな話です。世襲制に反対しているのは彼だけではないでしょう。

 そんな会話がコンマ1秒で交わされた。そして2人の大統領警護隊文化保護担当部の隊員は同じ結論を得た。

 アスマ神官とカエンシット神官は信用出来ない。

 デネロスはキロス中尉を見た。彼女のB Fと同姓で同じ階級の神殿近衛兵は、ちょっと顔をこわばらせている様に見えた。神官達の話を信じて異常事態だと思っているのか、それともやはり何か胡散臭いものを感じて不愉快なのか。
 デネロスは無邪気な顔で神官に尋ねた。

「私、あまり賢くないのでよくわからないのですが、呪いって、大神官代理の様な強い人でもかけられてしまうのでしょうか?」

 アスマ神官が優しい笑で彼女を見た。無知の子供を諭すように言った。

「大神官代理は普通のブーカ族だ。だから他者からの攻撃を跳ね返すことが出来なかった。」
「すると、呪いをかけたのは同じブーカ族なんですね? その・・・スワレとか言う?」
「スワレが犯人かどうかはまだわからない。だがブーカ族は他にもいるし、彼等が力を合わせればマレンカ殿はひとたまりもなかっただろう。」
「それじゃ、病気にしないで、さっさと殺しちゃえば良いじゃないですか。」

 ちょっと過激な言葉をデネロスが出したので、ケツァル少佐が「これ!」と注意した。
アスマ神官が苦笑した。

「穏やかに反対派を排除しようとしたのではないかな?」
「穏やかにって・・・」

 デネロス少尉はしつこく言った。

「反対派は大神官代理だけじゃないですよね? 悠長なことをしていたら、長老会に報告されちゃいますよ。」

 カエンシット神官が少しうんざりした顔になった。

「この”出来損ない”の少尉は何にこだわっているのだ?」

 その場の空気がビーンと凍りついた様になった。デネロス少尉はケツァル少佐が怒った、と思った。 ”出来損ない”と言う純血種以外の人間に対する差別用語を神官が使ったからだ。しかし、意外な人が発言した。

「彼女がこだわっているのは、あなた方のお話が信用出来ないってことですよ。」

 キロス中尉だった。

2025/01/27

第11部  内乱        8

 「大神官代理マレンカ殿は、世襲制と言う考えに批判的だった。彼は何故神官が世襲制でないのかを、スワレ達に穏やかに説いて聞かせた。それは我々が神官候補として幼児期から聞かされてきたおさらいだ。全員の頭に染み込んでいる筈だったのだ。しかしスワレや彼のシンパは神殿が一族の中で力を維持するのはグラダの血が必要であり、それを保つには世襲制が一番だと言う考えに固執した。
 神官は二つの会派に分かれた。直接の争いごとはなかったのだ。今まで通り、穏やかに政治に裏から介入し、祭祀を執り行う生活に変化はなかった。我々世襲制反対派は、そのまま時間が経てばやがてスワレ達の心もまた元通りになるだろうと楽観してしまった。」

 そこでアスマ神官が少し休んだ。代わりにカエンシット神官が言葉を繋いだ。

「マレンカ殿が病に冒されたことがわかったのは、半年前だった。初めのうちはあの方も疲れが溜まっていると思われたので、誰にも体の不調を伝えなかった。しかし次第に体が動かしにくくなり、腰の痛みが酷くなり、側近達が気がついて長老会に報告した。
 長老会は大神官代理に面会し、彼の体を診た。そして彼の腰の膵臓に異変を見つけた。」

 近衛兵達の中から溜め息が聞こえた。膵臓は病気になってもなかなか表に現れない。痛みが出たら、もう手遅れの段階であることが多い。

「指導師達が手当てに掛かったが、マレンカ殿の病は一向に良くならなかった。長老会は話し合い、何らかの結論を導き出した。」

 デネロス少尉が、無礼を承知で口を挟んだ。

「指導師が数人で掛かっても治せないのは、呪いがかかっているからじゃないですか?」

 アスマ神官とカエンシット神官が彼女を見た。

「君の名は?」

 訊かれて、デネロスは上官のケツァル少佐を見た。少佐が答えた。

「大統領警護隊文化保護担当部デネロス少尉です。」

 フルネームは教えなかった。だから少尉も自分の口で答えた。

「デネロスです。」

 アスマ神官が頷いた。

「純血ではないが、しっかり一族のことを学んでいる、優秀なのだな。」

 デネロスは微かに頬を赤くした。カエンシット神官が彼女に頷いて見せた。

「スィ、マレンカ殿は呪いをかけられていたのだ。」


2025/01/26

第11部  内乱        7

 「ブーカ族のスワレ神官が、己が血族にグラダの血が流れていると言い出した。彼は他の部族にもグラダの血脈がいる筈だと言い、同じ様な言い伝えを家族の中で持っている5人の神官とグループを作った。ブーカが2人とサスコシ1人、マスケゴ1人、それに怪しからぬことに、あの控えめで慎重な部族であるグワマナも1人・・・彼等はこう言い出したのだ。
『神官は世襲制にすべきである』と。」

 え〜っと思わず声を出してしまったデネロス少尉が慌てて自分の手で口を押さえた。誰も彼女を咎めなかった。近衛兵達は皆彼女と同じ思いだったのだ。
 グラダ族の血が遠い時代に混ざっていてもおかしくない。それを家族の中で代々言い伝えられても不思議でない。しかし、神官を世襲制にすると言うのは突飛ではないか? ”ヴェルデ・シエロ”は王族と言うものを持ったことがない。貴族と呼ばれる家系があるが、それは代々同じ仕事をして来た家であって、それも世襲ではなく、子孫がその仕事をする能力がなければ養子を迎えたり、技術を他家に伝えて絶やさぬようするだけだ。
 神官は長老会が一族の中の子供達から選出する。全員遠い親戚であっても世襲の対象者ではない。
 アスマ神官は馬鹿馬鹿しいと言いたげに天井に視線を向けた。

「神官は一族の中で政治を行うが、セルバ共和国の政治に口を出さない。それが我々一族が生き延びてこられた理由だ。世襲にすれば、必ず実務世界で権力を欲するようになる。 そして表舞台に出れば、我々一族の存在が世に知られてしまう。」

 "ヴェルデ・シエロ”は他人の目を見て相手の脳を支配する能力を有している。これは部族に関係なく彼等種の共通の能力だ。だから他の種族がそれを知れば、きっと恐怖を抱き、排除しようとするだろう。それを古代の支配力を失った時に”ヴェルデ・シエロ”は思い知らされたのだ。それ以来、ずっと正体を隠して生き延びてきた。彼等は目立ってはいけないのだ。


2025/01/24

第11部  内乱        6

  ケツァル少佐とデネロス少尉は6人の神殿近衛兵と2人の神官と共に、会所と呼ばれた近衛兵の控えの建物に入った。簡素な建物だ。外観は森に溶け込んで建物があるように見えない。内装は石を敷いた床、細長い壁に作り付けのベンチ、ハンモックが4つ、木製のテーブルと椅子が数脚あるだけだった。装飾品はなく、近衛兵の荷物らしきリュックがいくつか隅に置かれていた。一つだけ、奥の壁に作り付けられた棚にアサルト・ライフルが近衛兵の人数分収納されていた。
 キロス中尉は神官と上級将校であるケツァル少佐に椅子を勧め、彼女の仲間とデネロスはベンチに銘々腰を降ろした。

「それでは・・・」

と彼女は神官に向き直った。

「畏れ多いことですが、今何が起きているのかを、私どもにご説明頂きたい。」

 アスマ神官が「私から話そう」と立ち上がった。

「ことの始まりは、1年前、”名を秘めた女の人”が白いジャガーの夢を見られたことだ。」

 ”曙のピラミッド”に住まう大巫女の夢は予言であったり、一族の命運に関わる意見であったりする。それを解釈するのが大神官の役割だ。

「大神官代理マレンカ様は、こう解釈された。グラダが戻って来る、と。」

 近衛兵達が思わずケツァル少佐を見たが、少佐は眉ひとつ動かさなかった。彼女が純血のグラダ族であることは誰でも知っている。それに女性は巫女でない限り政治に関わらないことが一族の中の常識だった。

「神官達は、ケツァル少佐かその兄弟が子を生むのだろうと、そう思った。それは、失礼に聞こえるかも知れないが、大した問題ではなかった。少佐が誰と結ばれようと、兄弟達がどんな相手を選ぼうと、生まれてくる子供は純血のグラダではない。そして我々は少佐とその家族の心が政治にないことも知っているつもりだ。」

 ケツァル少佐が小さく首を振って同意を示した。彼女は、今耳にしているアスマ神官の言葉意外のことを考えないよう努めていた。もっと大きな秘密があることを誰にも悟られてはならない。

「もし次の純血のグラダが生まれるとしても、それは世代を超えた未来のことだ。夢の解釈はそこで終わる筈であった。」

 アスマ神官はエダの神殿の方角をチラリと見た。内部に残っている同僚の存在が気になるのだろう。彼は数秒後にまた女性達に視線を戻した。

2025/01/23

第11部  内乱        5

  アスマ神官はサスコシ族だ。カエンシット神官とは親族関係だ。ケツァル少佐は彼の存在を忘れていた己の間抜けさに心の中で毒づいた。結界を張っていたのは3人だったのか?
 アスマ神官は少佐を見て、小さな溜め息をついた。

「グラダ・シティで動きがありましたね、少佐?」
「スィ。あれは貴方の指図ですか?」
「ノ、私は首都で何が起きたか、知らされていません。ここにいる神官は全員エダの神殿の外でこの数日に起きたことを知りません。しかし、貴女がここに来たのは、神殿に関することで何かが起きたのでしょう?」

 彼の言葉をどこまで信じて良いのか判断しかねているケツァル少佐の横で、キロス中尉が発言した。

「神官殿、我々にはグラダ・シティで起きていること、このエダの神殿で起きていること、何もわかりません。どうか我々にわかる言葉で教えて頂けないでしょうか?」

 ケツァル少佐も頷いた。

「私からもお願いします。キロス中尉と私だけでなく、他の近衛兵達にも説明をお願いしたい。」

 アスマ神官はカエンシット神官の顔を見た。しかし視線は合わせなかったので、”心話”で内緒話をした様子はなかった。

「今、我々が心配しているのは、他部族の神官がここから出て行くことです。結界を張りたいが、我々だけではこの建物を覆う範囲しか張れない。ブーカの近衛兵の力を貸していただければ、敷地全体をカバー出来ます。それから控の会所に移動して話しましょう。」

 カエンシット神官の提案に、ケツァル少佐は言った。

「私一人で大丈夫です。他の神官達はこの建物内にいらっしゃるのですね?」
「この建物内のどこかにいます。」

 カエンシット神官はちょっと苛っとした口調になった。

「意見が割れて、恥ずかしいことに、口論になったのです。その後、ブーカの神官の半分が”話し合いの間”から出て行った。我々は彼等をここから出したくないのです。だから結界を張りました。彼等を出したくない理由はこれから教えましょう。」

 彼はちょっと頭を下げた。

「少佐、どうか結界をお願いします。 これは反逆罪に関わる事案です。」

2025/01/20

第11部  内乱        4

  カエンシット神官はサスコシ族だ。能力的にはブーカ族と同等だが、人口や政財界進出度を比べると圧倒的に劣勢だった。神官も彼一人しかいない筈で、ケツァル少佐は感じ取っていた結界がカエンシット神官とカイナ族の神官の2人で張っていたのだと知った。わずか2人で他の10人を相手にしていたのか?

「何故同僚の神官達を外に出したくなかったのです?」

 一人のサスコシ族が複数のブーカ族やマスケゴ族を相手に同等に戦えると思えなかった。それに、滅多に人前に出ないオクターリャ族の神官も力が強いだろう。
 カエンシットは少し躊躇ってから、「そこで待て」と言い、素早く身を翻して通路の奥へ姿を消した。彼が結界で押さえつけていた他部族の神官達の様子を見に行ったのだろうか。
 少佐はキロス中尉を見た。 中尉が”心話”で話しかけてきた。

ーー神官達は何か仲違いをしているのでしょうか?
ーー大神官代理の後継者選びで意見が割れていることは確実でしょうね。

 中尉にすれば、大統領警護隊より身近にいる上司になる神官の意見が割れることは、任務の方向性そのものに関わるのだ。神殿近衛兵は神殿に穢れが入ったり、暴漢が侵入することを防ぐ仕事をしている。神殿内部で問題が起きれば、神官の指図で不穏分子を取り除くのも役目だ。しかし、その神官自体が不穏分子であった場合、近衛兵は長老会に指示を仰がねばならない。長老会が大統領警護隊の実質上の司令塔だからだ。エダの神殿は長老会がいるグラダ・シティの神殿から遠い・・・。
 奥から足音が近づいて来た。 ”ヴェルデ・シエロ”は通常足音を立てないから、これは待っている人に「そこへ行く」と告げているのだ。少佐と中尉は姿勢を正て立った。彼女達の前にカエンシットとアスマ両神官が現れた。

2025/01/16

第11部  内乱        3

 男性の姿が小さな部屋の反対側の壁際に立っていた。神官だ。大昔の壁画の様な裸に装飾品を付けた姿ではなく、白いざっくりしたチュニックに褐色のズボンをはいた服装で、神官であることを示す幅広のネックレスを首から掛けていた。彼はケツァル少佐を認めると声を掛けてきた。

「結界を破ったのは君か?」
「スィ。」

 少佐は相手が発する微かな気を読み取った。

「貴方が結界を張られたのですね?」

 その質問には答えず、彼は少佐の後ろを目を細めて見た。

「女達がきている様だが、ここは女人禁制だ。」
「現代的ではありませんね。」

 少佐は階段から離れ、前に数歩進んだ。

「神官達が神殿に集まり、次期大神官代理の選出方法を話し合われていると推測しますが、結界を張る必要があるのでしょうか。それも神殿の外に。」

 キロス中尉が少佐の横に来た。

「我々を遠ざける理由をお聞かせください、 カエンシット様。」
「中尉・・・」

 神官が溜め息をついた。

「君達を遠ざけたのではない、同僚を外に出さないようにしたのだ。」
 

2025/01/15

第11部  内乱        2

 「普段、私達近衛兵は神殿横の集会所と呼ばれる場所で待機しています。」

とキロス中尉が囁いた。

「神殿内部には女性が入ることは禁止されているのです。」
「旧態依然の問題ですね。」

 ケツァル少佐はあっさりと言い切り、神殿の中に足を踏み入れた。石の暗い通路が伸びていた。照明はない。 ”ヴェルデ・シエロ”には必要ないからだ。床は少し埃が溜まっていた。普段人が来ない神殿だから、掃除が行き届いていない。近衛兵も神官も掃除などしないのだ。その埃の中に数人の人間が歩いた跡が残っていた。入った跡はあるが出て行った跡はない。神官達は中に籠ったきりなのだろう。食事や排泄はどうしているのだろう、とデネロス少尉は素朴に疑問を抱いた。神官がエダの神殿に篭って何日経っているのだ? 神殿の周囲に結界を張った人間がいるのだから、力は保持しているだろう。備蓄食糧でもあるのか? それとも近衛兵に見つからないよう出入りする通路でもあるのだろうか。
 10メートルも行かないうちに通路は階段になった。地下へ降りるようだ。キロス中尉が後ろを振り返り、ナカイ少尉を指差した。 ”心話”で命令したようで、ナカイは敬礼すると足を止めたまま、そこに残った。見張りだ。もし仲間が戻らなければ、本部へ連絡する役目も与えられたのだろう。
 ケツァル少佐は中尉に頷き、彼女の判断を承認した。
 彼女達はさらに足を進め、階段を下って行った。デネロス少尉は微かに蝋燭が燃える匂いを嗅ぎ取った。珍しく照明を用いている部屋があるようだ。階段の途中の壁にニッチの様な棚があり、そこに蝋燭が1本点されていた。マリア・アクサ少尉が殆ど音にならない声でデネロスに教えてくれた。

「酸素があることを確認している。」

 デネロスは理解した、と頷いた。
 ケツァル少佐が階段の最後の段を降りて足を止めた。前を向いたままで手を後ろに突き出し、「待て」と合図した。近衛兵とデネロスは階段の中途で立ち止まった。
 

2025/01/12

第11部  内乱        1

  ケツァル少佐は空中に右手を差し出した。彼女の目には微かにシルクのカーテンのようなものが見えていた。そのカーテンは彼女の指先が触れると、そこからパッと円形に穴が開いてその口がスッと広がって行った。少佐の後ろに控えていたマハルダ・デネロス少尉とキロス中尉、その部下5人には見えなかったが、彼女達を神殿から遠ざけていた力がスッと後退して行くのが感じられた。

ーー結界が破られた!

 ”ヴェルデ・シエロ”にとって、他人の結界を破ることが出来るのは、結界を張った人間が己より下位の力しか持たない部族である場合だ。一般にブーカ族が現存する一族の中で最も強く、それにサスコシ族とオクターリャ族が続くと言われているが、その力の差はさほど大きくなく、修行を積んだ者なら部族間の差は殆どない。互いの結界を破れないことはないが、実行する時は己の脳への損傷を覚悟しなければならない。下位の能力者であるマスケゴ族、カイナ族とグワマナ族は上位能力者の結界を破れない。見えない壁の様なものにぶつかって先へ進むことが出来ない。脳の損傷以前の問題で物理的に無理なのだ。
 ケツァル少佐は「最強」と呼ばれるグラダ族最後の純血種と言われている。その力を、神殿近衛兵達は目の前で見せつけられたのだ。
 少佐にとっては、他人の結界を破ることはなんでもないことだった。張った人間は修行を積んだ神官だが、サスコシ族とカイナ族の神官だ。彼女にとっては「なんてことない」能力者達だった。

ーーもし、これがカルロやアンドレが張った結界なら、ちょっと難しいだろう・・・

と彼女は心の中で呟いた。弟のカルロ・ステファンは結界を張るのが苦手だし、アンドレ・ギャラガは他部族他人種の血が混ざっているが、グラダ族の力をしっかり持っている。彼等が本気で結界を張れば、彼女も少し覚悟が必要だったろう。脳への損傷を避けられても、エネルギーの消耗が大きくなった筈だ。ましてや、純血種のフィデル・ケサダなら、マスケゴ族として育てられていても結界は強力だ。実際にギャラガが彼の結界の強大さを証言していた。長時間にわたって動く大型バスを結界で包んで移動したと言うのだから、まともにぶつかれば、グラダ族同士でも被害を受けかねない。
 少佐は後ろの女性達を振り返った。

「私の後ろについて来なさい。遅れない様に。敵がすぐに閉じてしまう恐れがあります。」

 中にいる神官達を「敵」と表現した。神殿近衛兵達は槍を持つ手に力を入れ、足を踏み出した。


2025/01/11

第11部  太古の血族       32

 「対立の内容を貴方は知っているのか、マリア?」

とキロス中尉が尋ねた。マリア・アクサ中尉は神殿をチラリと見てから、上官に向き直った。

「噂話ですが、報告してよろしいでしょうか?」

中尉がケツァル少佐を見たので、少佐が「良い」と答えた。それで、マリア・アクサ中尉は「女官から聞いた話です。」と断りを入れてから語った。

「神官の間で、後継者の決め方を変えようと言う意見が出ているそうです。今までは神官に欠員が出た場合に、神殿が一族の中で修行を始めるのに適した年齢の子供を探し出し、親を説得して・・・こんな言い方は失礼でしょうが、殆ど誘拐同然に・・・神殿に連れて来て教育していました。しかし世代を重ねるごとに一族の人口は減少しています。純血種が減っていると言った方が正しいでしょう。ですから、これからは能力が高ければ混血の子供でも良いのではないか、と言う意見が出ました。」
「混血では”名を秘めた女の人”の声が聞こえない!」

と口を挟んだのはカタリナ・アクサの方だ。しかしキロス中尉に「黙れ」と注意されて、口を閉じた。マリアは中尉から目で促され、話を続けた。

「カタリナが言った理由で反対する神官が多かったのですが、その反対者の中でもさらに意見が割れました。新しい神官は現在いる神官の子供から選べばどうか、と言う意見です。」

 すると今度は副官のトーコ少尉が目を丸くして抗議した。

「それでは世襲になる。世襲は古代から禁止されている筈だ!」
「マリアに抗議してどうなる?」

とキロス中尉が彼女を宥めた。ケツァル少佐がまとめようとした。

「つまり、今、エダの神殿の中では、混血の神官でも良いと言う者と、神官を世襲制度にしようと言う者と、それに反対する者がいると言うことですか。」

 マリア・アクサ少尉が「スィ」と答えた。するとデネロス少尉が首を傾げた。

「そうなると、グラダを祖先に持つ子供を探せと言う者は、混血の神官にも世襲にも反対の人の中にいる訳ですか?」
「神官達それぞれの思惑があって意見がバラバラなのでしょう。」

とキロス中尉が苦々しげに神殿を見た。

「いずれにせよ、長老会を無視して神官だけで制度を変えると言うのはとんでもないことです。」
「だから貴女達を締め出しているのです。」

 ケツァル少佐は神殿を睨んだ。

「私が結界を破って中に入ると不敬罪になるのでしょうね。」
「長老会を無視する方が不敬罪です。」

 キロス中尉も部下達も怒っていた。少佐はちょっと考えてから、仲間を振り返った。

「ご存知かと思いますが、私は罪人の子供として生まれました。親は二人共反逆者と呼ばれました。ですから、私が不敬を成しても、やはりあの男女の子供だ、と思われるだけでしょう。貴女達は私を捕まえようと追いかけて神殿に戻った、そう言うことにしませんか?」

 彼女の提案にびっくりしている神殿近衛兵達を横目で見て、それからデネロスが笑った。

「流石、我等が文化保護担当部の指揮官殿です!」


2025/01/10

第11部  太古の血族       31

  ケツァル少佐が「対立」と言う言葉を口に出すと、神殿近衛兵達がサッと緊張するのがデネロス少尉にはわかった。近衛兵達も神殿内の不穏な雰囲気を気にしていたのだ。

「何か情報を得て来られたのですね?」

とキロス中尉が用心深く尋ねた。デネロスは黙して上官に一任した。少佐が近衛兵達を見回した。

「大神官代理ロアン・マレンカ殿はお体の具合が良くないと聞いています。」

 反応がなかった。彼女達は知っていたのだ。少佐は続けた。

「ある隊員が、大神官代理候補となり得る男の子供を探し出すよう命令を受けました。」

 これには、反応があった。数人が互いの顔を見合わせ、キロス中尉も表情を強ばらせた。

「それは、マレンカ様が危ないと言う意味ですね?」

 遠回しではなく、ズバリと訊いてきた。少佐は頷いた。

「スィ。私はどの様なご病気なのか、聞いていませんが、神殿で療養なさっておられないのでしたら、ご実家に下がられたか、どこかの医療施設に入られたのだと思います。」

 キロス中尉は部下達を見てから、少佐に視線を戻した。

「一月前、神殿から御用車が出ました。普通の乗用車で、神官の何方かが私用で使われたのだと思っていましたが、恐らくそれに大神官代理様が乗っておられたのでしょう。と言うのも、それ以降、我々は大神官代理のお姿をお見かけしなくなったからです。」
「しかし、何故少佐が大神官代理の交代に口出しされるのですか?」

と尋ねたのは、セデス少尉と紹介された兵士だった。少佐は隠さずに言った。

「子供を探す命を受けた隊員はある条件を与えられています。祖先にグラダの血を受け継ぐ者、と言う条件です。」

 ザワッと声が聞こえた、とデネロスは感じた。実際は誰も声を発していなかったが、全員がちょっと驚いたのだ。

「神官に選ばれる子供は、親の承諾の下、純血種で能力の強い健康な子供、と定められていますが、部族の特定はありません。しかも先祖にグラダがいるなんて・・・」

 キロス中尉が少し困惑していた。

「どうやって調べるのです?」
「それは私も知りません。」

 少佐はさらに言った。

「私がここに来た理由は、その条件が神官全員の意見なのかどうかお聞きしたいと思っているからです。」

 ああ・・・とマリア・アクサ少尉が囁く様に発言した。

「だから、神殿内で対立が起きているのですね?」

2025/01/06

第11部  太古の血族       30

  彼等は数百メートル神殿に向かって進んだ。そして、デネロス少尉が前方に複数の人間の気配を察知した時、キロス中尉が言った。

「我々神殿近衛兵のキャンプです。」

 キャンプ? 言葉に疑問を感じて少尉はケツァル少佐を見た。少佐も不愉快そうな表情をした。

「貴方方は神殿に入らないのですか?」

 中尉が小声で答えた。

「入れないのです。」

 彼女が手で前進を促し、3人は開けた場所に出た。木の枝でカムフラージュされたテントが3基設営されており、4人の女性兵士がいた。4人共キロス中尉同様短槍を持っており、テントから出て来た5人目だけがアサルトライフルを持っていた。キロス中尉が訪問者を紹介した。

「大統領警護隊文化保護担当部のミゲール少佐とデネロス少尉だ。」

 そして訪問者に仲間を紹介した。

「私の部下達です。」

 つまり全員少尉だ。デネロスは奇異な印象を抱いた。

「全員女性ですね?」
「スィ。今回ここに来る任務を賜ったのは女だけです。」

 銃を持った兵士がキロス中尉のそばに来たので、キロス中尉が紹介した。

「私の副官のトーコ少尉です。残りは、アクサ、もう一人もアクサ、ナカイ、セデス、全員少尉です。アクサはマリアとカタリナ、名前で呼び分けています。」

 全員がブーカ族だ、とデネロスは思った。それも純血種だ。姓が同じなのは仕方がない。一族の人口自体が少ないのだし、家族の単位数も少ない。多分、全員がどこかの時代で親戚なのだ。
 ケツァル少佐が質問した。

「神殿に入れないとは、どう言う理由からですか?」
「わかりません。」

 中尉が腹立たしげに神殿の建物を見た。

「神官達が結界を張っているのです。」

 少佐がグラダ族の目で空中を眺めた。

「3、4人の共同作業の様ですね。一人の神官で神殿全体を覆うのは無理です。グラダでない限り。」

 彼女は微かに微笑んだ。

「私には破れますよ。結界を張っているのはブーカではない、サスコシとカイナです。どうやら、神殿の中で神官同士対立している様です。」


2025/01/01

第11部  太古の血族       29

  ケツァル少佐は直ぐに答えずに、神殿の建物の方を見た。

「神官達がこちらに集まっておられますね?」
「スィ。」
「でも大神官代理は居られない。」

 エダ神殿を守る神殿近衛隊のキロス中尉は無言で少佐を見つめた。

「重要な会議が開かれるのに大神官代理がいらっしゃらないのは、不思議ですね。」
「少佐・・・」

 キロス中尉が硬い表情で言った。

「我々は神官と会議に関する会話はしません。」
「そうでしょう、警護と議事内容は関係ありませんから。」

 少佐は中尉に視線を向けた。

「でも、おかしいと思われませんか? 大神官代理抜きで会議をなさるなど。」
「それは・・・」

 キロス中尉は少し困惑して、デネロス少尉をちらりと見た。

「こちらで会議をなさるなど、滅多にないことですし、ここで会議を開かれる場合は・・・」

 彼女が言い淀んだので、デネロスが口を挟んだ。

「この神殿で会議をなさるのは、神官が入れ替わる時ですよね?」

 上官同士の会話に口を挟んだので、キロス中尉がデネロス少尉を睨みつけたが、ケツァル少佐は無視した。

「大神官代理が来られず、会議を開くと言うことは、大神官代理が交代されると言うことですね?」
「私にはなんとも・・・」

 キロス中尉は困ってしまった様だ。そして改めて質問して来た。

「少佐は何が目的でこちらへ来られたのですか?」

 ケツァル少佐は今ではすっかり大統領警護隊文化保護担当部で出した推論の正さを確信した。

「大神官代理がご病気で引退されることを確かめに来ました。」

 キロス中尉はまた硬い表情に戻り、神殿を見た。そして囁いた。

「神殿から不穏な気が発せられています。私達近衛兵はそのために不安定な思いを感じています。」


第11部  神殿        9

  暫くテオはママコナが去った方向を見つめて立っていた。伝説の大巫女様と言葉を交わしたことが、まだ信じられなかった。彼女はスペイン語を話したのだ! しかもインターネットで世間のことを知っていると言った! 彼女がテレパシーで”ヴェルデ・シエロ”に話しかける言葉は、人語ではなくジャガ...